雑兵たちを用意させる覚悟
日魔連事務所の二階。その中の自室に位置する部屋で、大熊はパソコンの操作を行っていた。
がさつで不器用な印象を持たれがちな大熊だが、これでも一つの部署を責任する立場に選出された身。事務作業などは日常茶飯事であるし、組織内の大抵の人員よりも習熟するための時間はあった。
そのためパソコンや電子機器については、専門職には届かないまでもビジネスで必要となる部分は網羅していたのである。
「後は、向こう待ちか」
現在の大熊がモニターに表示しているのは、秘匿性の高い日魔連専用の通信アプリ。その中でも幹部達が使用する専用秘匿回線を開き、通話相手の到着を待ち望んでいた。
「待たせた」
「おや、同着か。これなら大熊から、目くじらを立てられる事は無さそうだ」
しばし大熊が待機していると、まるでタイミングを見計らっていたかの様に二つの声。一方はモニターに自身の顔を映し、堂々とした様子で通話に現れた水鏡。もう一方はサウンドオンリーで顔を見せず、同時に皮肉まで織り交ぜた吽。
今回の事態で共闘関係を結んだ二者が、大熊の要請に応じた形だった。
「ふん。本部の方が死人やら怪我人だらけで、てんやわんやなのは分かってる。わざわざ溜飲を下げさせるための挑発なんぞいらねぇ。単刀直入に、業務連絡に入っていいな?」
「かまわん。むしろ、好都合だ」
「こちらとしても助かる。何せ隠形派は、どこよりも出血が少ないと陰口を叩かれてばかりだからな」
油断ならぬ派閥の長達であるが、比較的に話が通じる面々でもある。普段なら多少の近況報告など軽い情報共有を行ったりもしていたが、今回ばかりはそういった雰囲気とは言えなかった。
なぜなら隠形派をまとめる吽も、防人派をまとめる水鏡も、此度の伊勢神宮占拠騒動で少なくない人員を派遣している。そしてその多くが、勝利の代償として少なくない出血に見舞われている。
国防を一番に考える防人派は、誰よりも勇敢に戦って誰よりも出血を伴った。第一次の正面戦闘が戦術的勝利に終わらなければ、水鏡とて会話に参加出来たかすら怪しかった。
まさに防人派は胸にぽっかりと開いた大穴を、国防を果たした名誉で無理やり埋め合わせている状況なのだ。
さらに隠形派の方だって、無傷には程遠い。
日魔連の方も出血は大きいとはいえ、被害は頭を抱える程度に済んでいた。そして、正面戦闘を苦手とする隠形派を、悪魔の矢面に立たせぬだけの良心はあった。
しかし、正面戦闘を苦手とする事実は、悪魔に狙われれば万事休すであると言い換えられる。加えて、正面戦闘を免除された隠形派には、代わりに部隊間の遊撃と伊勢神宮への威力偵察が命じられていたのだ。
遊撃任務中の流れ弾によって、命を落とした構成員は数知れず。威力偵察に挑んだ実力者達に至っては、生死の有無さえ分からない状況だ。そして、結果的な働きの低さによって、他派閥が抱えた不満のはけ口にされる始末。
名誉で胸を満たしている防人派と比べれば、吽の苦労が伺い知れる近況だった。
「なら伝える。決行は、一週間後。それまでに人員の再編成を行い、次でふざけた悪魔共の根城をぶっ飛ばすつもりだ」
「......あるいは第二次の小競り合いが先かと思っていたが、存外に準備が早かったな」
「全くだ。大熊、その言葉がどれほど酷な内容かは、分かっているだろうな?」
水鏡は好意的に、吽はやや嫌気を含みながら。大熊の言葉は、両者から異なる感情を引き出すに至った。
この場に集った面々に、察しの悪い者はいない。大熊が決行と表現した内容が、夢の悪魔との一大決戦である事は分かり切っていた。
されど、それを受け入れられるかは別の話。ましてやさらなる出血を求めているのだから、水鏡はともかく吽が渋るのは仕方の無い話だろう。
国防のために喜んで命を捧げられる防人派と違い、隠形派はフリーランスの意識が強い派閥だ。あまりにも長の指示が苛烈であれば、従わない者も出てくる。立場にふさわしくないと見限られれば、寝込みを襲われる可能性だって否定出来ない。
そのため吽は覚悟を問うた。その内容で助力を求めるからには、相応の勝機と報酬は用意出来ているのだろうなと。
「悪いが、防人派への報酬は後だ。どうしても報酬が払えないようなら、地獄門派遣の貸しと相殺させて貰う」
「......いいだろう」
「......そんで隠形派への報酬だが、金は間違いなく弾む」
