立ち合い故に許された無謀
「予測を超えてくれたご褒美だ。ここらで一つ、私からも動くとしよう」
前方と上空から槍撃の雨に見舞われながらも、ハプスベルタは弾んだ声で宣言した。
一方は両端に刃が取り付けられた特殊なハルバードで槍を弾き飛ばし、もう一方は自身の身体を完全に覆い隠す程の大剣を傘にする事で身を守る。有象無象の悪魔では討伐まで秒読みといった状況でも、かの剣の魔王にとっては反攻を断じれるほどのそよ風に過ぎぬらしい。
「こっちとしては、そのまま動かない的に徹してくれた方がありがたいんだけど?」
対するマルティナの方は、皮肉こそ返しつつも表情は真剣そのもの。
奇妙な共闘作戦によって、少なからず手の内を晒し合った間柄だ。単純な戦術は有効打に成りえず、だからこそ思考の外側から打ち込む奇襲こそがマルティナの最善手であったのだ。
しかし、そんな一手は涼しい顔で受け止められてしまった。そして、マルティナもハプスベルタの出来る事を大いに理解している。彼女はここからの戦いが、防戦に転ぶ事を即座に直感した。
「何事も経験だ。君には常々、その浮袋が如き貧弱な神の装具の操り方をレクチャーしたいと思っていた!」
声がマルティナへと届けられるのと同時に、ハプスベルタの身体が大きく横へと移動する。
元いた場所にあったのは、地面から斜めに生えた刀剣類の持ち手。ハプスベルタは刀剣を踏み台にする事で、一気に雨の範囲から脱出する事に成功したのである。
「......出たわね。場所を問わない足場の生成」
共闘を果たしたベリト戦において、ハプスベルタは刀剣の取り出しを中途半端に止める事で足場に流用していた。そして、体重をかけられるのなら、どこまでも駆け上がる事も出来る。彼女は接近戦主体にも関わらず、見事な空中戦すらも展開してみせた。
一度目の足場生成こそ、槍の雨からの脱出を優先させた。だが、ハプスベルタはマルティナの攻撃方法を知っている。至極簡単に面制圧を成立させる始祖魔法が、その実、一発の投擲を挟まなければ小雨レベルの連撃すら作り出せない事を知っている。
「ニンゲンの身で、そこまで自由な空中機動は稀なる才だ。だが、攻めはよいよい、守りは怖い。地上の疾走に満たぬ動きでは、支えの無い空中は死地に変わる!」
生成した刀剣の角度は、先ほどと同様の斜め。けれども、一度目が持ち手の先端に当たる頭部分を踵で蹴り込んで推進力に変えたのとは異なり、二度目は反りの部分を傾斜に見立てて上空へと跳躍を果たした。
ハプスベルタの足場生成は、彼女の内部に保管された凡百達を蔵たる己から引き出す行為。自身の内容物を完璧に理解している立場からすれば、そのタイミングで一番求められる凡百を抜き出すなど児戯に等しい。
ハプスベルタが空中へと繰り出してくる。そして、恐るべき速度でマルティナとの距離を詰めてくる。
ハプスベルタが宣言した通り、マルティナの使う翼は機動力の面では心許ない性能だ。地上の走りに満たぬスピードしか出ないのでは、とてもじゃないが全力疾走で距離を詰めてくる相手から逃げおおせる事は出来ない。
「フンッ! 一択の方が迷いが無くて分かりやすいわよ!」
ならばとマルティナは、槍を横薙ぎに一閃。さらにゆっくりと上空への退避を続けながら、次々と別角度で槍を振り回していく。
そして、マルティナが己の始祖魔法の対象としたのは、今しがた振り回す事で生まれた衝撃。不可視でありながら、乱雑であるために綺麗な抜け道も存在しない。そんなキルゾーンを展開する事で、ハプスベルタの進軍を拒もうとしたのだ。
「残念だが、それくらいは予想が付く」
けれど、ハプスベルタは永き生を、常に戦で彩ってきた生粋の戦士。大まかな魔法の効果を知っているのなら、そこから編み出される発展型の戦術を読み解く事など造作もない。
