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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【七章連載中】  作者: 村本 凪
胡蝶が舞うは夢か現か

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理想に傾けすぎた戦闘

「先手必勝!」


 そう言いながら、翔は木刀を生成して姫野との距離を一気に詰める。


 姫野は典型的なカウンタータイプの魔法使いだ。相手の動きと魔法の特性を学習し、一番効果的な魔法を選択する事で優位を築いてくる。適当で散発的な攻めを行おうものなら、いつの間にか詰み状態に陥るのがおかしくないのだ。


 そのため、翔は姫野に考える時間を与えぬために動き出した。カウンターを放つ隙すら与える事無く、一度の猛攻で勝負を決めきってしまおうとしたのである。


 訓練的な意味合いが強い模擬戦なら、およそ姫野のためにならない邪道と言えただろう。しかし、この場で確かめたいのは、あくまでも世界が正常に機能するかどうかの一点。


 ある意味でこの場は、いつぞやの模擬戦に近い真剣勝負の場であったのだ。


「志並津彦神(シナツヒコノカミ)様、御力をお貸しください!」


 対する姫野も、翔の突進へ即座に対応を返していた。


「ぐおっ!?」


 突如として発生した一迅の突風によって、翔は飛ばされぬ様に釘付けの状態を強いられてしまった。


 姫野が真っ先に力を借り受けたのは、ベリト戦でも活躍した志並津彦神。かの神がもたらす神風は乱気流こそ生み出せぬものの、突風の強さなら一戸建てサイズの化け物すら押し返すほどだ。


 その一端をぶつけられた翔としては、木刀を杖代わりに耐えるので精いっぱい。むしろ、吹き飛ばされていないだけで、よく頑張っているとさえ言えた。


 けれども、これでは姫野に対応の時間を与えてしまっている。今この時も、彼女は神風が突破された後を悠々と考えられる状態にある。このままでは、姫野の必勝パターンに飲み込まれる。そう危惧した翔は、すぐさま出力の段階を引き上げた。


「まだまだぁ......!」


 翔の有する魔法群では、ノーモーションで発生する神風を回避出来ない。そのため彼は、最もシンプルな突破法に舵を切った。擬翼を展開する事で、さらなる出力上昇による正面突破を図ったのだ。


「やっぱり、天原君の魔力量は規格外ね」


 擬翼からの魔力放出が開始された当初こそ、姫野の神風は力押しで優位に立てていた。しかし、魔力放出量が段々と上がっていく事で、翔の足がゆっくりと前へ進み始めていく。次第に歩幅とペースが上がっていく。


「うおぉぉぉっ!」


 そして、遂には小走りと呼ぶべきスピードまで、翔は突進能力を回復させてしまっていた。


 姫野は魔法の性質上、ごく一部を除いて神の力を併用する事が出来ない。このまま神風を浴びせ続けた所で、ジリ貧なのは目に見えていた。


「玉祖命(たまのおやのみこと)様、御力をお貸しください!」


 そのため姫野は、早々に神風を使った足止めをあきらめた。そして、続けて姫野が力を借り受けたのは、無数の浮遊する勾玉とそれらを利用した糸を生み出す玉祖命の力だった。


 勾玉は姫野の意思によっておおまかに操作が可能で、勾玉同士を結んだ直線にいつでも強靭な糸を生み出す事が出来る。かつてニナのと出会う以前の模擬戦で、姫野が対翔要に使用した魔法。それが再び、目の前に現れたのである。


「いいっ!?」


 総数も詳細も多くは不明な姫野の魔法の中で、玉祖命は翔が詳細を知り得る数少ない魔法の一つだ。平時の彼なら刹那の瞬間に特性を思い出し、同時に力を引き出した意図も読み解く事が出来たかもしれない。


 だが、翔は今まさに、制御不能の状態に陥ろうとしていた。突如として神風が消えた事で、自身でも予想だにしなかった推進力が発生してしまっていたのだ。


 翔が用いる擬翼の構造は単純だ。先端の噴出口から魔力を放出し、その勢いを推進力とする事で飛行すら可能とする。


 されど、未熟な魔法による産物なためか、あるいは単純な性格故か。擬翼にはブレーキなんて便利な機能は搭載されていない。スピードを落とすには魔力放出量を減らすか、あるいは擬翼の向きを翔の意思で切り替えるかが必要なのだ。


