残されるからできること
「......そっか。戦いの日付、決まったんだ」
放課後の校舎を背景に、二つの影が日魔連事務所へ向かっている。
一人は今しがた声を上げた凛花。そして、もう一人は彼女に迫る戦いを告げた翔である。
「あぁ。出来る限りの準備はしたし、ダンタリアも勝算はあると言い切ってくれた。だから万が一は......無いと、思いたい。けど、いざとなったら_」
「勝って無事に帰ってくる。それ以外の言葉は、聞きたくない」
「っ、お前なぁ......」
本来であれば、凛花も悪魔と契約を果たした悪魔殺し。どれだけ本人が拒否しようとも、周囲が悪魔との戦いから逃げる事を許さなかった筈だ。
しかし、凛花が悪魔と果たした契約は特殊だった。その身は自力で魔法を操る術を持たず、全ては契約悪魔のベロランナに任せ切りとなってしまったのだ。
通常の契約であればどんな無能な契約者でも、一瞬で現世の魔法使いをごぼう抜きにする魔法が手に入る。だが、凛花には何も与えられなかった。精々が魔道具の魔力充填を行う電池扱いだった。
それが判明してからというもの、凛花は魔法を覚えるための努力を重ねてきた。けれど、いかんせん時間が短すぎた。
「......ベリトと比べてどうなの?」
凛花は実戦に耐えられないと判断され、決戦も日魔連事務所内で待機する事が義務付けられた。幸か不幸か、彼女は戦いを強制されてこそいない。だが、代わりとばかりに詳細な情報は、まともに共有されてこなかった。
そのため今でも凛花の頭では、ベリトと同じ様な悪魔が侵略に来たくらいの認識でしか無いのだ。
「強い。というか数が......いや、数は変わんねぇか。凛花に分かりやすく言うなら、あいつが人の身体を乗っ取って生み出した宝石人間。あれよりももっとヤバい奴らが、今度はうじゃうじゃいるらしい」
「ゾンビがミュータントに進化した感じ?」
「は? う、う~ん......それに近い、のか?」
「......なら、ヤバいね」
「お、おう。伝わったんなら何より」
凛花が悪魔の恐ろしさを経験したのは、ベリトとの戦い一度切り。それすら後半はベロランナに全てを任せ、本人は夢現の狭間で援護をするのが精いっぱいだった。
だが、そんな状態でも、宝石人間の脅威は正しく認識出来ていた。死体がある限り増殖し、並の人間では対処すら不可能。そんな兵隊が犠牲者の数だけ存在し、増えるほどに主であるベリトの強さも増していく。
こんな化け物が現れれば、どんな終盤ダンジョンだと言ってやりたい。その上で、次なる敵は宝石人間を超える兵隊を率いるのだ。そんな事を聞かされてしまえば、凛花の貧弱な語彙ではヤバい以外の感想が出てこなくなる。
「そんなヤバい奴が相手でも、翔や皆は戦いに行くの?」
「そりゃあな。これで放置なんてしてみろ。相手の気分次第で日本が飲み込まれて、あたふたしてる内に次は世界だ。どんだけヤバかろうと、戦わねぇ訳にはいかないだろ?」
「......ぶぅ」
「何の鳴き声だよ」
鳴き声ではない。凛花は文字通り、不満をぶう垂れて表明しただけである。
昔から翔は、何かと思い切りがすごかった。大悟とのシバキ合い然り、最近聞かされた姫野と使い魔の間に割って入った話など然り。そんな彼の事だ。今回の戦いだってどれだけ心配しようと、本人はしゃあねぇやったるか程度に考えているのだろう。
だが、悪魔殺しは力を持っている。どんな国でも欲し、どんな組織でも厚遇される力を持っている。その気にさえなってしまえば、戦わない選択肢は簡単に取れる。多少の犠牲に目を逸らせば、逃げ出す事は難しくは無いと思うのだ。
(でも、翔は受け入れないんだろうなぁ......)
