どこまでも続く抜け出せない夢
「さて、亡羊についてだが、追駆以上に知り得る情報が少ない事は謝らせて欲しい」
「別に、それは薄々察してはいたわ」
軍事を総括している追駆と異なり、亡羊の担当は教育。おまけに、猿飛から伝え聞いた魔法の情報だけでも、得意な戦法が防衛戦である事は容易に想像が付く。
つまり、追駆が討ち漏らした事で、国家へ敵対悪魔が侵入する事態。そこまで舞台が整わなければ、亡羊が戦いに参加するのはあり得ないのだ。
「私の知る中で、亡羊の魔法を見たのは一度切り。しかも、分断が目的で延々とあしらわれ続けたんだから、目にしているのも本当に魔法だけという有様さ」
「容姿が分からないのは残念だけど、そこにこだわるつもりは無いわ。聞きたいのはあくまでも、魔王のあなたから見た亡羊の魔法。その情報が手に入れば、もっと理解が進むと思うの」
悪魔殺し達が知り得る亡羊の情報は、その全てが実際に魔法の中へ囚われた猿飛のもの。彼の人間性を考えれば嘘や隠し事はあり得ないが、一方で魔法の理解度については不安が大きい。
猿飛は生まれついた体質のせいで、自らの魔力で魔法を使いこなす事が出来ない。そのため、魔力感知も魔道具頼り。その他の魔法も文献を頼りに精査するのが限界なのだから、魔法に限れば彼視点の証言は確度が低い情報となってくる。
例えば、猿飛は出口の無い空間を永遠に彷徨ったと証言した。けれども、それは彼が巧妙に隠された出入り口を、見つけ出せなかったのかもしれない。あるいは記憶や意識を操作され、同じ場所をグルグルと回り続けていたのかもしれない。
そんな不安を払拭するためには、魔王であるハプスベルタの証言が大切なのだ。
いくら近接戦闘に重きを置いた戦士タイプの魔王だろうと、国のトップを張るからには苦手分野でも相応の評価を得る必要がある。魔力感知一つを取っても、マルティナ如きには間違っても遅れを取る訳にはいかないのだ。
だからこそ、囚われたという事実は貴重な情報源となる。時間稼ぎ目的であしらわれ続けたとしても、その魔法を目にした時点で大きな失点には間違い無いのだ。
「分かった。それじゃあ、私の所見について話そう。亡羊の魔法を初めて見た時、真っ先に頭をよぎったのが、効率重視の結界だなという感想だった」
「効率重視?」
「あぁ。一見すると、吹けば飛びそうなほど脆い結界。だが、実存する空間そのものに張り付ける形で座標を指定する。そうする事で結界内部の自由性を犠牲に、低コストな割にそれなりの耐久性というメリットを生み出している様に感じた」
「実存する空間に座標を指定? それに、空間の自由性が低い?」
「おや、何か気になる事でも?」
「ちょっとね……」
「ふぅん?」
少しだけ誤魔化しを入れながら、マルティナは頭に生まれた矛盾を整理しようとしていた。
助け出された猿飛は、結界内部は無限に感じられる程の広さがあったと証言していた筈だ。けれども、実存する空間に座標を固定すれば、どうしたって結界のサイズは限定される事となる。内装程度は模様替えが可能かもしれないが、広さの面では拡張など不可能な筈なのだ。
加えて、出入りに制限をかけるなどすれば、生成する結界のコストは重くなる。それなのにハプスベルタは、工夫によって耐久性を引き上げた低コストの結界だと言い切った。
あまりにも食い違う両者の意見。考える内に、猿飛が見た結界とハプスベルタの結界は別物なのではという意見すら浮上してきた。しかし、所々で対極に位置する意見の中で、唯一と言える共通点をマルティナは見逃さなかった。
「ハプスベルタ」
「なんだい?」
「いくら耐久性に重きを置いていたと言ったって、初見のあなたは結界を吹けば飛ぶもの思っていたんでしょう? けれど時間稼ぎが成功するほど、脱出には手間取った。それってつまり、ハプスベルタクラスでも脱出が容易じゃない結界だったって事よね?」
マルティナの気が付いた両者の共通点。それは、結界からの脱出が困難を極めていたという点だ。
猿飛が結界から脱出するのに手間取るのは理解出来る。なぜなら彼は自前の魔法を持たず、武器となるのは通用するかも怪しい魔道具数点のみ。これで五体満足のまま生還出来たのだから、それは奇跡と呼ぶにふさわしい功績だ。
けれど、これがハプスベルタとなれば話は変わる。一度目の評価では、吹けば飛ぶと評価した結界。二度目の評価でやや上方修正したものの、それだって格下の努力を褒めたたえるような余裕が感じられるものだった。
けれど、そんな貧弱な結界相手に、ハプスベルタは時間を取られた。恐らくは時間稼ぎの間に仲間が討ち取られ、攻め切る力を失ってしまった。
その事実を鑑みれば、両者の証言にも噛み合う場所があると判断出来る。だからこそマルティナは、無礼を承知でハプスベルタの失敗を掘り下げたのだ。