 もちろん、いきなり急加速してしまった翔に、そんな対応の時間など残されてはいなかった。制御不能一歩手前になりながら、急速に姫野との距離が縮まっていく。


 そんな時に、眼前に複数の勾玉が現れた。


「まっず......!」


 翔は周囲に浮かぶ勾玉の特性を知っている。これらが自立飛行する使い魔的な存在でありながら、姫野の掛け声ひとつで強靭な一本の糸に変化する事を知っている。


 眼前に浮かぶ勾玉の数は数えきれない。これらが一斉に結び合ってしまえば、そんな複雑な糸の中に高速で突っ込んでしまえば。


「全を一に」


「うがあっ!?」


 果たして想像は現実となった。


 高速で突っ込んできた翔を待っていたのは、網の目状に広がる糸の姿。時として蜘蛛の巣が、自身のよりも大きな小鳥すら捕らえる様に。翔は雁字搦めに絡め取られ、腕も足もまともに動かす事が出来なくなってしまった。


(けどっ!)


 玉祖命の力は、拘束力特化。どれだけ完璧に動きを封じられたとしても、この魔法だけでは敵にトドメを刺すのに何もかもが足りない。もしも魔法を維持したまま翔に痛手を与えるためには、姫野自身が近付いて攻撃する事が強いられてしまう。


 けれど、いくらまともに動けない翔であっても、擬翼から魔力を放出するくらいは可能だ。そして、そんな高出力の魔力に直撃すれば、拘束に魔法を使っている姫野では防御が出来ない。


 故に、盤面は姫野が圧倒的に有利だろう。しかし、拘束を続けたままの決着は、大きな事故を引き起こす可能性が高い。それを回避するためには、彼女は魔法を切り替えるしかないのだ。


「......」


「......」


 お互いに次の行動が、ターニングポイントとなるのは理解しているのだろう。翔は姫野の一挙手一投足をくまなく観察し、彼女は顔色一つ変えずに機を窺い続けている。


「......これだ!」


 そうして無言で数十秒ほど見つめ合った二人。しかし、翔が不意に擬翼を解除した事で、均衡は崩れ去る事になる。


「っ、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)様、御力をお貸しください!」


 いくら全身が糸に絡め取られていようとも、翔の拘束は擬翼を含めた身体サイズで行われていたものだ。そこから擬翼がごっそり抜け落ちてしまえば、拘束としては不十分。そのため姫野は、有利の間に決定打を叩き込む必要があると考えたのだ。


 咄嗟に姫野が力を借り受けたのは、天目一箇神と呼ばれる鍛冶神。かの神からもたらされる力は、己の魔力を即座に鉄へと変換する魔法。


 契約の解除によって霧散してしまった勾玉と糸だが、それらとて姫野が魔力を使って生み出したものには変わらない。そして、翔を拘束する形となっていた魔力だ。いくら緩んだ拘束と言えど、糸から鉄へと変われば脱出難度は大きく上がる。


 その上で、天目一箇神との契約でもたらされるのは大槌。本来は生み出した鉄の形状を打ち込みで自在に変化する神具であるが、ただの鈍器としても破壊力は申し分ない。


 生成した鉄による拘束と、大槌の暴力をチラつかせた降伏勧告。これこそが姫野が導き出した勝利までの道筋であり、瞬時の判断にしては満点に近い動きと言えた。


 だが、姫野は一つだけ失念していた。翔がどんな戦術を好んでいるかを。彼と対面すると、どんな事が起こるかを。


「うおぉぉぉっ!」


 姫野の行動に翔が返したのは、再び擬翼のフルスロットルで距離を詰めようとする愚直な判断。彼女が勾玉と糸の拘束を強めるという判断を取っていれば、完璧な裏目になっていただろう行動だった。


