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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【七章連載中】  作者: 村本 凪
胡蝶が舞うは夢か現か

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先んじる動きの大切さ

「あんまりにも早い再会だったもんで、酷ぇやらかしかてっきり上(・)が(・)っ(・)ち(・)ま(・)っ(・)た(・)もんかと思ったが......」


「お心を煩わせてしまい、大変申し訳ありませんでした」


「いやぁ、どうせ代わり映えのねぇ世界なんだ。新鮮な風は歓迎したい所なんだが、中毒性まで含んでいりゃあな」


 柔らかな日差しに心地よい微風。居心地の良さを凝縮した様な世界の一角にて、姫野ととある男神は言葉を交わしていた。


 姫野の方がいつぞやと変わらぬ装いであるのと同様に、男神の方も特に気負った様子が無い。彼女の特性を考えれば、非常に珍しい反応であると言えた。


 全ての神々を魅了する供物として生み出された姫野を前にして、平静を保てる神。そんな者がいるとすれば、よっぽど神としての格が低いか高いかの両極端である。


 そして、男神は後者の存在であった。数々の英雄譚を遺しながらも、同時に多くのやんちゃ話も遺した神。武速(タケハヤ)須佐之男命(スサノオノミコト)こそが、姫野の前に立つ男神の正体であった。


「それは......重ね重ねご迷惑を」


「フンッ、本当に迷惑をかけたと思ってるんなら、そもそもこんな危険地帯を尋ねたりはしねぇ。その上で、真っ先に話が分かるだろう俺を頼ったって事は、そうまでして叶えたい望みがあるからだろう?」


「......おっしゃる通りにございます」


 開口一番に内心を見透かされた姫野は、無意識下の中で身震いを起こした。


 武速須佐之男命は神でありながら、姫野にそこまで頓着しない珍しい存在だ。だが、それはあくまでも他の神に比べればという話。彼自身が求めずとも、彼を頼って姫野を求める神々は無数にいた。不興を買ってしまえば、行きつく先など生け簀の魚介と大差は無い。


 その想像に行き着いた事で、ようやく姫野は命の危機にある事を身体が感じ取ったのだ。いくら寛容な神であろうと、抗う気も起こらない化け物には変わりない。


 これ以上の無礼は許されない。姫野が悪魔と対峙した瞬間の意識へと、集中のギアを切り替えた時だった。


「身構えんなよ、めんどくせぇ。ここで言葉を選ばれたって、結論に辿り着くのが遅れるだけだ。そういう態度は、宮仕えの堅苦しい神だけにしとけ」


「は、はぁ......」


 けれど武速須佐之男命は、そこからプレッシャーをかけてくる事は無かった。むしろ、一気に態度を軟化させ、一目見ただけでも無防備だと分かる恰好へと体勢まで崩している。


 おそらくは、姫野の内から神への恐怖心が抜け切らぬようにする措置だったのだろう。


 姫野の魔法の特性を考えれば、神とのコミュニケーションは必要不可欠だ。だが、多くの神は大前提として、彼女への行為を大きくプラスに振れた状態からスタートする事になる。


 自分を好いてくれる相手に対して、人はどうしたって警戒心が薄くなる。ましてや姫野は、多くの戦いを生き抜いて成長を続けている最中だ。力が増していくにつれて、交渉に油断が生じる様になっても不思議ではない。


 そして、何かの拍子に交渉を誤ってしまえば。その先に待っているのは、神々による姫野の奪い合いである。


 悪魔がそうである様に、神々も残酷で恐ろしい存在には変わらない。武速須佐之男命は忠告も込めて、姫野に改めて危機感を植え付けてくれたのだろう。


「まぁ、本題に入るか。つっても、用は表の社に巣食う悪魔共関連だろ?」


「その通りでございます。神々の座を汚す、悪しき夢見を司る大魔。かの存在は自らが統べる世界を有しており、その世界を足掛かりに現世の土地を切り取りつつあります」


「とっくの昔に手出しを止めた土地とはいえ、見ず知らずの他者に荒らされ放題は癪だわな」


「もちろん、直接的な関与は求めません。より強固な契約も、この場では求めません。ですが、現世には管理者が存在せず、このままでは一方的に土地が切り取られ続ける事となります」


「俺達の無聊を慰める代わりに、世界に抗う術を求めるって事か?」


 姫野は返事の代わりに深々と頭を下げた。


 武速須佐之男命が本当に話の分かる相手なら、さっさと翔の名前を出してアドバイスを求めるだけで良かった。しかし、いくら彼であろうとも、姫野以外の見ず知らずの人間に快く力を貸してくれる確信は無かった。


 日本の神は八百万。ただでさえ信仰の先は様々で、神によってはまともに祈られる事も無い存在も少なくない。だからこそ彼らは信者を大事にする。裏を返せば、赤の他人を蔑ろにする。


 翔の信仰を尋ねた事は無かったが、姫野とて一般社会で緩やかに常識を学びつつある身。近所の神社で初詣に手を合わせるのが精々。もしくは全くの無信仰と宣言されても不思議では無かった。


 日本の神々は身体の自由こそ制限がありつつも、目についてはかなりの自由が許されていると言える。武速須佐之男命にその気があれば、姫野の思惑が翔の創造魔法を成長させる事であると気付く事は容易いだろう。


