指し示した眠りの王
「ふわぁ~、むにゃむにゃ。あれぇ? 今日は皆してどうしたの~?」
分かりやすくあくびを一噛みし、眠たげな瞳で前を見る空虚。そんな彼女の見つめる先には、三つの影が跪いていた。
中央を陣取るのは、黒い肌に白い毛が特徴のデフォルメされた羊の姿を取る導入。その右側にいるのは乱杭歯に無精ヒゲ、浮浪者と寄っても過言ではない姿の追駆。そして左側に立つのは、伝承に残るアラクネの姿を切り取った亡羊。
魔王である空虚を合わせて夢の国を取り仕切る幹部三体が、彼女の目覚めを見計らって一堂に介していたのである。
「この度は、攻勢によって得た情報の報告をと考えておりまして」
三者を代表して発言したのは導入。彼が幹部全てを集めてまで空虚に謁見した理由は、攻勢によって得た情報を主と共有するため。そして、彼女の判断を歪んで解釈せぬよう、残る二体にそのまま指示を聞かせるためであった。
「あぁ~。そういえばぁ、ニンゲン側の感触を確かめるための、攻めをお願いしてたったけ?」
世界の維持に多くの魔力を使っているせいか、空虚から気怠い様子が消える事は無い。しかし、発言の後から、瞳に残っていた眠りの気配は消え去った。導入もそれを確認し、報告の準備が整ったと判断する。
「はい。まずは追駆に任せていた、捕虜の尋問についてです。多くは空振りに終わりましたが、いくつかのニンゲンから興味深い話が聞き取れました」
「そうなのぉ?」
「えぇはい。いくらか手足を短くしてやったら、顔を出した情報です。なんでも、この地を拠点とする悪魔殺しの数は三。その上で、一つは契約してほとんど日数が経過していない素人との事」
「あぁ~、内訳が分かったんだぁ。それでぇ?」
「名の方はどれだけ頭を捻っても出ては来ませんでしたが、我々で言う所の根源は判明しております。結木と呼ばれる植物に深い造詣を持つ一族の出身。契約後に漏れ聞こえてきた話によれば、随分と完成が遅れている模様です」
追駆が空虚に語って聞かせたのは、捕虜から奪い取った悪魔殺しの情報であった。
日魔連における悪魔殺しの情報は、その多くが大熊の手によって秘匿されている。しかし、人の噂に戸口は立てられぬ。ましてやベリトとの戦いは、日魔連にも多くの協力を求めた。その中で凛花の情報が漏れてしまうのは、仕方のない事だったのであろう。
「へぇ~。ニンゲン如きの評価がそれならぁ、あのぉ......何だったっけぇ.....あぁ! 風祝! あれの頭からようやく取り出せた悪魔殺し達とは、共闘はしない感じかな?」
さらに夢の国陣営は神祈派を束ねる風祝を経由して、翔と姫野の情報すら手に入れていた。
存在自体が曖昧の途上にある凛花と違い、翔と姫野の活躍は日魔連内でも知れ渡っている。加えて、追駆が情報を手にした末端の兵とは異なり、風祝は日魔連を差配する立場にある人間だ。
攻勢を強める前までは、まだ風祝の支配も完全では無かったのだろう。だが、時間は夢の国に貴重な情報をもたらしてしまった。風祝クラスの頭から抜き取った情報となれば、翔や姫野の容姿や使用魔法まで割れてしまったと考えられるだろう。
「いえ、国力は桁違いでも、我らとニンゲンにおける国家の価値は似ております。例え芽吹く前の木立であろうと、大地が根腐れを起こしては共倒れが必須。存亡の危機まで追い詰めれば、悪魔殺しもまとめて襲い掛かって来るものかと」
「それもそっかぁ。まぁ~、敵の数が知れるのは良い事だよね」
それでも脅威が増えると聞かされれば、普通なら魔王とて嫌な顔の一つくらいはしただろう。しかし、空虚は良くも悪くも温厚だ。決戦は始まっておらず、幹部達が敗れた訳でもない。ならば、情報を抜けた事を喜ぼうと思える楽観的な性格であった。
以前は実在が疑問視されていた創造魔法使いの情報も手にしている。加えて、もう一人が手数こそ多いが、切り替えに時間を擁する契約魔法使いである事も割れている。
