削れた血肉の埋め合わせ
「出来る事はやってるけど、根本を解決出来ないのはもどかしいね」
「仕方ないわ。これまでの魔王なんかと違って、相手は数えるのが馬鹿らしくなるような団体客。下手な準備で取り返しの付かない失敗を生み出したら、それこそ一度目の戦いが可愛く見えるほどの犠牲が生まれるわ」
翔が奥義の習得を目指し、姫野が誰にも知られず危険な綱渡りに挑む中。残されたマルティナとニナは、それぞれが万全の状態で戦いに挑める調整を行っていた。
マルティナは教会に問い合わせを行い、過去の人魔大戦における夢の悪魔の詳細な出現記録を調査。そしてニナは、夢の住民達が再侵攻を仕掛けた場合の対抗策を構築していた。
神祈派本拠地における攻防戦。その戦いは望外な戦果を人類側にもたらしこそしたが、同時に日本の防衛戦力の要となる魔法使い達にも多くの犠牲をもたらした。
悪魔殺しの準備が整うまで、自らが肉の盾となって悪魔の侵攻を抑える。戦術的には正しい行いとは言えど、人間には誰しも感情が宿っている。
一度目で大きな犠牲を伴っている事を知りながら、無心で防衛戦力に加われるのか。
その答えは否だ。トップのカリスマと暴力によって縛られる悪魔と違い、今の日魔連にそこまでの強制力は無い。どれだけ戦いを強制した所で、士気の低下は必ずコンディションに関わってくる。
実際に戦闘を行う魔法使い達には、悪魔殺し達の状況など下りてきてはいないだろう。そのため彼らの視点からすれば、いつまでも最高戦力を出し渋られ、その代わりとして自分達が犠牲となっている様にも見えるだろう。
「配置する使い魔は、単純な機能の奴に絞っているわよね?」
「マルティナに分かりやすく言うなら、スライム型にオオカミ型。後は多機能だけど捕まり辛いコウモリ型に絞ってるよ」
「......それなら、最悪解析を入れられても、血の悪魔系統の召喚魔法使いと誤認させる事が出来るわね」
「うん。本当ならもっと強い使い魔を投入したいけど、それで対抗策を用意されちゃったら本末転倒だもんね」
だからこそニナは、自らの出血によって戦力の派遣を決定した。本人の血液を用いる必要があるものの、望めば大抵の機能を付与した使い魔を生み出せる召喚魔法 自律の血像。
この魔法を用いて戦力をかさ増しする事で、夢の住人達への対策と現場の魔法使い達への納得を生み出そうとしたのである。
ニナ以外の魔力を結晶化させる血液によって、生み出された使い魔達。彼らは夢の住民達の大きな脅威となり、侵攻の足を鈍らせる事に繋がるだろう。万が一に前線が崩壊するような侵攻が発生しても、すぐさま彼女が把握する事に繋がるだろう。
しかし、魔法を使用するという事は、手の内を晒す事に他ならない。
此度の人魔大戦における夢の魔王は、生み出した世界と共に配下達もまとめて顕現させた。それは数的有利を生み出すのと同時に、様々な場面における解答を用意してきたとも言い換えられる。
配下達の中には、相手の魔法を分析する事に長けた個体が存在するかもしれない。魔法の特性を把握され、ニナにとってカウンターとなる悪魔を当てられる事になるかもしれない。
故にマルティナも使い魔の派遣こそ支持しつつも、送り出す使い魔の特性には縛りを加えた。
一定の魔力量に反応して、無差別に襲い掛かる使い魔。最低限の知能と機動力こそ有しているが、それ以外は元となった動物と大差の無い使い魔。翼とニナの共有する視界を有しつつも、戦闘面は貧弱な使い魔。
とにかく単純で一芸特化の使い魔に絞る事で、ニナの召喚魔法の特性を誤認させるよう仕向けたのである。
「それにしても、見事に吸血鬼伝説を踏襲したようなラインナップね」
「......それはボクも気にしてる。受け継いだ力こそ感謝してるけど、ボク等を生み出したカバタを許す気にはなれない。出来る事なら、飼い犬とか鳥とかの使い魔を作りたかった」
「何か作らない理由があるの?」
「単純な使い魔を作ろうとすると、どうしてか一部の動物型だけコストが軽いんだ。たぶんだけど、魂的にも魔法を生み出した経緯的にも、吸血鬼伝説をなぞらえるのが一番相性が良いんだと思う」