 そして、それは嘘こそ吐かずとも、本心を隠した事には他ならない。神からしてみれば、二心ありと思われても仕方の無い事であった。


 下げた頭から見える視点では、武速須佐之男命の足元を眺めるのがギリギリだ。その足も何かを考えるかの様に、ずっと手持無沙汰のままゆらゆらと動かしている様に見えた。


 果たして武速須佐之男命が、どんな判断を下すのか。長い長い沈黙を破って生まれたのは、またしても面倒臭そうなため息であった。


「......ハァ。ま、礼儀と腹を割って話す態度の中間点なら、身構えんなって約束を守っているとも取れるわな」


 その態度には、少しだけ逡巡が見て取れた。だが同時に、ゆっくりと望む方向へ傾いている様にも感じられた。


「それではっ」


「俺に良縁が転がり込んだのと同じ様に、その縁を繋ぐために命を張ったんだ。肉人形で終わらず、神の拡声器で終わらず、国生みの太祖が如き健やかな心を育んでいるときた。だったらそれに応えてやるのが、人のまま繋いでやる道理だろうよ」


 その言葉の端々から分かるよ通り、やはり武速須佐之男命は姫野の思惑を看破していたのだろう。創造魔法のアドバイスを手に入れ、翔の成長を促す思惑に感付いていただろう。


 それでも咎めたりしなかったのは、姫野が翔のために命を賭けて神々の座を尋ねたから。指示のままに動くだけの人形で終わらず、神の都合で振り回されるだけの憐れな存在で終わらず、大切な人のために自らの意思で動き出した。


 その心があったからこそ、武速須佐之男命は迷いつつも了承したのである。


「真に慈悲深き判断、感謝しかございません」


「だから、堅苦しいのは止めとけ。聞きてぇのは、世界に割り込む方法についてだろ?」


「この場でよろしいのですか?」


 姫野の疑問も無理はない。なぜなら彼女の予測では、てっきり創造魔法の逸話を持つ神々を紹介されるものだと思っていたから。


 目の前の武速須佐之男命は恐ろしく格の高い神ではあるものの、その逸話の中で創造魔法と被る箇所は数少ない。あえて拾い上げるとすれば、体毛を木々へと変化させた部分だろうか。だが、それだってどちらかといえば、変化魔法の領分である。


「察しが悪ぃのは、相変わらずか。尋ねてくると分かった時点で、相応の用意はしておくもんだろうが」


 だが、武速須佐之男命は、そもそもどちらに転んでも良い様に準備を整えていたらしい。粗暴ではあっても、悪神では無い。こうした部分に神の本質が見え隠れしていた。


「......申し訳ありません」


「あぁ。ここに来て、最も無礼な行為だ。恥だと感じるんなら、次の機会までに先んじる会話術を学んで置く事だ。といっても、俺としちゃあ何度も尋ねられて上(・)が(・)っ(・)て(・)来られんのも困るんだがな」


「......重ね重ね、申し訳なく」


「いつまでも陽気の中で陰鬱を纏ってんじゃねぇ。一番求められてんのは、俺達の言葉を正しく伝える事だ」


「はい」


「よぉく聞け。現世なんていう広大で漠然とした存在を相手に割り込もうとするから、勝手も分からず進歩もねぇんだ。まずはてめぇの魔力で座標を整えろ。ついでにどうせ器用な事は出来ねんだろうから、巻き込む相手もまとめて分断してしまえ」


「......」


「出来損ないだのと腐ってる様だが、その結界擬きだって魔力による分断にゃ変わらねぇ。死ぬほど魔力を込めて基礎を補い、送り込む存在を目に収めろ。生み出す世界に余計な機能は足すな。場と最低限の定理、それがありゃ簡単に崩れたりはしない」


「それが、目指す先......」


「そうだ。ついでにこれも伝えとけ。お前が軽い気持ちで求めた助力は、こいつの命を綱渡りさせる事で成立した交渉だったってな!」


「武速須佐之男命様、それは......」


「物知らずの馬鹿には、これぐらいがちょうどいい。成果のついでに、求めていた感謝もこれでもかと受け取っておきな」


 武速須佐之男命は神の中では話が分かり、どちらかと言えば超然さよりも人間臭さを持つ神でもある。


 そんな武速須佐之男命であっても、姫野には少なからず好感を持っている。そんな相手があろう事か、何のリスクも伝える事なく男の願いを叶えるために現れた。


 一言申さずにはいられなかった。一時の自由が叶うのならば、愚かで無知な男を気が済むまで殴り飛ばしてやりたかった。けれど、それは叶わぬ願い。だから武速須佐之男命は神の立場を利用して、姫野に伝言を届けさせる事とした。


 その言葉の多くは、男を助ける事となるだろう。働きによっては夢の住民共を追い散らし、表の座に静謐をもたらしてくれるだろう。


 しかし、その功績で無知を許す訳にいかなかった。自身の行いがどれだけ愚かで、姫野がどんな危険を冒したかを理解させてやらねば気が済まなかった。


 心胆を寒からしめるだろうか。それとも、己の無知を悔いて、姫野に精いっぱいの謝罪を行うであろうか。


 いずれにせよ、溜飲を下げる事にはなるだろう。もしもならなければ、その時こそ武速須佐之男命は動き出すであろうから。


 困惑する姫野を他所に、武速須佐之男命は粗暴なる本性にふさわしい獰猛な笑みを浮かべるのだった。

次回更新は8/3の予定です。

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