そこまで相手を知れているのに、どうして焦ったり気を悪くする必要があるのか。空虚が怒りを見せないのには、そうした余裕も含まれていたのだ。
「その空虚様ぁ、私からは謝罪を」
「んん? なんのぉ~?」
空虚が気を悪くしていない事を察し、続く形で亡羊が報告を開始する。
「実は、攻勢以前に捕虜としていたニンゲン。あれの逃走を許してしまいましてぇ」
「うぅん? 亡羊が迷宮を張った上で?」
空虚の疑問は当然だ。
亡羊の迷宮は、究極の足切り結界。火力か魔力感知に秀でた者で無ければ、そもそも脱出が不可能。さらに、彼女が本気を出せば、迷宮内へひっきりなしに子飼いの悪魔達を送り込む事すら可能だ。
ただのニンゲン程度という油断はあったのだろう。しかし、だとしても迷宮を展開していれば、ただのニンゲン程度に対処は不可能だった筈だ。
そうした純粋な疑問を浮かべられて、亡羊はいささか大きな体躯を恥じ入るかの様に縮こませた。
「実はぁ。迷宮の展開こそしていたのですがぁ、一時だけ導入との会議で配下に管理を任せておりましてぇ」
「あぁ~、層の展開か挟み込みを誤った感じだぁ」
「申し訳ございません」
三幹部を束ねる空虚は、もちろん幹部達の根源魔法を完璧に把握している。特に防衛戦の要となる亡羊の魔法は、空虚自身でも完璧な操作が可能な程だ。
亡羊の魔法は完全な閉鎖空間を作り出せる一方で、管理の行き違い一つで簡単に崩壊する脆さを持ち合わせている。報告の内容から察するに、おおかた配下が亡羊以上の油断を晒したのだろう。そのせいで、ニンゲン如きすら逃げ出せる隙を作ってしまったのだろう。
「あれぇ? 逃げ出したニンゲンってぇ、一応は魔法使いって話だったよねぇ?」
その報告を受けても、空虚は怒り出したりしなかった。任せたからには失敗も許容する。そういった精神で、亡羊を責めるつもりは欠片も無かった。
けれども、亡羊の魔法を見た上で逃げた。その事実だけはいただけない。
空虚の纏う空気が、ほんの少しだけ張り詰めた。
「そ、その通りですぅ」
空虚が魔王としての顔を覗かせたためだろう。部屋の中にも緊張感が伝染していき、報告者の亡羊に至っては緊張で言葉を噛んでしまう程だった。
「それじゃあさぁ、導入も割られた可能性は考えてるよねぇ?」
その質問は、まさに導入が亡羊へ行った警告そのものだった。空虚は脱出した魔法使いを最大限に警戒し、亡羊の根源魔法を完全に把握されたものとして判断していたのだ。
「はい」
「他の子達が戦いで散るのは仕方ないけどぉ、みんなを失うのは痛い。それも分かっているよねぇ?」
空虚は温厚でこそあるが、決してお人好しなどでは無い。国家の運営に必要な犠牲は割り切っているし、自身と国のためなら幹部達すら切り捨てる事もあるだろう。
だが、切り捨てるのは今じゃない。だからこそ空虚は、亡羊の安全を最大限に考えた献策を導入に求めた。
「はい。ですので決戦の際に、まず創造魔法使いを相手取るのは追駆と変化魔法使いが。契約魔法使いか結木なる悪魔殺し未満に足止めされるようなら私が」
「世界そのものを引っ張ってきたのはぁ、長い人魔大戦の歴史でも私が初めてだよぉ? この国が周辺国家から悪魔殺しを引き込んで、戦力を増していた場合はぁ?」
「その場合は、頭数が一つ増える程度なら亡羊が」
「それ以上ならぁ?」
「お手数ですが、空虚様自らの出陣をお願い申し上げます。管理から外れた世界は急速に元の居場所へ戻ろうとするでしょうが_」
「短期間なら、手綱を握り直せるねぇ。さっすが導入。ふわぁあ、それじゃあ、その方向性で行こっかぁ......」
そこまで言い終えると、空虚は再びまどろみに誘われ始めた。
「御意に。空虚様は決戦時まで、どうかお休みください」
「任せたよぉ」
三者が偉大なる主へと頭を下げる。そうして頭を上げた時にあったのは、深い眠りへと落ちた主の姿であった。
次回更新は8/31の予定です。