翔が逃げ出せば、姫野達は彼抜きで悪魔との決戦を強いられる。そして、彼女達に万が一があれば。日本という地域は、一気に存亡の危機に立たされる。
凛花や大悟といった魔法関連に多少の伝手があるなら、生き延びる選択肢も出てくるかもしれない。けれど、その他の大多数にとって、悪魔殺しの敗北は死と直結している。名前も知らない日本人の死に怒りを燃やせる翔にとって、そんな未来は到底許せるものではないのだろう。
(ホントは翔だって、心のどこかでは怖がってるだろうにさ)
凛花が麗子などに聞き込みをした限り、翔が悪魔を相手に怯えたり恐怖した事は一度も無いそうだ。
けれど、ゲームやマンガで化け物を見慣れた凛花すら、ベリトが生み出した地獄は堪えたのだ。彼女よりもずっと適性を育てずにいた翔なんて、悪魔を目にした時の恐怖は数段上の筈。
きっと戦闘時のアドレナリンや、逃れられない責任感によって押し込めているのだろう。翔がそういったしがらみから解放されたなら、もしかすると凛花以上に無様な逃げ回りを実現させる事があるかもしれない。
(まっ、結局は立ち向かっちゃうんだろうけど)
だが、どれだけ怯えて躊躇しようとも、翔は最後に戦う選択肢を選んでしまうのだ。そこが幼馴染としては誇らしく、同時に無事を願う身としてはたまらなくもどかしく感じる。
そんな翔であるからこそ、凛花は親友である事を続けた。そんな彼のためだからこそ、半身と呼ぶべきベロランナと連日大ゲンカをしながら交渉をまとめ上げる事が出来た。
「ん」
「いや、なんだそれ?」
凛花がずいっと翔に手渡したのは、一見すると固い殻に覆われた四つの種子。もちろんこれだけを渡されて、意図を察する琴など不可能だ。
「ベロランナに頼んで、限界まで魔法を込めて貰ったタネ。いざって時に叩き割れば、中に込められた魔法が発動する様になってる」
「魔道具みたいなものって事か? ちなみに、中には何の魔法が入ってるんだ?」
「分かんない」
「はっ?」
「ゴメン。交渉はどうにかまとめたけど、ベロランナにとって魔力の枯渇は絶対に避けたい状況だから。それなのに私が頼み続けたせいで、仕事はこなしてくれたけどヘソを曲げて音信不通」
「......つまり、開けてビックリ玉手箱なんてオチも考えられんのか?」
「流石に、そこまで悪い事はしでかしてないと思う。ベロランナにとっても、翔達が負けるのは死活問題だから」
そもそもベロランナが凛花に根負けしたのは、翔達が敗北する事で日本が夢の世界に呑まれるのを危惧したため。彼女だって少しずつであるが、現世の事を学んでいる最中。そして、日本という環境が、世界の中でも優れた部類である事はすでに知っている。
どれだけ凛花を物理的に守ろうとも、環境の変化で魂を弱らせてしまえばベロランナでは対処出来ない。加えて病などを患ってしまえば、戦いに関係なくベロランナの生にピリオドを打たれてしまう可能性もある。
だから嫌々ながらも、ベロランナは翔達のために簡易的な魔道具を用意した。そして、密閉されている構造のおかげで、幸運にも擬井制圧 曼殊沙華内でも機能の維持が出来る造りとなっている。
これならば結界から外れた先なら、どこでも奥の手として利用出来る。中身が分かれば最高だったが、嫌がる悪魔を無理矢理働かせたにしては最高の結果と言えよう。
「......ありがとな、凛花」
「リピートアフタミー、勝って無事に帰ってくる」
「はぁ、オーケー。勝って無事に帰ってくる」
「よろしい」
ようやく調子を取り戻したかの様に、凛花が明るい笑顔を翔へ向けた。出遅れて取り残される事となった悪魔殺しは、それでも仲間のために力を尽くすのだった。
次回更新は10/14の予定です。




