知識の魔王を凌駕する助言者
「形は決定。だけど、今度は生成の壁にぶち当たったって認識でいいわね?」
「......あぁ。情けない事にな」
ダンタリアから奥義習得のアドバイスを貰った翌日。翔は遠出していた姫野達と共に、お互いの情報共有を行っていた。
姫野達の方は、無事に神祈派本拠地の間取り図を入手。さらに、導入と立場を同じくする側近悪魔達の真名まで入手してきたらしい。収穫としては、間違いなく最上。文句の付け所も無い成果と言えた。
対する翔の方も、収穫が無いと言えばウソになる。しかし、姫野達と離れていた時期に達成出来たのは、発動する奥義の形だけ。加えて、その形も凛花の協力があって、初めて明確に定まったものである。
それでも、そこからの奥義習得がスムーズに進行すれば負い目は無かった。けれど、翔が壁にぶち当たったのは、まさに次のステップへ進んだばかりの瞬間であった。
これではどうしたって、成果として誇るのは難しい。翔が自嘲気味になるのも仕方ないと言えた。
「ま、まぁ! ダンタリアさんの話だと、まずは正しい結界の発動方法を学ぶ所からなんでしょ? それなら、ボクや姫野達だって、協力出来る事がある筈だから!」
「えぇ。天原君は抱え込んだりせず、少しでも私達を頼ってくれると嬉しいわ」
だが、そんな翔とは裏腹に、姫野達は彼の成果を責める様子は全く無かった。なぜなら、創造魔法と呼ばれる魔法大系が、他の四つから大きく外れた特異性を持っているからである。
創造魔法はその名の通り、物体だろうと生物だろうと、挙句の果てには世界だって生み出す事が可能な魔法だ。
生み出せる存在は術者の経験や記憶に左右されやすいものの、それだって練習次第で何とかなる。極端な事を言えば、全ての悪魔を滅ぼす魔法といった概念すら生み出す事が可能なのだ。
けれども、その万能さにも関わらず、創造魔法の使い手は数少ない。現世に限定してしまえば、表立って活動しているのは翔だけという少なさだ。
創造魔法の使い手が少ない理由。それは、とにかく発動に魔力が求められる事と、とにかく創造物の想起を明瞭に行わねばいけない所にある。
前者は人間というだけで、圧倒的な魔力不足に喘ぐ事になる。後者も人間の短い生では、いくつかの物品を生み出すのが精々。翔とて長年握りしめた木刀の存在が無ければ、魔力を固めて殴りかかるだけの無能な悪魔殺しに成り下がっていただろう。
つまり、創造魔法はただでさえ難度の高い魔法だ。その上で翔は、さらなる奥義習得という一段上の問題に挑戦しようとしている。
姫野もマルティナもニナも、魔法を習得する事の難しさを知っている。そして、創造魔法の難度については、それぞれの師からしっかりと伝え聞かされている。
だからこそ、姫野達から責める声は出ない。翔の挑戦している事柄は、それほどまでに高い壁であるのだから。
「ニナや神崎さんの気持ちは嬉しいよ。けど、ダンタリアも出来るのはアドバイスだけだったみたいでさ」
翔としても、下手な意地を張れば日本の存亡に関わるのだ。助力はいくらでも大歓迎だったし、分からない事は分からない度に助けを求めるつもりであった。
だが、ここで響いてくるのが、ダンタリアから教えられたのがあくまでも結界発動のアドバイスであったという点だ。
「どういう事よ?」
「創造魔法以外の魔法って、結界の発動位置をしっかりと指定した上で生み出してるんだろ?」
「えぇ。そうね」
「だけど、創造魔法だと微妙に勝手が違ってくるらしいんだ。具体的に言うと、他の結界が世界から空間を間借りしているのに対して、創造魔法は世界の空間を押し退けて結界を作り出しているらしいんだ」
「え、ええっと......?」
翔とてダンタリアのアドバイスを受けた直後から、奥義の習得を目指して結界発動の感覚を磨こうとしてきた。けれど、直後に彼女から告げられたのは、これはあくまで通常の結界習得のプロセスだという注意喚起であった。
創造魔法使いは、発動に成功すれば何でも生み出せてしまう。物体も、生命も、世界でさえも。そして、それは結界も例外では無く、彼らの生み出す結界はそもそもが疑似的な小世界なのだ。
「俺も理解してないから、悪いけどダンタリアの言葉そのまんまになるぞ。創造魔法使いが結界を発動すると、その時点で現世の中に別世界が生まれちまうんだと。もちろんゼロから生み出すせいで座標なんて存在しねぇし、生み出すからには間借りとは比べ物にならんくらい魔力が消費される」
「......けど、結界の発動プロセスを踏むのには変わらない。だからダンタリアは結界発動のアドバイスを送ったし、アマハラは感覚の掴むのに手間取ってたって訳ね」
「たぶん、そういう事だ」
仮に翔の目指すべき結界の発動が通常のプロセスだろうと、苦戦を強いられていたに違いない。彼の魔法センスは、素人に毛が生えた程度。己の魔力で遠く離れた空間を満たす事も、内と外とを明確に区別する事も難題には変わりなかったのだから。
