境界こそが結界の本質
「少しだけ驚いているよ。正直に言えば、あと数日ばかりは暗中をさまよい歩くものだとばかり思っていたからね」
凛花との奥義開発を終えた翌日の放課後。翔は間髪入れずにダンタリアの下を訪れ、その理想と言うべき奥義像を彼女に聞かせていた。
ダンタリアの様子は、いつもと変わらず面白がった雰囲気が大部分を占めている。
けれど、本人が語った様に、その解決ペースが予想以上に早かったためだろう。翔の話を聞いていた途中で、その瞳が少しだけ期待に見開かれたのは見て取れた。
「喜んで貰ってるとこ悪いんだけどよ、俺自身は最後まで役立たずのままだったぞ」
だが、翔はダンタリアの称賛を、素直に受け取る事が出来なかった。なぜなら奥義開発は全て、凛花の発想があったからこそ成功したもの。彼女がいなければ、いまだに取っ掛かりすら掴めていない自信があったのだ。
「いいや。少年だけの力で解決出来ないだろう事は、最初から分かっていたよ。私が驚いているのは、何も分からぬままに一番の正解を引き込んだ事。時世を逃さずに引き込んだ事を、称賛しているんだ」
しかし、ダンタリアも浮かない様子の翔に言葉を重ねた。時の運を引き寄せた事こそが、この奥義開発における一番の功績であると。
「......運を褒めるって。それ、素直に喜んでいいのかよ?」
「大いに喜ぶべきさ。世界を問わず、運に負けて破滅する生命はごまんといる。どれだけ強大な魔王だろうと、身を滅ぼしかねない不穏な力。それこそが運なのだから」
「なるほどな。そういう意味だと、願掛けとしちゃ上出来か」
翔が直近で相手取る事になるのは、まさしくダンタリアが今しがた口にした魔王。そんな強大な相手すら恐れる力で競り勝ったという事実は、少しだけ彼の気分を上向かせる事に役立ってくれた。
「それに、私だって夢の魔王が主動する計画の全貌は知り得ないんだ。現世と夢の国による小競り合いは緩やかな休戦状態を維持している。けれど、それすら相手方の思惑通りな可能性だってある」
「......俺がいち早く奥義を完成させれば、そんな訳の分からねぇ動きも叩き潰せるって事か」
双方に少なくない出血をもたらした戦闘から、はや数日。人類側は第二波を受け止めるための人員調整に奔走され、悪魔側は不気味な沈黙を続けている。
これが人類側と同様に、次なる戦いに備えた休息と準備であればいい。
しかし、戦闘を行った事実や、犠牲者を双方に生んだ事態。それらをトリガーとした魔法が進行していないとは、間違っても言い切れないのだ。
だからこそ翔は、いち早く悪魔殺し側の核となる奥義を完成させなければいけない。こちらが万全の準備を終えるまで、敵が待ってくれる保証はどこにも無いのだから。
「さて。少年が求めたのは、逃げないし逃がさない。どこまでも戦闘へ真摯に向き合う事を強要する空間の創造だったね?」
「あぁ。出来るかどうかは別としてだけどな」
翔は凛花からのアドバイスによって、生み出すべき奥義の形を明確に想像出来る段階まで進んでいた。
翔が木刀から抽出した意味は、立ち合いへ利用する道具という意味。つまりはお互いに目の前の脅威に向き合い、互い以外からの干渉を拒む結界の創造だ。
翔は木刀の扱いを得意とする近距離ファイター。加えて、距離を詰める手段としての擬翼や、遠距離魔法の全てを拒む結界を持っている。
これら全てに満点の解答を用意出来る悪魔は、それこそ内向きの変化魔法使いしかありえないだろう。
本来なら、それらが雪崩れ込む事で、翔は擬井制圧 曼殊沙華の維持が難しくなる算段だった。それどころか、己の命すら常に危機に曝される所だった。
しかし、今回の奥義が完成すれば、翔は数の暴力に怯えずに済む事となる。連戦を全て勝利で飾る事が大前提となるが、合間合間で曼殊沙華の修繕を行う時間も用意出来る事となるのだ。
「この前も告げた内容だけど、私は創造魔法だけは不得手でね。明確な奥義のビジョンが定まったからといって、後はこうすればいいという答えを提示するのは難しい」
「別に聞いてた事だし、今更責めたりしねぇよ」
「いやいや、詫びてる訳じゃ無いんだ。完全な答えこそ用意は出来ない。だけど、魔法の形は無限大だ。世界を生み出す事こそ叶わなくても、結界の生成なら他の魔法大系で代用は可能だ」
「えっ、それって......」
「今まで何となくで結界を生成していたであろう少年に、この場を使って正しい結界の生成法を伝授してあげようと思ってね」
「......それは、普通に助かる」
翔はこれまでも、擬井制圧 曼殊沙華と名付けられた結界の生成を何度も行ってきた。
