どこまでも追いかけられる夢
「さて、君が魔法の副作用に苦しむ前に、さっさと約束を果たしてしまうとするか」
流麗な動きで地上へと帰還したハプスベルタは、そのまま凡百達を仕舞いこむとどっかりと地面へ腰を下ろした。戦闘時と異なって、今は動きの一つ一つが弛緩しているのが分かる。あえて勝者側から武装を解く事で、マルティナに警戒心を与えない配慮なのだろう。
「えぇ。ここから先を考えるなら、副作用の前に皆にも情報共有の準備はしておきたいもの。お願いするわ」
そして、マルティナもハプスベルタの提案に同意した。彼女が懐から取り出したのは、現代社会ではあまりにも見慣れた通信情報端末。
電源を入れると共に始めたのは録画。会話が終了した時点で、誰かに動画を送信する。そうする事で、副作用の苦しみを気にする事無く情報を共有を行うつもりなのだろう。
「追駆と亡羊。それぞれ夢の国に留まらず、良くも悪くも関係性が強い国では名の知れた悪魔だ。国家間の役割は軍事と教育の責任者。彼らの存在がある事で、夢の魔王は煩わしい政治を外交一本に絞る事が出来ているとも言える」
「.....残った導入が司るのは内政」
「ご明察。フラットな評価をさせて貰えば、国としてのまとまりは強固。羨ましい限りだよ。我が国なんて、忠誠心だけは立派な戦闘狂の近衛に、虎視眈々と私の座を狙うレジスタンス、勝手に他所の戦争に加わる傭兵に、武者修行と称して外郭で行われる辻斬り。国家としてのまとまりは皆無だ」
「アンタのとこの事情なんて、知ったこっちゃないわよ。っていうか、それで魔王が人魔大戦に参加して大丈夫な訳?」
長年を悪魔への憎悪に費やしたおかげか。マルティナはそこらの魔法使いでは太刀打ち出来ない程には、魔界の事情に詳しい。便宜上は国と呼ばれていても、内情は発展途上国家のスラム染みている国も少なくない事を知っている。
ハプスベルタは剣の悪魔という武闘派を、さらなる暴力によって従わせている魔王だ。そして、抑圧はどんな形であろうと恨みを買う。
いくら話しが逸れていても、長期間も国を空けて大丈夫なのか。その興味と心配の方が、マルティナの中で勝ったのだ。
「ある程度はね。剣の国は魔剣や妖刀の類をルーツに持つ悪魔はもちろんだが、その他にも自らの腕で悪魔を生み出したいと願う召喚魔法使いも受け入れている」
「剣の国に......召喚魔法使い......?」
「分かりにくいか。まぁ、平たく言うなら、現世における鍛冶師の類だよ。彼らは己を高みへ持ち上げる事にはてんで興味は無いが、悪魔特有の名を残すという本能は焦がれる程に強く抱えている者達だ」
「......あぁ、分かったわ。使い魔を育て上げて、名のある悪魔まで成長させる事を望んでいる連中って訳ね」
「その通り。彼らからしてみれば、剣の国の政治不安は命取り。いくら私に庇護されていようと、試し切りの的を探す者はごまんといる。だから私がいない間は、彼らが名代として最低限の秩序を守ってくれているんだ」
「さしずめ、言葉巧みに近衛とレジスタンスを削り合わせるようなものかしら」
いくら鍛冶師達が平和を望んでいようと、彼らにはバカを抑え込むための暴力は無い。だが、幸いな事に、国内には反目し合う二つの組織が存在するのだ。ガス抜きもかねてぶつけてしまえば、最低限の秩序だけは守る事が出来る。
「よく分かっているじゃないか。まぁ、そんな訳でね。国家としてのまとまりは他国に劣っていても、案外と秩序の崩壊は起こらないものなんだ。おっと、話が逸れてしまった。時間制限がある事だし、追駆と亡羊について話していこう」
「こっちも少しだけ興味がある話題だったから気にしないで。本題を出し渋らないのなら、別に問題ないわ」
ハプスベルタも小さな愚痴を吐き出して満足したのか。マルティナに小さな謝罪を入れると、ようやく本題を切り出した。
「まずは追駆の方だ。見た目は無精ヒゲに乱杭歯。動物由来の死臭が染み込んだボロボロの衣服を身に纏った、ニンゲンで言う所の浮浪者染みた悪魔だ」
「......続けて」
「性格は直情型で残忍。軍事を司っている事を誇りに思っており、役立たずなら味方だろうと平気で切り捨てる冷酷さも持ち合わせている。奴に意見が出来る者は、同じ幹部クラスか夢の魔王くらいだろう」
「ふぅん。性格的には与しやすそうだけど、だったら根源魔法が優秀なんでしょうね」
