味方の足を引っ張らぬ選出
「マ、マルティナ! ほんとに、ボクも入って大丈夫なとこなんだよね!?」
「だから何度も言ってるじゃない。大丈夫よ。それに、そんじょそこらの人間が、悪魔殺しをどうこう出来る訳が無いじゃいない」
遠慮がちなニナの背中を押し、マルティナはとある十字教の廃教会へと立ち入った。国教に定められていない日本という異国の地でありながら、各地に建造された十字教の教会。
魔法世界を知らない者達からすれば、日本で暮らす信者が不自由しないための配慮と言えるだろう。しかし、十字教は魔法世界で一番勢力の大きな組織。本気になれば、日魔連を物量で制圧する事も不可能ではない。
潜在的な侵略者とも言い換えられる組織の拠点を、どうして日魔連は黙認しているのか。それは、彼らからもたらされる恩恵が、侵略とリスクを抱えてなお大きかったからである。
「ほら、開けるわよ」
大きな両開きの扉を開けて中へと入れば、そこはまさに廃教会と呼ぶにふさわしい光景だった。
長椅子類は綺麗に片付けられ、光を取り込むステンドグラスも所々がくすんでいる。さらには壁にも床にもホコリや汚れが目立っており、とても長居したい空間とは言えなかった。
「悪魔祓い様、お待ちしておりました」
そんな廃教会内の中央には、神父服に身を包んだ初老の男性がマルティナを待ち構えていた。背後には彼の世話役と見られる数人の十字教信者が控えている。
「私の自己紹介は不要ね」
「もちろんでございます。活躍の噂はかねがね、この耳にも入ってきておりました。それと、お連れの方は......」
神父の話し振りから察するに、マルティナは組織内で彼よりも立場が上なのであろう。その事実があっても普通は、こんな態度を一回りも若い少女に取られれば、負の感情が何かしらの形で表出するものだ。
しかし、神父にそういった兆候は見られない。本当にマルティナを心から尊敬し、敬っているという態度だった。演技にしろ本心にしろこんな極東の地まで人材教育が行き届いているのだから、十字教という組織の力が垣間見えた。
「事前に言ってた通りよ。フランスの悪魔殺しであるニナ。今は組織間の協定によって、日魔連に指示権を移してある」
「偉大なる家族の構成員であるニナ様ですね。本日はどうぞよろしくお願いします」
「えっ、えっと、どうも?」
ニナは困惑しながらも、神父から差し伸べられた手を取って握手に応じる。
ニナは遠い昔に、魔王の魔力が魂に混じった血族の末裔だ。過激な悪魔狩りからは悪魔やその崇拝者と同列視され、ラウラを除いて手を差し伸べてくれる者はいなかった。つまりニナは遠回しに、教会から討伐対象判定を受けていた過去があるのだ。
いくら教会そのものから討伐の手がかからぬとも、見捨てられて朽ちるに任された事実は消えない。そんな動きもあって、ニナは今回の同行を渋っていた。
だが、強引な性格のマルティナが、そんな苦手意識を放置する筈がない。彼女は必要な事だとニナを諭し、そのまま話し合いの場へと連れ出した。そしてその選択は、あながち間違ってもいなかったようだ。
「顔合わせは、こんなものでいいでしょ? 例の物の準備は整ってる?」
「もちろんです。さぁ、準備を」
神父がそう言うと、後ろに控えていた数人の男達が動き出した。
一人はマルティナ達の前に長テーブルを運び出し、もう一人は椅子を持ち出した。そうして残った人員で、テーブルの上に抱えた道具を並べていく。
そもそもニナはどうして、苦手意識を押し殺してまでマルティナに同行したのか。その答えこそが、目の前に並べられた道具類。いや、多種多様な武器達を、自身の手で触って確かめようとしたからである。
「いずれも祝福の上に密閉済み。新たな魔力補充こそ行えませんが、説明のあった環境でも問題なく機能する事を実証済みです」
「ありがとう。それじゃあニナ、そっちも適当に選んじゃいなさい」
「う、うん」
夢の悪魔勢力との戦いは、強力な悪魔を討伐するだけでは終わらない。彼らを現世から排除し、潜伏可能な拠点を残さない事こそが重要だ。
その一段階目として行われるのが、翔による伊勢神宮の封鎖。擬井制圧 曼殊沙華を発動する事によって、夢の悪魔達がこれ以上の現世進出をしない様に抑え込もうと考えていたのだ。
しかし、そんな事をされてしまえば、夢の悪魔達だって死活問題だ。当然ながら激しく抵抗し、擬井制圧 曼殊沙華の破壊と翔の抹殺を企てる事だろう。そして、人類側は当然の対応として、翔を守りながら悪魔の討伐に力を入れる事だろう。
けれどここで、擬井制圧 曼殊沙華の特性が良くも悪くも働いてしまう。