「......あの時は若かった。どれだけ血が流れようとも、力を増しつつある国家の頭を抑える事こそが重要だと思っていた。だから私は魔力量でのみ結界を推し量り、結界の解析という重大事項を後回しにしてしまった」
「......どうなったの?」
「この程度の結界なんて、魔力量のゴリ押しで引き裂ける。そうして引き裂いた先にあったのは、何だと思う? つい先ほど打ち破った結界が、そっくりそのまま目の前に出現していたのさ」
「はっ?」
マルティナの魔法全般に対する知識は、悪魔殺し達の中ではダントツで一位と言えるだろう。
十字教会という現世における最大の宗教組織に所属し、穴だらけとはいえ過去の人魔大戦の資料も読み漁る権限を有している。そんなマルティナでありながら、ハプスベルタの言っている意味が分からなかった。
一般的な結界であれば、発動に時間を要するのが基本。それを砕かれた傍から張りなおす。いや、砕かれる以前から次が用意されている。そんなもの、普通の結界魔法ではあり得なかった。
「そんなバカなと暴れたさ。結界を何度も叩き割って、どんどんと砕くスピードも増していった。なのに、いつまで経っても出口は現れず、気が付けば遠方にあった味方の魔力反応は消失していた。そして煽りが如く、その瞬間に結界は消失した。これでもまだ、攻め続けるのかと言う様に」
「......」
それは手玉に取られたと言っていい過去だろう。
夢の国陣営はその気になれば、孤立したハプスベルタに全戦力を差し向ける事すら可能だった。だが、これ以上に兵力が損耗する事を嫌ったのか。あるいは、無能な指導者がトップに立ったままでいる事を望んだのか。追撃には出なかった。
命が助かったからと言っても、失った名誉は計り知れなかった筈だ。そこから国を傾ける事無く、さらには敗戦を笑い話かの様に語れる器。
夢の国陣営が逃した魚は、存外に大物だったらしい。
「多少の落ち着きを得た今だからこそ分かる。あの結界魔法は、低コストの運用だけを考えたものではなかった。優れた魔力感知能力と、過去の私を上回るだけの高火力魔法。そのどちらか叶わなければ、決して脱出を許さない悪夢の罠だった」
「教えてちょうだい」
「もちろん。亡羊の操る結界魔法は、実存する空間に座標を固定する事で発動する。だが、それだけじゃない。あの魔法のキモは、空間にピッタリと張りつく薄い結界である事。吹けば飛ぶ様な結界である事こそが、一番重要なんだ」
「空間に張り付く、薄い結界......?」
「結界の座標自体は実存する空間を基にしているから、どれだけ薄かろうと中の犠牲者は狭さを感じたりはしない。けれど、薄いって事は、重ね合わせる事が出来る。薄いという事は、間に新たな結界を挟み込む事が出来る」
「それって、まさか!」
「一枚の結界を破壊した犠牲者の前に姿を表すのは、重なり合う次の結界。それが何重にも折り重なっているせいで、中途半端な破壊じゃ出口に辿り着けない。加えて、知恵を絞って結界の終わりを見つけ出しても、中途半端な魔力感知だと辿り着くのは次の結界ってオチだ」
ハプスベルタの説明によって、マルティナもようやく亡羊の魔法を理解する事が出来た。
亡羊の操る結界は、幾層にも連なった疑似空間を生み出す魔法。脱出するには若きハプスベルタを凌ぐ結界破壊能力か、重なった層の終端を見つけ出せる程の魔力感知能力が必須。
さらに、亡羊は結界を新たに重ねるだけではなく、結界と結界の間に挟み込む事も可能なのだ。
このせいで層が薄い側に歩を進めても、中途半端な速度では対策されてしまう。迷いの無い完璧なルート構築しか、亡羊の迷宮から抜け出す方法は存在しないのだ。
故に、猿飛は本当に幸運だった。
亡羊は新たな結界を、層の間に挟み込む事が出来る。これによって配下を結界と共に挟み、犠牲者の下へ瞬時に送り出す事が出来る。
自身の結界魔法を使いこなす亡羊が相手では、猿飛はどこかで力尽きる事となっただろう。だが、彼の前に姿を現したのは、血気盛んな無能な働き者であった。
彼らはあろう事か、猿飛の前で新たな結界を挿し込もうとする暴挙に走ってしまった。
どれだけ層が連なる結界だろうと、完全に挟み込まれるまでは層からはみ出した部分がある。その点を突いたからこそ、暴力も魔力感知も足りない猿飛も生還出来たのだ。
「チッ、分かっていても......」
知らなければ、大惨事になるかも知れなかった。だが、知った上でもなお、相手の力は強大の一言に尽きた。超えるべき壁の大きさに、マルティナは思わず舌を打つ。
「加えて、亡羊が追駆のような根源一本の魔法使いである保証はない。迷宮を突破し、本体に打ち勝つ難事。教えてやった手前、私の代わりとなるリベンジには期待してるよ」
そんなマルティナを見て、ハプスベルタは面白そうに期待の視線を送るのだった。
次回更新は8/27の予定です。




