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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【七章連載中】  作者: 村本 凪
胡蝶が舞うは夢か現か

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待ちわびる収穫の時

 グシャリ、グシャリ。


 伊勢神宮内の一室で、水っぽい何かが潰れる様な音が断続的に響いていた。


 本来は何かしらの祭事に利用していた部屋なのだろう。内部で跪くのは、数十体の悪魔達。いずれも現世の生物種に分類出来そうな特徴を持ちつつも、どこか現実とはかけ離れていたチグハグさも有している。まさに、夢の悪魔にふさわしい、半覚醒の根源から生まれた体躯と言えた。


 そして、彼らが無言で見つめる先には、自分達を統括する直属の上司の姿があった。


 真名は追駆。司るは追跡。見た目こそ浮浪者そのものなものの、身長は約3メートル。そこにギラギラと殺意を宿らせる瞳と筋骨隆々な四肢が加わり、間違っても侮る者はいないだろう雰囲気を纏っていた。


 そんな追駆だが、今まさに仕事をこなしている最中だった。


 振り下ろされるのは拳。遅れて聞こえてくるのは、水っぽい何かが潰れる音。そう。この部屋で生み出される唯一の音は、追駆によって生み出されていた。そして、彼が無心で叩き潰す物体など、あえて言葉にせずとも予想は可能だった。


 しかし、日魔連との戦いで手に入れた捕虜は、いずれも迅速な処理を終えていた筈だ。ならば、ここで潰される物体の正体は何か。それは我欲に塗れ、夢の国における三幹部の一体を窮地に立たせた者達。亡羊の部下であり、猿飛の処理に回っていた悪魔達の一部であった。


「その、追駆様。この粛清は一体何事で?」


 いつまでも終わらぬ無言の緊張に耐えかねたのだろう。追駆の傍で行いを見守っていた悪魔の一体が、ふと質問を行った。


「......」


「っ......」


 返事が無かった。ただそれだけで、悪魔達の緊張感が跳ね上がる。


 なぜならこの場にいるのは、いずれも追駆の子飼い達。こういった反応をされた時は、激怒しているか思案しているかの二択だと分かっている。そして、選択を誤れば、床に散らばる残骸がもう一つ増える事も分かっている。


「......追駆様、これも魔王様からのご指示なのでしょうか? でしたら我々一同も、必要な犠牲を積み上げる事に尽力いたしますが?」


 けれど、ここで臆して言葉を止めれば、それはそれで惰弱だと粛清される可能性があった。そのため最初に質問を行った悪魔は、緊張感に身体を震わせながらも質問を継続する。


 ここで再び回答が返ってこないのなら、追駆の抱く感情は間違いなく怒り。八つ当たりの標的に選ばれるのは言うまでもなく、待っているのは半殺しか全殺しかの違いだけだ。


 けれど、幸運な事に、この時の追駆は思案しているだけだった。二度目の問いかけによって、ようやく部下からの声が届いたに過ぎなかった。


「んん? あぁ、これか? 別に数を積み上げる仕事じゃねぇ。亡羊から頼まれたんだよ。どうせ土に撒くしかない無能なんだから、せめて肥やしになる場所へ撒いて欲しいってな」


「肥やしになる場所、ですか」


 部下達はそれぞれ周囲の同僚と顔を見合わせたものの、答えに辿り着いている者はいないようだった。


 ここが魔界ならば、言いたい事は分かる。おおよそ夢の国の周囲に死体をバラ撒き、残った魔力に群がってくる外郭の悪魔達を収穫しようという算段なのだろう。


 しかし、ここは魔界から遠く離れた現世。糧となる様な多量の魔力を有する生物は一握りであり、そもそも人魔大戦に選ばれた魔王と違って、悪魔達では現世の魔力を糧にする変換効率が低い。その時点で、狩りの予定を立てている訳では無い筈だ。


