何もなくとも満たされた世界
「悪魔祓い、魔界における国名と根源の関係は知っているかい?」
「......現世では統計による予測しか付いてないけど、強く立場が上の悪魔である程、国名に根源が近付いていくって聞いた事があるわ」
「うん、まさにそれだ」
答えに核心の無かったマルティナだが、どうやらダンタリアを満足させられたらしい。
いくら悪魔による情報消去が度々起ころうと、何も人魔大戦の歴史は連敗の歴史では無い。惜敗ながらも最後の最後まで現世の蹂躙を許さなかった歴史もあるし、前の世代などは見事に勝ち切って見せている。
つまりは穴だらけの歴史ながらも、重要な情報においては様々な手段で継承が行われてきたのだ。
「夢とは不安定であり、実体を伴わない蜃気楼のようなもの。しかし、同時に生命へと活力を与える標であり、あきらめた心に容赦なく鉄槌を下すギロチンでもある」
「何が言いたいわけ?」
「それだけ、夢の国は懐が深いという訳さ。事実、彼女は半端な契約魔法使いなら誰でも国家に迎え入れ、成長途中の変化魔法使いを自らの言葉で呼び込んだりもする。空虚殿の代になってから、夢の国はまた一つ国家としての名を上げた」
「空虚殿だぁ......?」
大熊が驚きと疑心の中間といった表情で、ダンタリアを睨みつけた。なぜなら彼女がもたらした真名は、いまだに完璧な共有がなされていない情報だったから。
「おや、ラウラも仕事が甘いね。てっきり弟子経由で真名だけでも共有したのかと思いきや、それすら中途半端だったなんて。いや、そもそもラウラの事だ。名乗る事すら許さず、一方的な蹂躙で葬り去ったというのが真実かな?」
「なにテメェだけで納得してやがる!」
「いやぁ、ちょっと買い被り過ぎたと思ってね。そのせいで、リストに無い商品まで、タダ同然で売り渡してしまう事になってしまった」
「けっ! 普段から黒幕気取りでスカしてやがるせいで、バチが当たったんだろうよ!」
「ふふっ、そうかもしれないね。一方では予測を超え、もう一方では下回る。これだからニンゲンは面白い」
「......脱線するの止めてくれるかしら? 私が聞いていたのは、魔王と国名の相関関係。加えてそれに伴う、夢の本質についてだった筈よ」
このままダンタリアと大熊が会話を主導していれば、内容はどこまでも脇道に逸れて行く事となっただろう。しかし、こういった時に、マルティナは物怖じしない。己が要求を突き付けて、強引に内容を引き戻す。
他の悪魔殺し達であれば、もう少し誘導には時間がかかっただろう会話。だが、マルティナであれば、軌道を修正出来る。強引で過激な思想に傾きがちな性格も、全ての場面で悪い訳では無い。
「いや、失礼。夢の国は懐が深いという話だったね。あらゆる形に姿を変えて、時には精神に深く食い込んでくる事もある夢。そこに空虚という真名が加わった場合、悪魔祓いならどんな根源を予想するかな?」
「......あぁ、そういう事ね」
マルティナも翔経由で、ダンタリアの情報に何らかの制約が掛けられている事は知っている。特に、他悪魔の根源魔法となると傾向は顕著となり、どれだけの見返りを積んでも頑として口を割らなくなると聞いている。
ダンタリアはマルティナの身を削る情報収集に敬意を評して、どうにか夢の魔王の情報を与えようとしているのだろう。
ここまでの会話を聞く限り、ダンタリアが語れるのは夢という概念と魔王の来歴だけ。そこから答えを得るためには、何よりもマルティナの思考力が試される。
「おい、ダンタリア」
「大熊、どうかしたかい?」
「マルティナちゃんの表情を見て、大体分かった。だから、これは確認だ。これまでの人魔大戦で顕現した夢の国の代表。それはどの時代であろうと、空虚だったか?」
大熊も鈍いながら事情を察したのだろう。ダンタリアに制約がかからぬだろう内容を選び、助け船となるような質問を行う。
大熊の質問が肯定されれば、それは過去の被害資料がそのまま膨大な情報の宝庫へ変わる事を示唆している。仮に、この場でマルティナが答えを出せぬとも、積もり固まった血の歴史が彼女を導いてくれると思って。