魔界における絶対的な指標は強さである。だが、上に行けば行くほど強さだけでは立ち行かなくなる。強さを正しく振るえる頭脳と、強さをさらに発展させる発想力が求められるようになる。
ここまで聞かされた追駆は、そんな強さとは対極にあるような性格だ。だというのに、幹部の席に収まっている。そうなれば、考えられる可能性は少ない。一番有力な説は、頭脳や発想力を捻じ伏せられる程の魔法を有しているという事だ。
「あぁ。それこそ求めていた情報だろう。奴が振るう魔法は、追跡という概念を操る始祖魔法。痕跡を手に入れて、標的を定める。魔法が発動してしまえば、追駆のあきらめ以外で逃げ切る事は不可能だ」
「私と同じ、概念型始祖魔法の使い手って訳ね」
「そういう事だ」
ハプスベルタの説明を聞いて、マルティナは少しだけ思案顔を作る。
追跡という概念を操るというのなら、確かに逃げ切るのは至難の業となろう。だが、同時に思ったのは、その魔法が追駆本人の強さに一切寄与していないという点だ。
ハプスベルタは零していた。追駆は歯応えのある手強い悪魔であると。けれども、いくら優秀な始祖魔法と言えど、それだけで剣の悪魔達相手に立ち回れるだろうか。
「他の魔法は?」
その質問はハプスベルタの説明を真面目に聞いていれば、当然に生まれ出るだろう疑問だった。マルティナは根源魔法の追跡能力を活かして、残りの魔法で有利な戦闘を築き上げているものと思っていた。
「無いよ」
「はっ......?」
「だから無い。直情型で己の強さに絶対の自身を持っている悪魔が、小手先の魔法を身に付けるわけが無いだろう?」
だが、マルティナの質問は空を切った。ハプスベルタのあまりにも力強い否定によって。
「で、でもっ! だったら、まともな変化魔法も無しに、アンタ達とやりあえたって言うの!?」
マルティナの返答はもっともだった。
ハプスベルタでさえ、戦いの際には内向きの変化魔法を用いている。その効果を利用して、近接戦闘の立ち回りを様々な点から強化しているのだ。
筋力を強化すればスピードやパワーに直結し、外皮や骨を強化すれば防御能力は飛躍する。それほどまでに、近接戦闘における内向きの変化魔法の価値は高いのだ。
そして、斬った張ったを至上とする剣の悪魔達が、そんな必要不可欠な要素から目を背けるとは思えない。故にマルティナは叫ぶ。追駆と呼ばれる悪魔は、内向きの変化魔法無しに剣の悪魔を相手取れる化け物なのかと。
「......内向きの変化魔法には届かずとも、魔力を薄く纏って小さな肉体強化くらいはやっているだろうさ」
「じゃあ_」
「けれど、それはあくまでも最低限。下手な横槍で追跡を阻まれたくないってだけの処世術さ」
「だったら、追跡の始祖魔法が恐ろしいくらいに優秀って事?」
「あぁ、そうだとも。私達が切り裂いた夢の悪魔は数知れず。だが、同時に追駆の手に掛かった味方も数知れず。覚えておくといい。君の魂にも刻まれている概念型始祖魔法は、解釈によってどこまでも成長する。そして、追駆は愚直に一本の魔法を極めし存在だという事を」
「っ......」
たった一つの魔法を極め、武闘派と名高い剣の悪魔達すら葬る。それが生半可な努力で実らない事は、マルティナも身を持って味わったばかりだ。だからこそ、追駆の異様さが伝わってくる。幹部を名乗るだけの強さが、その逸話によって補強されていく。
「追駆の伝説はどれだけ語っても足りないが、あいにく二度も脱線したら時間が足りなくなる可能性がある。良ければ亡羊について語らせてもらいたいのだが?」
本当なら、追駆の魔法をもっと知りたかった。詳細を知る事で、完璧な対策を立てたかった。だが、知った気になるのは、知らないよりも危険だ。
いくらハプスベルタと追駆の戦歴が語り切れないと言っても、お互いがお互いの魔法を完璧に理解したとは言い切れない。今しがたの戦闘だって、マルティナはそんな理解の隙を突いた戦術で奇襲を行ったのだから。
「いいわ。亡羊について教えてちょうだい」
だからマルティナは追駆の説明を切り上げた。始祖魔法使いと知り、操る対象まで知れれば、情報としての価値は十二分にあったのだから。
「よし。なら、次に移ろうか」
マルティナの返答に頷くと、ハプスベルタは亡羊について語り出した。
次回更新は8/23の予定です。




