戦歴を求める命がけの手合わせ
決して褒められたものではない、悪魔殺しと魔王による定期的な会合。されど、その必要性を無視する訳にはいかず、今宵もマルティナはハプスベルタの前に腰を下ろしていた。
「追駆、亡羊を真名に持つ夢の悪魔。知ってる?」
開口一番に質問をしたのはマルティナ。普段であれば対面するハプスベルタ相手に、挨拶といった最低限の礼儀から入っていただろう。
いくらハプスベルタが魔王と言えど、マルティナはそんな彼女に師事を受ける身。貪欲に強さを求めると決めた日から、くだらないトラブルの火種になる言動は慎んでいたのだ。
しかし、今のマルティナには、少しばかり余裕が無かった。いつ夢の住民達が準備を整えるか分からない状況で、次のぶつかり合いがそのまま最終決戦に転ぶ事もあり得た。
故に少しでも情報を仕入れたいと、前のめりな感情が顔を覗かせてしまったのだ。
「ハハッ、唐突だな! それに加え、どうやってか残る側近衆の真名すら抜いたか。継承殿の仕業としては、立場がニンゲンに傾きすぎる。ならば、自力で導き出したのか? こんなにも神秘が薄れた現世の地で?」
そして、元より夢の魔王関連の状況を、マルティナから仕入れていたハプスベルタだ。その興味は自分が伝えた導入の真名すら通り越し、残る側近衆の真名を見抜いた手管に向けられた。
「お生憎、一芸特化の魔法使いってのは、存外に誇りを持って魔法を受け継いでいくものよ。アンタ達と戦えないからと言って、無能に含まれるとは限らない。アンタ達に契約を持ち掛けられなくたって、輝く宝石はいくつもある」
「それは重畳! むしろ、実る果実が厳選されたおかげか。集約された魔法は、時として悪魔すら出し抜く輝きを持ったようだ。それでこそ! それでこそ我らが宿敵の種族! だからこそニンゲンは面白い!」
そして、マルティナの答えは、ハプスベルタを満足させるものだった。
翔に大悟、ハプスベルタは悪魔殺しと常人に、それぞれ宿敵たり得る光を見つけた。それだけでも彼女が人魔大戦に募らせる熱意を燃え上がらせるには十分であったが、ここに来て魔法使いが一点であっても悪魔を上回ったのである。
その喜び様は、まさに少年の如き純粋な歓喜。どれだけ魔法が廃れようと、人間の内に秘める可能性に陰りは無いのだ。その実感を得たおかげで、ハプスベルタはマルティナの小さな無礼をとっくの昔に忘れ去っていた。
「お喜びの所で悪いのだけど、最初の質問に答えて貰えないかしら?」
「あぁ、追駆と亡羊かい? もちろん知っているとも。追駆の軍と私達は、どうにも噛み合いが良くてね。出会う度に死闘が巻き起こるが、そのおかげで退屈は紛れる。被害を度外視するなら、常に命の取り合いをしたい良い悪魔だ」
「亡羊は?」
「追駆と異なって、そもそも刃を交えたのが片手で数えられる程しかない。おまけにこれまた追駆と異なって、私達が苦手とするタイプの魔法を使う。追駆という好ましい存在を加味しても、下手な侵攻作戦に移れない厄介な存在。それが彼女だ」
「なるほどね」
(追駆と呼ばれる悪魔は、接近戦で剣の悪魔達と対等に渡り合う能力を持っている。そして亡羊については、ケンジを特殊な結界に閉じ込めた張本人と見て間違いなさそうね)
意気揚々と語るハプスベルタに小さく相槌を打ちながら、マルティナは残る思考能力を用いて追駆と亡羊の輪郭を形作っていく。
追駆に関しては、剣の魔王たるハプスベルタが良き相手だと太鼓判を押すのだ。剣の悪魔に肉薄されても退ける力があり、死闘が巻き起こるという事は返り討ちにする実力も有しているのだろう。