「さっきも言った様に、空虚殿も代替わりによって魔王の座を手に入れている。だから、どの時代であってもという点はノーだ。けれど、ラウラが討伐した夢の魔王という点ならイエスだよ」
対するダンタリアも、普段の遠回しではない明確な回答を行う。
ダンタリアはいついかなる人魔大戦であっても、分を弁えた相手に残酷な仕打ちを行ったという資料は無い。裏を返せば、彼女とて残忍な魔王の一体であるという歴史はいくらでも掘り起こせるのだが、重要なのは二者間で交渉が成り立つ数少ない存在であるという点だ。
ダンタリアはいつの時代も、目にした事が無い物語や書物を対価に情報を提供していた。こちらも翔からの受け売りであるが、彼女の住む魔界では書物を記そうとする悪魔は極僅かであるらしい。
ダンタリアにとって人魔大戦とは、己の知識欲を満たすための即売会。そして、そんな商いを安定して行うためには、人類側に一定レベルの治安と文明が残されていないと難しい。
夢の魔王の所業は、人類の生活圏を物理的に消失させかねない脅威だ。さらに、もしもこれで夢の国が成功してしまえば。
成功体験は瞬く間に広がる。自分もあやかろうと、同じ無茶へと挑む世界持ちの魔王が現れない訳が無い。そして、人魔大戦毎に現世がガリガリと削られ続けてしまえば。巡り巡ってダンタリアの求める物語は、数も質も低下の一途を辿ってしまう事になるだろう。
そうならないためにも、ダンタリアは必要以上に手を貸す。リスクばかりで得る物が少なかったと、魔界全体に失敗体験を流布する。そうして流れが変わって初めて、彼女は安心して傍観者気取りに戻る事が出来るのだ。
「ダンタリア、質問よ。空虚って言葉は、何も無い状態として捉えるべき? それとも、心が無の状態を差す言葉? それとも、物理的に中身が消失した状態?」
「空虚殿を言い表すのなら、始めの何も無い状態が一番近い意味合いだろうね。彼女は何も必要としないし、何かを過剰に求めたりもしない。けれど、それは別に無欲とは繋がらない。そんな存在に、世界を築き上げるなんて無理な話だろう?」
「......えぇ、そうね。なら、さしずめ空虚は満たされているからこそ、何かに執着する気持ちが生まれていないって所かしら?」
「いい着眼点だ。何を持たずとも手が届く、何も無くとも全てがある。だから空虚殿は空っぽのがらんどうでありながら、魔王の座に収まる事が出来たんだ」
「......何を言ってるのか、さっぱり分かんねぇ」
マルティナが独り歩きをしない様に、説教までしたのだ。本当なら大熊も一人と一体の会話に割って入り、効果的な質問の一つや二つをダンタリアにぶつけてやりたいと思っている。
しかし、大熊が割って入るには、彼女達の会話は高度過ぎた。今は腕組みにしかめ面で、マルティナが不利益を被らぬ様に祈るので精いっぱいである。
「だったら、ラウラさんが教えてくれた被害状況にも納得が出来る。ダンタリア、夢の世界は何でもあり。そして、夢は実体が無いだけで無限大。そうよね?」
「ふふっ、そこまで分析が進めば、大惨事を免れるには十分だよ」
「あっそう。なら、完全解にはもう一手間加えろって事ね?」
「悪いが、それは言い切れないよ。確定させる事は、契約の不履行に繋がるからね。それと、幹部達の確認はいいのかい?」
「そっちはもういいわ。下手な小言を挟まなかった時点で、修正点が無いのは分かるもの」
「なら、後は戦いで答えを見つける事だ」
「えぇ。そうさせてもらうわ。大熊さん、お手数ですが脱出の手助けを」
「おっ、おう......」
大熊が唸っている内に会話は終わり、両者には表情に出ないながらも納得感が生まれていた。
あいにく足切りをされた大熊だけが、納得感からは蚊帳の外。色々と言いたい事こそあったものの、彼はマルティナの体調を気遣って脱出を優先させるのだった。
次回更新は9/8の予定です。




