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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【七章連載中】  作者: 村本 凪
胡蝶が舞うは夢か現か

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満たして凌駕するための戦い

「我欲に塗れた争いだが、だからこそ師弟関係を忘れてはならぬとも思う。先行は譲ってあげよう。おいで」


 数十メートル程の距離にあり、携えしは両端に刃が付いた珍しいハルバード。一見するとハプスベルタの宣言は、何の用意も無しにマルティナのキルレンジに飛び込む自殺行為に思えた。


 しかし、ハプスベルタは魔王。それも武闘派として名高い、剣の悪魔達をまとめ上げた王だ。距離の差など、なんのその。何なら自身よりも遥かに巨大だったベリトにすら、有効打を持ち合わせているのだ。


 距離が空いているからといって、油断出来る相手ではない。むしろ、この距離を詰められてしまえば、圧倒的な不利を抱えるのはマルティナの方である。


 マルティナは自身の魔法を最大限に活用すべく、常日頃から接近戦の訓練にも力を入れている。だが、彼女の努力と才能を以てしても、現世だけでも翔の様な格上は存在しているのだ。彼レベルでようやく互角の戦いを展開出来るハプスベルタ相手に、接近戦など愚の骨頂。


 ならば、マルティナ行動は自然と絞られてくる。


「あらそう。それじゃあ、遠慮なく!」


 ハプスベルタの宣言を戦闘開始の合図として受け取ったマルティナは、次の瞬間には握り込んだ槍を全力で投擲していた。


 さらに、槍が最高速度に到達するのを経験で感じ取り、数を操る始祖魔法を展開。ハプスベルタの全身を串刺しにしてもまだ余るような、恐ろしい数と密度の槍を模倣してみせた。


 動くと決めたら全力で。仮に対処されたとしても、最低限自分に近付けない攻撃を放つ。合理性と戦術が混ざり合った一撃が、ハプスベルタへ到来しようとしていた。


「初動については、まぁ予想通り。だが、予想出来るのと、対処が容易かは別の話だ。この身に欠ける武の才能では、力押しへの回答が実に乏しい」


 ハプスベルタを、原型が留めぬまで串刺しにしようとしていた槍の雨。しかし、マルティナ自身が投擲した第一投が彼女を貫こうとした瞬間に、静は一転して動へと変わった。


 ヒンッという風切り音が響いたかと思うと、続け様にガキンという金属音が響き渡る。何の事は無い。ハプスベルタがハルバードを一閃する事で、飛来した槍を弾き落としたのである。


 さらに、ハプスベルタの動きは止まらない。続け様に飛来する模倣された槍の雨も、ハルバードを回転させる事で次々と打ち落していく。


 片刃であれば、どこかで対処が間に合わない槍があったかもしれない。だが、ハプスベルタの選択した剣は両刃のハルバード。単純な仕事量は片刃の倍に相当し、オールを漕ぐ様に回転させれば槍は面白いくらいに弾き飛ばされていく。


「その動きが出来て、武の才能が欠けている? 真っ先に遠距離の魔法戦を挑んだ、私への挑発のつもり?」


 有効打に成りえるとは思っていなかった。しかし、片手間の様な対処をされてしまえば、マルティナにだって思う事はある。


 そもそもマルティナは、思考は冷静でも感情では熱くなりやすいタイプだ。次なる攻勢を準備しつつも、感情面で先ほどの発言に噛み付いて舌戦を展開する。


 半ば本音であるからこそ、その圧力はハプスベルタに苦笑をもたらした。


「いやいや。これくらいは長年戦争に明け暮れれば、自然と身に付くありふれた動きだ。才無きニンゲンであろうと、ざっと20年は鍛錬を積めば......」


「やっぱり挑発じゃないの。どうせあなたの言う20年は、本当の意味で武道一本に人生を捧げた場合の話でしょ。生存活動以外に、脇目も振らず武の鍛錬を続ける生活。このご時世で、そこまで出来る奴がどれだけいるのかしら!」


「失敬失敬! 動乱の時代なら褒められた話でも、こうも平和続きでは石潰(ごくつぶ)しに変わりはないか! 訂正しよう! この身にも最低限は、武の才が宿っているらしい!」


「こんなにも嬉しくない訂正は初めてよ!」


 マルティナの模倣魔法は自身が模倣で生み出した対象であろうと、さらなる模倣による無限複製が可能だ。もちろん、魔法であるかには魔力切れが存在する。だが、何の特異性も持たない槍の複製程度であれば、万全の彼女にとって大した負担には成りえない。


「さて、思った以上の長(・)雨(・)だ。狙いは私から反撃の機会を奪い、何らかの拍子ずらしで一撃を叩き込む事かな?」


「さぁ、どうでしょうね?」


 ハルバードによる対処を続けながらも、ハプスベルタはゆっくりと前進を続けている。もしもマルティナがその場に留まっていれば、そう遠くない内に彼女の刃が届いていたかもしれない。


 けれど、斬られると分かっていて、わざわざ棒立ちするバカはいない。マルティナはハプスベルタの前進と同じペースで後退を続け、その間も絶え間なく槍の雨を放ち続けている。