擬井制圧 曼殊沙華は、結界内から翔以外の魔力を消し飛ばす魔法だ。生命の肉体内部に残る魔力は例外とするものの、空間内ではあらゆる魔法現象が霧散してしまう。そのせいで戦力としては、内向きの変化魔法使いくらいしか機能しなくなってしまう。
悪魔側の対応戦力を削る面を考えれば、これは大きなメリットなる。しかし、人類側の魔法使いもほとんど置物に変えてしまう事を考えれば、とんでもないリスクとなってしまう。
人類側にも内向きの変化魔法使いは、いるにはいるだろう。だが、同じ系統の悪魔と正面からぶつかって、勝利を得られるかと言えば話は別だ。人類側の魔法使いに求められているのは、あくまでも弱った悪魔の討伐だけ。それ以上を求めるのは、過去の大戦を例にしても酷な指示と言えた。
そのため翔を援護する役割は、悪魔殺しにしか担えなかった。そして、役割を全うするためには、魔力を放出する魔法に頼らない武器が必要だった。マルティナが教会を通じて集めさせたのは、決戦でも使用可能な聖遺物や魔道具の類であったのだ。
「銃の数は足りてるけど、近接用のナイフなんかは全部取り換えないとだから。えっと、これくらいのサイズのナイフってありますか?」
ニナはジェスチャーを交えながら、決戦で己に不足するだろう刀剣の類を探していく。
ニナが普段使いする刀剣類は、いずれも彼女の血液を取り込んで真価を発揮するものばかり。外部に漏れ出た魔力が全て消失してしまう空間内では、強度重視で連戦を見据えた武器を選んだ方が得策だった。
刀剣類はほとんどが魔道具としての機能を停止してしまうが、逆に密閉された弾丸から粉末血液を撃ち出す銃関係は十分に機能する。
「うん。これとこれ、あとこれの試用をお願いします」
「分かりました」
ニナが決戦で注意しなければいけないのは、不意に距離を詰められた際の対応。それさえ気を付けていれば、彼女には必殺の結晶化反応がある。
いくつか好みの刀剣を見つけたニナは、広い空間を活かして実際の触り心地を確かめ始めた。
「ここに来るまではおどおどしてたけど、ああいった武器の扱いは教育の賜物ね。いくら似通った武器だったとしたって、普通は重心や刃渡りの違いで少しは持て余すものなのに」
「それだけの期間、戦いに身を置いてきたのでしょう。もっとも、若くして悪魔殺しに選出される方々は、いずれも人魔大戦以前から頭角を現していた方ばかりですが」
「言えてるわね」
「悪魔祓い様の方は、決めかねている所ですか?」
「そんな感じかしらね。いつもの扱いが扱いだから、ニナ以上に頑丈で使い心地にあった武器を選ばなくちゃいけないもの」
魔法が許された環境下のマルティナは、背負った槍を無限に模倣して使用する戦法を好んでいる。そして、そんな取り扱いをしていれば、おのずと武器の耐久性など度外視する様になる。
決戦の場では、魔力を外部に放出する事が許されない。手持ちの槍が破損したからといって、気軽に新たな槍を生み出す事など出来ないのだ。
多種多様な武器を扱えるニナと違って、マルティナが修練を重ねたのは槍だけ。リーチの長さはその分だけ取り回しの悪さに繋がり、重量を考えても予備の槍は二本程度が限界だろう。
そして、予備も含めて全てが壊れでもしたら。マルティナは成す術なく、悪魔達に蹂躙される事となるだろう。翔の擬井制圧 曼殊沙華は、物理的な壁を作り出す結界。一度中に入ってしまえば、容易な脱出は望めない。
「いっその事、外の待機要員に武器を投げ入れて貰う事は出来ないかしら?」
「......難しいでしょう。お話の通りの結界であれば、十字の隙間は魔力以外のあらゆる物体を通します。変化魔法使いの悪魔が小石を投げつけただけでも、人間の魔法使いでは致命傷かと」
「......それもそうね。それに、日魔連も先の戦いで大きな被害を出してる。いくら十字教の指示だとしたって、優秀な魔法使いを武器の投げ入れ係にするのは難色を示すわよね」
「その通りかと」
ベリト戦に引き続いて、日本は夢の魔王の侵略という脅威に曝された。当然ながら戦いの傷を癒す暇もなく、失われた命の補充には長い年月が必要となる。
ましてや、今回は決戦の名が示す通りの総力戦。優秀な魔法使いを戦力ではなくサポートとして用いるのは、上層部も本人も難色を示すに違いない。
「もう少し吟味を続けるわ。手助けでアマハラの足を引っ張ったりしたら、十字教の顔に泥を塗るようなものだもの」
「分かりました」
マルティナは目の前に並んだ武器を眺めながら答える。総力戦は目前まで迫っていた。
次回更新は10/2の予定です。