一度目の奇襲は、発展型の戦術に小細工も織り交ぜたからこそ通用したのだ。小手先の技術だろうと、相手の読みを外すには重要なエッセンス。それすら怠るような魔法では、剣の魔王には通用しない。
ハプスベルタは再び横へと大きく移動すると、そこから前方へと一瞬で移動。辿り着いたのはマルティナのキルゾーンから大きく迂回した彼女の真下。
地上と同じ機動力を持つ相手からすれば、マルティナが展開した咄嗟の防御は範囲が狭すぎた。上下左右を縦横無尽に駆け抜けられるハプスベルタを抑えるためには、自身の上部以外の全方向に衝撃を展開しなければ間に合わないのだ。
「チィッ! でも、真下だったら......!」
マルティナはほとんど溜めの動作を取らず、すぐさま真下へと槍を投げ込んだ。
本来であれば、魔王を傷付けるには威力が足りないであろう投擲。けれど、現世の定理による重力の助けによって、槍は一気に加速してハプスベルタを貫かんと迫る。
さらに、マルティナは失敗を糧に出来る人間だ。先ほどは範囲が狭すぎたせいで、空中を迂回するという単純な回避を取られてしまった。ならば、千載一遇のチャンスに、出し惜しみは不要。
投げ降ろした槍を、模倣して倍増させるのは当たり前。さらに範囲を単純なステップ回避で逃れられない程に拡大し、密度もゲリラ豪雨と見紛う程に倍増させる。翔との戦いで見せた最後の模倣。それに比肩するような衝撃を、一気に出現させたのだ。
もちろん、大規模な魔法には大きな魔力消費が付きもの。こうしてゆっくりと退避を続けている間にも、彼女の保有魔力はガリガリと減少を続けている。
しかし、ここでハプスベルタを満足させられなければ、その後に背負う重荷は計り知れない。魔力切れを起こそうとも、相手に一撃を叩き込む。知恵の回るマルティナだからこそ、ここ一番における力押しの必要性を十分に理解していたのだ。
「威力に関してはいささか物足りないが、範囲と密度については満点だ。このタイミングにおける全力投入は、ともすれば私の命に傷を付ける可能性があったやもしれない」
自身へと迫る魔力の奔流。受け損ねたが最後、そこから食い破られる様に肉体が切り刻まれるのは必須。そんな必殺の一撃を向けられながらも、ハプスベルタは不敵な笑みを浮かべた。
「だが、君は自覚していたから、二点の挟撃に走ったのだろう? 一点突破では分が悪いと、理解していたのだろう?」
右手にはヘルドヴェルグと呼んだ両端に刃の付いた特殊なハルバード。左手には鯨断ちと名付けられた極大剣。その両方を振りかぶりながら、ハプスベルタは上へと飛んだ。
「くぅっ......!」
マルティナが見守る眼下において、ただの対応と片付けるには惜しい光景が生み出されていた。
ヘルドヴェルグで強引に槍を振り払ったかと思うと、鯨断ちを盾に用いて跳躍を成功させる。鯨断ちを無造作に投げ込んで前方から大半の槍を弾き飛ばすと、ヘルドヴェルグで残った槍を丁寧に弾き落としていく。
時には右手を鯨断ちに置き換え、時にはヘルドヴェルグを左手で振るって。どれだけ雑な扱いをしても、凡百達はハプスベルタの中に収められし物品。すぐさま彼女の手元に出現すると、変わらぬ仕事で前進の一助を担ってくれている。
その動きはまさに、豪雨の中で行われる舞踊の様。武の才が乏しい者では決して生み出せない光景が、目の前で希望を打ち砕いていく。
「......正攻法じゃ、もう逆転出来ない」
退避は続けている。けれど、ハプスベルタの前進スピードの方が依然として速い。加えて、マルティナが少なくない無理をして生み出した槍の豪雨は、完璧なまでに封殺されてしまっている。誰がどう見ても、後は彼女がどのタイミングで切り裂かれるかどうかといった所であろう。
だが、マルティナには役割を果たそうとする強い意志が残っていた。これだけ完璧な対応をされた後でもなお、一矢報いて見せるという覚悟があった。