「それは必要最低限だぞ?」
「あぁ。そんで......これだけは通したくなかったが、翔の近くに次代を置く事を認める」
「ほう。側室の件を、前向きに考えてくれると?」
「バカ言うんじゃねぇ。あくまで日魔連からの増員スタッフって形で、事務所に出向くのを認めるだけだ。強引に事を進めようとしやがったら、俺の社会的な立場をぶん投げてでも潰してやる」
「つまり、恋仲になるのもさらなる次代を生み育てるのも、送り出す人員次第と言う訳か?」
「あぁ。俺の顔色を伺わずに、翔に接触出来るようになるんだ。お前の求める未来を考えれば、報酬としては破格だろ?」
「......いいだろう」
隠形派を決戦に派遣してくれれば、大熊が接触を遮り続けていた対象との交流が可能になる。そこからの未来は努力次第であるが、悪魔殺しの血を分けた構成員を手に入れる事も不可能ではなくなる。
悪く言えば空手形であるが、その分だけ実を結んだ時の報酬は大きい。吽は少しだけ返答が遅れたものの、最後には了承の意を示した。
「後は、矢面に立つ事が強制されている神祈派を除いた、仏閣と五行への人員派遣要請か」
「あぁ。頼めるか?」
派閥の長が悪魔に飲まれ、その責任を取る形で正常な人員を送り出さねばならない神祈派。さらに今しがたの交渉で人員派遣を決定した二派閥の他にも、日魔連には戦力に数えられる派閥が存在する。
大熊と静かな対立関係にある仏閣派、純粋な魔法使い以外の存在を蛇蝎の如く嫌う五行派。いずれの派閥も彼だけの交渉では、人員を派遣させるまでに至らないのは明白だ。
「関係が悪化するのは考え物だが、少なくとも交渉が出血に繋がる可能性は薄い。こちらと防人派が派遣すると決めれば、どれだけ嫌でも多少は足並みを揃える必要があるだろう」
「交渉ありきでも、真っ先に人員派遣を決めた国防の礼だ。脅迫紛いの交渉については、防人派で担当してやる」
「それは助かる。ぜひとも」
「決まりだな」
所詮は人間の魔法使い。数を揃えた所で、悪魔に対して出来る事は限られている。しかし、数すら揃わなければ、悪魔殺し達が抱える苦労は倍増程度では済まない可能性がある。
故に大熊は頭数の確保に固執していたのだ。年端もいかない少年少女達が、現世の礎として祀り上げられるだけで終わらぬ様にと。例え力が無くとも、悪魔と戦う意思だけは一緒だと示す様にと。
「それにしても、準備が整ったか。詳細は後日で構わないが、技術的にも能力的にも大変な準備だった筈だ。いったいどうやって悪魔殺し達に、そこまでのやる気を実現した?」
交渉が無事にまとまったためだろう。水鏡が大熊へ質問を行った。
水鏡とて大熊が、現悪魔殺しを凌ぐ大戦勝者である事は知っている。けれど、彼が暴力を嫌い、強引な手法を好まない事も知っている。
悪魔殺しの行う準備と聞けば、どんなものだろうと一筋縄でいかないのは明白だ。しかし、大熊はごく短期間で準備を終わらせた。どうにかして無理難題の壁を超えさせたのだ。
いずれは知り合うかもしれない悪魔殺しの操り方を知っているのは、国防の面から言えば最重要事項だ。故に水鏡はまともな答えが返ってこないと知りつつ、大熊へ質問を行ったのだ。
「何も。強いて言うなら、あいつらがそんだけ現世を愛してるってこったろ」
「......本当か?」
「嘘だと思うんなら好きにしろ。だが、そんで下手な交渉に出てヘソを曲げられたって、俺は助けもしねぇし仲介もしねぇ」
「なるほどな」
だが、予想外に大熊は素直だった。彼の出した答えは、まさかの当人達の努力。そして、続いたのは釘を刺す脅し。
おかげで大熊の言葉には真実味が増し、水鏡も二の句を継げなくなってしまう。
「ふっ、良い事を聞いた。そこまで正義感が強い相手なら、あえてこれでもかと隠形派の窮状を知らしめてやるとするか」
「テメッ! 吽! せっかく話が終わりかけてたってのに、くだらねぇ蒸し返しをすんじゃねぇ!」
だが、素直さというのは、吽にとっては好都合だったらしい。
この決戦が無事に終われば、隠形派に待っているのは悪魔殺し達との交流。その第一歩を成功させるためには、何よりも人柄を知るのは重要だ。
「ふっ、一本取られたな大熊」
やり込められた水鏡も、ここぞとばかりに吽の肩を持ち始める。負の影が渦巻く日魔連の交渉の場に、少しだけ柔らかな空気が生まれるのだった。
次回更新は10/2の予定です。