 けれど、そうなると何を持って、肥やしにするのかが分からない。そして、土地勘の無い悪魔達には場所の見当すら付かない。


 そうした部下達の困惑が、伝わってきたのだろう。追駆は面倒臭そうに、だが必要であると断じて口を開いた。


「そろそろ準備をしておいてねぇ......我らが空虚様からのご指示だ。そこのお前、何の事だと思う?」


 追駆が最後尾の下座で跪く悪魔に目を遣り、質問を行う。


「は、はっ! 現世侵攻に支障をきたさぬ様、誤認識が無いか洗いだすため_」


 そこまで言った所で、声の発生源からグシャリと何か潰れる音が響いた。


 悪魔達が遅れて目を遣れば、そこには先ほどまで最前列で仕事をこなしていた追駆の姿があった。彼の右手は力強く握りしめられており、その下から先ほどまで生命だったものの残骸が力無く垂れ下がっていた。


「俺様の下僕でありながら、指示を理解出来ない頭なんぞ不要だ。ましてや、俺の仕事を増やす無能なんざ、生きる価値もねぇよなぁ?」


 まるでボロ雑巾の様に追駆は部下だった物体を投げ捨てると、今度は前列に跪く位が高い悪魔達に質問を向けた。


「おっしゃる通りかと!」


「なら、空虚様の言いたい事は良く理解してるよなぁ?」


 追駆の下で生きるという事は、不意に彼から殺意を向けられるのも日常茶飯事だという事。そして、そんな集団で高い位に立てるという事は、危機察知能力に秀でているという事でもある。


「次なる戦いが迫っているものかと!」


「次の戦いってのは、何の事だ?」


「一度目の衝突では、ニンゲンの姿が見えるのみでありました! ですが、人魔大戦は我ら悪魔の一方的な勝利を望んでおりませぬ! ニンゲンに寄り添ってでも、力を得ようとする惰弱な存在! 悪魔殺し達が、次なる戦いでは出現する忠告ではないかと!」


「......フン」


 追駆がつまらなそうに鼻を鳴らす。しかし、態度に反して暴力が飛んでくる気配は無い。こちらの部下は、彼が及第点とするだけの答えを用意出来たのだろう。


「こいつのおかげで、足りねぇ頭にも情報は行き渡ったな? 何て事はねぇ。いつもの様な戦だ。逆らうクズ共を残骸へと変え、境界を踏み越えた馬鹿を暴力で踏み砕く。それだけの仕事だ。簡単だろ?」


 追駆の呼応するかの様に、部屋の各所で歓声が上がる。


 常に死の危険を孕んでいながらも、この悪魔達が追駆に付き従う理由。それは純粋な暴力をどこよりも楽しめるからだ。戦いを重ねる事で生を実感し、より力を高めていく快感に浸れるからだ。


 だからこそ戦いの宣言は部下達を高揚させ、さっきまでの怯えはどこかへと消え去ってしまう。普段から上位の暴力に怯える立場故に、下位に暴力を振るえるチャンスを逃してなどいられないのだから。


「さっきのゴミのせいで気になっちまった。テメェら、役割は覚えているよな?」


 追駆が煽る様に、部下達へ質問を行う。


「問題ありません! 下位の変化魔法使い達によって、悪魔殺しの前衛を撃滅。そして、敵方の創造魔法を空虚様へ届かせぬために、上位の者でかき集めた創造魔法使いの護衛と指揮を担います!」


 そして、部下の一体も打てば響くといった様子で、今度こそ追駆が求めていた答えを過不足なく回答する。


「ならいい。そっちの我欲で亡羊にすら見捨てられた馬鹿共と、こっちの紛れ込んでいた馬鹿の残骸。戦場に満遍なくバラ撒いとけ」


「も、もしやそこが場所なので?」


「余計な知恵を回すな。残骸の仲間入りをしたくなけりゃ、さっさと動き出せ」


「は、はっ!」


 何かと不自由が多い現世の地で、それでも追駆は獰猛に笑う。命を賭した戦いは、もう目前まで迫っていたのだから。

次回更新は10/18の予定です。

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