そう言うと、ニナは少しだけ寂しげな苦笑を浮かべる。
ニナからしてみればカバタは一族の運命を歪め、その上で恐るべき計画の駒扱いにしてきた許せない相手だ。結果的に運命へ抗う力を授けてくれた相手でもあれど、もう一生関わりたくない相手でもある。
けれど、カバタを討伐した事で手に入れた魔力。それはどれだけ薄まろうと確かな魔力の繋がりを示す魔法を生み出し、血液の無駄使いを避けるためにも利用しなければいけないレールとなっていた。
「気にするなと言ったって、難しいのは分かってるわ」
人は誰しも、隠したい事やコンプレックスを抱えている。そしてマルティナは、それらの解決には長い時間を擁する事を知っている。
「......うん」
「だからこう言わせて。私も、そしてアマハラ達もきっと気にしない。どれだけニナが嫌おうとも、振るわれるのはあなたが自身で生み出した魔法。そこに貴賤なんか存在しないし、手を貸してくれる事に感謝しかない」
故にマルティナはニナを変えるための言葉では無く、彼女に思いを伝えるための言葉を用意した。
ニナが目に見えない鬱屈とした感情に囚われる事が無い様に、自分達の感謝を真っすぐに言葉として伝えたのだ。
「マルティナ......」
「そして、ニナが思うよりもずっと、他の人々も深読みなんてしない。逆にそこで踏み込んでくる相手なんて、最初から悪意を持って近付いてくる存在よ」
「......ありがとう、マルティナ。なんか教会の神父さんに諭されてるみたいで、すごく安心出来たよ」
きっとニナは、これからも呪われた力に人知れずコンプレックスを抱え続ける事となるだろう。だが同時に、自分の力を受け入れてくれる味方の存在も思い出す事となるだろう。
痛みを取り除くのでは無く和らげる。マルティナの言葉は、ニナが根本的な解決をするまでの時間を生み出すための言葉であった。
「......これでも表の仕事についても、一通りは履修しているんだけど?」
「えっ、あっ......そっ、そういうつもりじゃ!」
「まぁ、いいわ。ニナについては夢の魔王陣営の監視に務めていてちょうだい。私は教会への問い合わせが返ってくるまでの時間を使って、ついでに裏取りと交渉をしてくるから」
「裏取りと交渉?」
「悪魔関連の情報については、現世でダンタリアの右に出る者はいないでしょう。けど、あいつは悪魔の大まかな説明は出来ても、契約を理由に詳細を語らない。特に根源魔法については、一言たりとも情報を零さない徹底ぶりよ」
鬼柳の協力によって手にする事が出来た、追駆と亡羊という真名。だが、これだけでは情報として不十分。本当に価値ある情報とするためには、最低でも用いる魔法についての知識を手にしなければいけない。
これまでの悪魔殺し達は、ダンタリアという窓口しか利用出来なかった。しかし、今のマルティナには、もう一つだけ利用出来る窓口が存在しているのだ。
「もしかして、ハプスベルタさんのとこに?」
「えぇ、そのつもり。どうせ肉体言語に訴える事になるでしょうけど、その勝負においてあいつは公平よ。満足させられれば、情報が手に入る。ダンタリアを経由しないから、二つの窓口を照らし合わせた裏取りも出来る」
ダンタリアの知識量には敵わないであろうが、ハプスベルタとて歴戦の魔王。繰り広げた戦闘は数知れず、目にした手の内も負けず劣らず。
ハプスベルタの性格を考えるに、真っすぐそのまま要求を伝える事がベストだろう。そして、彼女は要求してくる筈だ。血沸き肉躍る、己を高めてくれるだろう戦いを。
そして、それを乗り越えた先にある情報は、きっと悪魔殺し達の助けになる筈である。
「......止めても止まらないのは分かってる。だから、気を付けてね」
目には心配を浮かべつつも、それでもニナはマルティナを信じて背中を押す。
「えぇ。油断している鼻面を叩いて、情報を搾り取ってくるわ」
その声に応えるような意気で、マルティナは勢いよく立ち上がるのだった。
次回更新は8/7の予定です。