しかし、生み出された場所は、咄嗟の窮地。生み出した本人に、結界の知識は皆無。要約すると、形と効果が結界に似通っているだけで、結界そのものか聞かれれば疑問が残る品であったのだ。
「少年が結界と聞いて思いつくのは、どんなものだい?」
「どんなものって、そりゃあ、まずはこれだろ?」
翔が指差した先は、地面。つまりはダンタリアが生み出した大図書館だ。
「うん。その認識は正しい。それと、少年が経験した中で分かりやすいのは、血脈が用いた結界かな?」
「あぁ。そういやあれも結界か」
受け入れる余地の無い敵というせいで除外していたが、確かにカバタの用いた魔法も分かり約結界だった。そうなると翔はこれまでに、二つの結界を身をもって経験している事となる。
「ここで一つ質問だよ。少年、私の結界と血脈の結界。二つに共通する点がある事に、気付いているかい?」
「ダンタリアとカバタの結界に、共通点?」
突然の質問に面を喰らいながらも、翔は答えねば進まぬと頭をひねり出した。
(出入口があるってのは、共通点じゃないよな。ってか、カバタの野郎は入り口にしかならねぇ結界だったし)
手始めに思い付いたのは、明確な出入口が存在する点だ。
翔のなんちゃって結界は、無数の木刀を柵の形に組み合わせた物。遠目から見た半円状の形こそらしいが、物理的に生成された柵のせいで出入りは困難な代物である。
対して、ダンタリアとカバタの結界は出入りが出来た。術者の許可さえあれば、結界に誰かを受け入れる事が可能だった。
しかし、よくよく考えてみれば、カバタの結界は入る事は出来ても出れはしない。結界を構成する主成分である血液が、出る者に纏わりいて粘性で絡め捕って来るのだ。
作りの時点で出入口とは見なされない結界。これでは両者の共通点とは呼べないだろう。
(だったら、耐久性が存在する事とか......いや、そんなの全部の魔法に言える事だろ)
次に翔が考えたのは、結界には耐久力が存在するだろうという点。
しかし、こちらは出入口以上のスピードで、自ら否定してしまった。なぜなら、それを共通点と呼んでしまえば、ほぼ全ての魔法に共通する点となってしまうからだ。
魔法という現象は、魔力が世界のルールを捻じ曲げる事で生み出される。この魔力が注ぎ込まれる量が多ければ多いほど、世界は強く長くねじ曲がる事となるのだ。
だが、魔力による変化は、世界のルールを完全に置き換えられるほど強くない。ほんの一部の変化なら無限かもしれない。あるいは世界そのものを新たに生み出してしまえば、ルールを気にせず済むかもしれない。
しかし、現世にいる限りは、魔法の変化は世界の元に戻ろうとする力に押し戻される事となる。魔力が切れた瞬間に、ねじ曲がったルールはゆっくりと本来の姿を取り戻していく。
結界も確かに、このルールの中で管理されているのだろう。けれど同時に、該当する魔法が多すぎる。これでは結界独自の共通点とは呼べないし、ダンタリアもわざわざ問題にしたりはしない筈だ。
「それだと......」
懸命に頭を捻って考え続けるが、翔がスムーズに思い浮かべられたのはここまでだった。後はうめき声ばかりが空間に響き渡り、時を重ねる毎にダンタリアの笑みが深まっていく。
そうして何も答えが出ないまま、十分程が経過した時だっただろうか。
「改めて結界に向き合う時間は、これで十分かな?」
ダンタリアはそう言うと、パチリと指を鳴らした。
音と共に翔の足元に出現したのは、半透明な手の平サイズのキューブ。それが一つ二つと目の前で積み上がっていき、ついには彼の膝元まで到達する。
「これは?」
「一言で表現するなら、極限まで要素を省いた結界かな。少年、これからダルマ落としの要領で一番下の結界を破壊して欲しいのだけど、その後に残った結界はどうなると思う?」
「えっ、そりゃあ、バラバラって崩れ落ちるんじゃんねぇの?」
生成過程こそ寸分違わぬ形でそれぞれの結界の上に出現していたキューブだが、翔の曼殊沙華を参考にすれば、基礎が破壊されれば連鎖的な破壊が起こる筈だ。
「なら、実践してみてくれるかい?」
「......分かった」
「よろしく頼むよ」
ダンタリアの言いたい事が今一つ掴めなかった翔。けれど、指示に従えばいいかと木刀を出現させ、地面スレスレの横薙ぎでキューブの一つを破壊する。
「はっ......?」
その後に待っていた光景は、翔の予想に真っ向から反していた。なぜなら一番下を失った筈のキューブは、何事も無かったかのように形を維持していたのだから。
「これで分かったかな? 結界の本質とは、座標そのものに変化を刻み込む事にある。空間を指定し、内と外とを明確に切り分ける行為。この切り分けこそが、少年の奥義取得に欠かせないピースだよ」
次回更新は7/22の予定です。