最大級の攻撃は、まるで意味を成さなかったのだ。正攻法では敵わない。ならば、残されているのは一度目で通用した奇襲だけ。
「再奮起」
その言葉は、マルティナに大きなチャンスと強い反動を約束する魔法の発動条件。効力はマルティナのあらゆる状態を過去へと巻き戻し、傷だろうが魔力消耗だろうが帳消しにしてしまうというもの。
現在に至るまで、ハプスベルタは退避するマルティナを愚直に追いかけ続けていた。その動線は、過去に彼女が存在していた立ち位置に重なっていた。
再奮起はマルティナのあらゆる状態を巻き戻す。傷だろうと、魔力消耗だろうと、それまでの立ち位置だろうと。舞踊が如き対応を続けるハプスベルタの目の前へと、突如として彼女は出現した。
「ッ」
「ハアァァアッ!」
槍の豪雨は続いている。そして、始祖魔法は術者のみを魔法の効力外にしてくれるような、都合の良い魔法ではない。
気炎を上げるマルティナの背中に、ザクザクという衝撃が連続する。一瞬だけ感じた痛みはすぐさま熱へと変わり、さらに急激なスピードで寒さへと変化していく。
だが、マルティナはそれらを覚悟の上で、存在を巻き戻したのだ。こうまで正攻法が通用しないのなら、自爆紛いの特攻しか彼女には残されていなかったのだ。
極大剣を前方へ投げ込んで、ちょうどハルバードも振り払いに使ってしまったタイミング。マルティナの奇襲は完璧だった。例え模倣出来たのが槍の先端だけであろうと、ハプスベルタに手傷を与えるには十分な筈だった。
「性格からして、このまま終わる訳が無いと思っていたが。まったく、そこまでして思考を凌駕してみせたか......」
最初は小さな驚きに満ちていたハプスベルタの顔。けれど、今は感心するような表情を作り、続けてマルティナの惨状を苦笑するような表情を作った。
「......一矢、報いた......わよ......ゴボッ」
マルティナの行った最後の一撃。それは目標を誤らずにハプスベルタへと届き、防御に用いた彼女の右腕に何本もの穴を作っていた。
しかし、言葉を紡いだ瞬間に、マルティナの口から溢れてくるのはどす黒い血液。当然だ。現在の彼女を動物に例えるのなら、その姿は間違いなくハリネズミ。限りなく密度を増やした代償は、まさに自身への手傷として返ってきていた。
「戦場として見るのであれば、君の行動は落第点だ。だが、立ち合いとして見るのなら、覚悟に胸を打たれた。死闘とは呼べないが、消化不良と吐き捨てる程ではない」
そう言い終わると、ハプスベルタはマルティナを抱きかかえて鯨断ちの傘へと招き入れた。いくら悪魔殺しの生命力があろうと、これ以上の負傷は致命傷を通り越して失血死まっしぐらだ。
こんな問答の延長で命を失う事となっては、特攻を決めたマルティナとて浮かばれまい。
「な、ら......」
「......約束しよう。私が知る限りの、追駆と亡羊について語ると。だから、さっさと再奮起を再発動して、万全の状態に巻き戻す事だ」
何度も言う様に、ハプスベルタはマルティナの手札を大まかに把握している。再奮起の発動回数が一度限りであったのなら、流石の彼女とて今際の願いを聞き入れるくらいの準備はあっただろう。
けれど、事が終わった今だからこそ、マルティナの自爆が保険をかけたものだと分かっていた。だからこそ戦としては落第としつつ、勝負の白星は譲ったのだ。
「約束、よ......再、奮起......」
マルティナの姿が掻き消えたかと思うと、次の瞬間には地上に転移を果たしていた。その顔色はいまだに白っぽさが残るものの、健康面では何の障害も見当たらない。
「翔といい、君といい、やっぱり現世も捨てたものじゃないな」
ハプスベルタはマルティナの姿を見つけると、すぐさま槍の豪雨から抜け出して軽快に地面へと飛び降りていく。その小さな呟きは、誰にも届く事は無かった。
次回更新は8/19の予定です。