単純に考えるのであれば、持ち得るのは内向きの変化魔法辺りか。だが、接近戦特化と思われがちな剣の悪魔であるが、その実態は飛び道具がある。空を進む手段も有している。ハプスベルタに限定した能力かもしれないが、その攻撃手段は存外に広いのだ。
そんな相手に死闘を演じるからには、接近戦の強さだけでは物足りない。あらゆる武器種、あらゆるレンジの攻撃に対応するだけの能力を持っていると予測を立てておいた方がいい。
そして、亡羊に関しては、猿飛を監禁した魔法の使い手で間違いないだろう。
出口が存在せず、されど自由な入り口のみが存在する結界。猿飛の時は相手の慢心を突いて脱出が出来たが、いくら傲りの強い悪魔でも悪魔殺し相手に慢心するとは考えにくい。
さらに、猿飛の言葉を信じるなら、向こうの結界魔法は発動が非常に静かだ。もしかすればノータイムの発動が可能で、その上でノーモーションで展開が可能な魔法かもしれない。そんな結界に、もしも翔が囚われてしまえば。そうなれば人類側の防衛作戦に大きな穴が空いてしまう事になる。
加えて相手は、接近戦主体の剣の悪魔達を手玉に取れるのだ。翔の戦闘スタイルは、機動力こそ桁違いだが接近戦が主体な事に変わりは無い。事前に予測を立てた通り、捕縛されるのは足止めどころか命の危険すらあった。
「それで? まさか追駆と亡羊の表面をなぞらえただけで、満足する筈が無いだろう?」
「えぇ。ハプスベルタの主観で語られる情報も貴重よ。だけど、悪魔を語る上で一番重要なのは魔法。どんな魔法を身に秘めて、どんな活用法で戦うのか。それを知らなければ、人の命なんて湯水の様に消費されていく」
「つまりは我らの戦歴を寄越せと? 我らが血と肉を消費して記した名鑑を、泥の一つすら付着していない新品のブーツで手に入れようと?」
言葉にこそ威圧があるが、ハプスベルタの表情には期待が見え隠れしていた。
本来であればハプスベルタには、マルティナを助ける義理など無い。いくら同盟の異なる魔王だろうと、人魔大戦で人類に仇成す頭数には変わりない。
ベリトの所属していた教会であれば、まだ人類を絶滅させる訳にはいかないという大義名分があった。けれど、夢の魔王は行いこそ壮大であるものの、人類の破滅までは望んでいない。故に、ハプスベルタとて容易に拳を振り上げられない。
このまま押し問答を続けても、ハプスベルタが情報を語る事は無いだろう。しかし、幸いにしてマルティナは、剣の魔王が求めているものに心当たりがあった。覚悟次第で、すぐにでも差し出す準備があった。
「なら、私も泥に塗れて、血肉を差し出せばいいって事よね?」
「ほう。どうやって?」
「そんなの決まってるでしょ。あんたの持っている情報、一つ残らず寄越しなさい!」
立ち上がったマルティナの手に握られているのは槍。それは問答の終わりを意味しており、同時に次なる交渉への誘いでもあった。
「翔といい、君といい、此度の人魔大戦は血の気が多くて助かるよ。本当なら集団戦闘を中途半端に投げ出すなと叱りつける場面だろうけど、私欲を優先させてしまう位には手持無沙汰でね!」
これまでのテーブルと二脚のイスのみが鎮座する狭い個室から、集団戦を繰り広げていた市街地へと空間が拡張される。さらに、ハプスベルタの片手には、両側に斧槍が付いた奇妙なハルバードが握られる。
その交渉は成立しながらも握手で終わらず、むしろ最悪に近い決裂の光景になっていた。けれども、両者に負の感情は存在せず、あるのは目的を達しようとする戦意のみ。
「行くわよ、ハプスベルタ!」
「応とも!」
どれもが一級品ながらも模倣品である槍の群れと、どれもが凡百ながらも多様なる武器種達。二つの対極を携えた戦いが幕を開けた。
次回更新は8/11の予定です。