 いくら魔力消費が大したものではないと言っても、マルティナの魔力量は翔の様な無駄使いを許容出来る量ではない。ましてや、相手取っているのはハプスベルタ。いくら単純な物量攻撃を続けた所で、イージーミスによる負傷などあり得ないと断言出来た。


 盤面こそ拮抗しているが、消耗戦として見るなら不利なのはマルティナ。ハプスベルタの言う通り、何かしらのアクションで空気を一変しなければならないのも彼女の方だ。


「一度は肩を並べて戦った相手だ。こんな単純な力比べで決着を付けるとは思っていないさ。だけど、いざ見込み違いだったら、私はきっと失望する。その時は、せいぜい必死に逃げ回る事だ」


 さらにこの立ち合いの正否は、ハプスベルタが満足出来るか否かに掛かっている。あり得ないと心では理解しているが、もしもマルティナが無策な力押しを続けるようなら。


 ハプスベルタは失望し、期待を裏切られた分だけの怒りをぶつけてくる事になるだろう。今でこそ綱渡りで友好関係を続けているが、彼女の本質は悪魔の王。傍若無人に暴れ回り、一時の感情で全てを更地にしても構わないと思う破壊者なのだ。


 だからこそマルティナには、次なる行動が求められていた。そして彼女は、ここまでの会話で準備を整えていた。


「悪いけど、逃げ回るのアンタの方よ!」


 槍の雨が続いているにも関わらず、マルティナは再び投擲のモーションへと入った。さらに、彼女がハプスベルタに向けて投擲した物体は、標的のやや上へと飛んでしまう。


「おや......?」


 深く考えぬなら、マルティナの投擲ミスに思えた。しかし、ハプスベルタは彼女を知っている。こんな重要なタイミングを、意味の無い無駄な行動で消費しない人間であると知っている。


 投擲されたのは、厚紙で無造作に形作られた袋。そして、投擲に向かない素材であった袋は、ちょうどハプスベルタの頭上に差し掛かるかどうかという所で落下を開始した。


 ゆっくりと落下するに従って、袋はとある雨の中を進む事となる。それは今なおハプスベルタが対処を続ける雨。鋭利な槍で構成された、当たった者を串刺しにしていく槍の雨だ。


 袋が一本の槍に直撃し、強い衝撃によって切り裂かれた。そして、袋は中身をぶちまけた。何の変哲も無い灰の塊を、ハプスベルタの頭上に撒き散らした。


「増えろ!」


 マルティナは魔力抵抗が存在しない物体なら、どんな物だろうと模倣する事が可能だ。手の平サイズの袋から零れた程度だった灰は、彼女の魔法を貰って質量を倍加させる。そこまでに留まらず、さらに、さらにと量を増やしていく。


「これは......! だが......!」


 ハプスベルタの視界が、灰一色に染まった。されど、彼女は悪魔の王。魔力感知は当たり前の様に備えており、どれだけ視界が塞がろうと模倣された槍を見逃すヘマなどしない。


 けれど、マルティナの狙いはそこには無かった。ハプスベルタの情報源が視覚から魔力感知のみへと変わる瞬間。そのタイミングこそを待ち望んでいたのだ。


 ハプスベルタに灰が降り積もるのと同時に、マルティナは翼を展開して上空へと飛翔。


 そのままハプスベルタの頭上と取ると、間髪入れずに彼女めがけて槍を投擲したのだ。


「これで......」


 ささくれていた時代。マルティナは翔との戦いを通して、己の戦法が一定以上の技量持ち相手に通用しない事を理解した。


 彼らは目で見て槍を弾き落とす。感覚で察知して不可視の攻撃に反応する。一定のラインを超えた段階で、真正面からの力押しが通用しなくなる事を知ったのだ。


 故にマルティナは攻め手を変えた。真正面と上空。二つの角度から飛来する槍の雨によって、技量では対処出来ない攻撃を生み出したのだ。


 いくらハプスベルタの武が素晴らしかろうと、人の身体と一本の武器では対処出来る限界が存在する。不意打ち気味に決まった事も含めて、これで勝負が着いてもおかしくはなかった。


「ハハッ! たった一人で挟撃をこなすか! 今日はこのヘ(・)ル(・)ド(・)ヴ(・)ェ(・)ル(・)グ(・)一本で勝負しようと思っていたが、嬉しい意味で期待が裏切られたらしい!」


「チッ、そういう持ち合わせだって、存在するわよね」


 ハプスベルタの頭上には、傘(・)が出現していた。その素材は鋼。大きさは極厚の腹で彼女をすっぽりと覆い隠せる程の巨大さ。


 この場に翔がいれば、思わず声を漏らしていただろう。なぜなら、彼は傘の正体を知っていたから。初めての戦いで追い詰められながらも砕いた剣。鯨断ち(アバトバリーヤ)と名付けられし大剣が、元の姿を取り戻して出現していたのだから。


「今のは少しだけ心が躍ったよ。さぁ、次は何を見せてくれる?」


 いまだに明瞭とは程遠い視界の中で、ハプスベルタはしっかりとマルティナを見据えながら問いかけるのだった。

次回更新は8/15の予定です。

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