だが、翔の目指す場所は、そんな通常の結界発動プロセスすら凌駕していた。木刀しか生み出せない身でありながら、次は世界の疑似的な創造に取り掛かれと命令を受けたようなものなのだから。
もちろんダンタリアの説明は、本人の実体験では無いのだろう。彼女はかねてより創造魔法は不得手だと語っており、この分野のみは言葉が少なくなりがちだったから。
長く生きた間に、偶然創造魔法使いが結界を生成する瞬間を目撃した。そして、それらを己の言葉に落とし込んだ結果、この説明が最も適していると判断したのだ。
ダンタリアというノイズを経由した上のアドバイス。それを完全な正解として受け入れれば、間違っていた時に取り返しがつかなくなる。だから彼女は結界の発動にアドバイスを絞った。確実な正解から、奥義習得までの動線を引こうとしたのだ。
「普通の結界ならいくつかアドバイスも出来るけど、聞いてるだけでも名前が一緒な別物って感じだよね。それに、現世の中に別空間を生み出すって、すごい危険な事じゃないの?」
ここまでの説明を受けて、ニナが心配そうに尋ねてくる。ただでさえ夢の魔王によって、現世は浸食されているのだ。彼女としては翔の行いによって、現世がさらに不安定にならないか心配してるのだろう。
だが、翔はニナを安心させるように、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、ダンタリアの話だと、短時間で世界の修正力に押し潰されるみたいだ。疑似的に世界を生み出せるって言っても、所詮は世界に満たない結界呼ばわりの代物。例え現世よりデカい結界を生み出したとしても、本物の世界には欠片も敵わねぇみたいだ」
「あっ、そうなんだ。それなら安心だね」
「いえ、そうでもないわ」
「マルティナ?」
「えぇ。ラッツォーニさんの思っている通りだと思う。世界がそれだけ強靭だというなら、夢の魔王の世界もそれだけ強靭に違いないから」
「......確かにそうだ」
現世が崩壊するのに比べれば、翔の結界が自然崩壊する方が何倍もマシだろう。だが、此度は現世の頑丈さに喜んでばかりはいられない。敵の根差す拠点もまた、同じ世界の一つであるのだから。
現世が結界程度でびくともしないという事は、夢の世界も結界程度で揺らぎもしないという事。それは悪魔殺し達に、改めて敵の強大さを思い出させるのには十分な内容といえた。
「とにかく、結界と銘打ってはいるけど、アマハラの目指す奥義は色々と勝手が違うって事ね。力を貸すにしても、生半可な意見じゃ言わない方がマシ。二人は何か案はあるかしら?」
沈み込みかけた空気だったが、それを持ち直すかのようにマルティナが意見をまとめ上げる。
奥義習得の次なるステップは結界の習得。しかし、他の四大魔法大系の結界発動とは勝手が異なり、下手なアドバイスは逆効果の可能性が高い。けれど、待っていたとて時間は過ぎ去るばかり。
マルティナはどんな意見でも構わないといった様子で、姫野とニナに視線を送る。
「......ボクの方はゴメン。悪いけど、力になれそうな部分が無いよ」
最初に声を上げたのはニナだった。
内容は予想通りでもあった明確な否。されど、それに抗議する者などいない。案を出せていないのはマルティナも同じであるし、自力で解決出来なかった翔だって同じ立場なのは変わらないのだから。
「気にすんなよ。神崎さんの方は?」
翔は慰めつつも、姫野の方へ向き直る。期待はしていなかった。それでも、形式としては意見だけでも聞いておくべきだと思ったから。
だが、普段ならノータイムで送られてきていた返事が、姫野から返ってこなかった。それどころか、彼女はあまりにも珍しく、目を少しだけ伏せて考えるような素振りを取っていた。
「カンザキ?」
マルティナも姫野の様子が気になったのか。翔に続いて声をかけた。
「天原君の力に、なれる、かもしれない」
その返答は、出会った頃を思い出させるような歯切れの悪さがあった。だが同時に、何らかの可能性を見出した事による声の張りがあった。
「えっ......?」
「私が契約を取り交わす天上の方々。その中には、創造魔法に長けた御方もいらっしゃる。その方々にお話をお聞き出来れば、あるいは.......」
「あっ......」
それは歯切れの悪さから察するに、あまり分の良い賭けではないのだろう。同時に、何を求められるか分からない不気味な願いであり、最悪の場合は命の危機すら簡単に訪れる話なのだろう。
だが、それでも姫野は口に出した。挑戦の意思を悪魔殺し達に知らしめた。歯切れの悪さとは相反して、その意志は真っすぐと挑戦に向かって伸ばされていた。
次回更新は7/26の予定です。