 けれど、姫野は自ら拘束の優位を捨てた。さらなる強靭な拘束を持って、翔の無茶に付き合わない様に動こうとした。


 その結果として起こったのが、翔の周囲に巻き起こった大量の魔力放出。指向性を失って霧散中の魔力など、片っ端から消し飛ばしてしまう魔力の爆発が起こってしまったのだ。


「あっ」


 魔力を鉄に変換する事には成功した。けれども、鉄が生成されたのは、いずれも翔から遠く離れた場所。これでは拘束など出来る筈がない。


 さらに天目一箇神の魔法は、鉄の生成と加工による手の広さがあって初めて機能するものだ。翔の周囲から姫野の魔力が消し飛ばされてしまえば、かの神の力は取り回し辛い大槌をもたらすだけとなってしまう。


「何かは分かんねぇけど、ミスったな! 神崎さん!」


 姫野側からしてみれば、翔との戦いは一つのミスも許されない繊細な勝負であった。


 至近距離に入り込まれてしまえば、武道経験の差で押し込まれてしまう。それを防ぐためには徹底的に突進をいなし、どこかで翔でも抜け出せない強力な拘束を行う必要があったのだ。


 途中までは上手く行っていた。されど、一つの判断ミスで全てが台無しになってしまった。それでもどうにか大槌で近接戦闘に挑もうとする姫野だが、ここにきて天目一箇神との契約による代償が足を引っ張る事となる。


 古来の鍛冶師は炎を長期間直視するせいで、視力を失う者が多かった。そして天目一箇神、一目連(ひとつめのむらじ)、一本ダタラ。そんな鍛冶の特性を色濃く司る神性や怪異は、いずれも片目を失うか元より一つ目の者が多かった。


 姫野が天目一箇神との契約で差し出しているのは、一定期間中の片目の光。平時であれば軽い代償も、近接戦闘という立体感や距離感が重要な場面では致命傷と化す。


「おらあぁっ!」


「うっ......!」


 慣れない大槌を振るった事もあって、姫野は一合すら許されずに木刀の一撃で得物を吹き飛ばされてしまう。続けて、形式上とはいえ、首筋に添えられた木刀。さらなる抵抗を見せれば、容赦なく首元に痛打を叩き込まれる事だろう。


「......ありがとう神崎さん。ここまで付き合ってくれて」


「いいえ。こっちこそ、学ぶべき事が多い戦いだったわ。むしろ、私が不甲斐なさすぎて、天原君の学びになったかどうかが心配よ」


「そんな事ねぇって! 最後の駆け引きも、神崎さんが糸を張り続ける選択をしてたら分からなかった。もっと余計に糸が絡まって、あそこまでスムーズな動きには移行出来なかったかもしんねぇんだから!」


「そうかしら?」


「あぁ!」


「......ならよかったわ」


「あぁ」


 すでに二人の間で勝負は終わっていた。両者が考えているのは、相手を満足させられたかという一点のみ。そして、互いの態度を見る限り、満足が行くような結末であったのだろう。


「後は、私が意思を示すだけね」


「そうだな。せっかく綺麗に戦いは終えられたんだ。ここで下手なエラーだけは、勘弁してくれよ」


「そうね」


 そもそも二人が別世界で戦闘を行ったのは、翔の世界が正しく機能しているかを確認するためだ。


 一対一の戦闘を強要し、心象風景には幼少期より慣れ親しんだ道場が用いられている。そんな場所で定められる決着が、いずれかの死に限定される訳がない。


 むしろ、翔は邪悪な悪魔でさえも、出来れば命までは奪いたくないと思っていた。故に生成の難度を引き上げてまで、彼は一つのルールを定める事にこだわっていた。


「私の負け」


 それは決着を示す敗北の宣言。同時に勝敗が定まった時点で、この世界に存在価値は無くなる。


 翔と姫野が見つめる中で、ゆっくりと世界が消失していく。見慣れた光景から色が失われていき、世界が黒一色に包まれていく。


 そのまま暗闇の中に閉じ込められる事を覚悟していた二人だったが、気が付けば周囲には大量の本棚。横へと目を向ければ安心した様子の大熊と、満足げな様子のダンタリア。


「おかえり。上手くやったようだね」


 二人の世界構築検証は、無事に終わりを迎えたらしい。

次回更新は9/28の予定です。

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