立ち返りし木刀を握る瞬間
学校生活における翔は、お世辞にも真面目な生徒とは言えない。授業は分からない部分の方が多く、疑問が納得を得る前に新たな疑問が湧いて出てくるからだ。
そんな状態のせいで、教師に当てられればしどろもどろの連続。だが、今日の午後はいつにも増して、集中力が切れていた。なぜなら同じクラスの幼馴染が、授業そっちのけでノートに何らかを書き込み続けていたのだから。
内容については心当たりがあった。きっと昼食時に考えた翔の奥義。あれにハッキリとした解答を用意しているだろう。しかし、いくら心当たりがあろうとも、進行状態が分からなければ不安になるものだ。
ましてや相手は、翔に劣らない破滅的な成績を叩き出す幼馴染の一角。訳の分からぬ発想によって、完成品が明後日の方向に突っ走っていても不思議ではない。
故に翔は、授業の合間に何度も声を掛けようとした。だが、幼馴染は手で制して会話に応じようとしない。そうなれば、進行具合は分からず仕舞い。そんな期待と不安に押し潰され、彼の集中力も破綻を起こしていたのである。
「ふ~、やっと面倒な授業も終わった~! さて、それじゃあ翔、ちょっくら裏山まで付き合って?」
「授業そっちのけで妄想に励んでいた分際で偉そうに......ってか、何で裏山? 話すんだったらここでいいだろ?」
HRの終了チャイムが鳴り終わると共に、これまでとは打って変わって自ら翔の下へとやってきた凛花。その表情には含みが感じられ、続く謎の指示もあって翔を困惑させるには十分だった。
「うん、ぶっちゃけたら裏山に行く必要は無い!」
「じゃあ何で言いだした」
「そんなの、歩きながら詳細を詰めたいからに決まってじゃん! ほらほら、どうせ今日は鍛錬相手もいないんでしょ? 時には幼馴染に時間を明け渡すのも、重要なんじゃない?」
「まぁ、俺の代わりに奥義を考えてくれた事だけは、事実だからな」
「ほ~い、じゃあ急いで下校だ~!」
そう言うと、一足先に廊下へ走り出してしまう凛花。翔は大悟に目をやるが、諭すかのように首を横に振られてしまう。
(ダンタリアは答え待ち。麗子さんは日魔連の仕事。そして、大悟は大悟で転移先で訓練するつもり。どこで知ったのか分からねぇけど、凛花の言う通り今日は時間を持て余してる)
翔の奥義完成は急務であるが、だからといって全員が彼に無限の時間を割いてくれる訳ではない。
それぞれの予定と都合が噛み合った結果、翔の放課後は珍しく何の予定も立っていなかった。
(それに、形はどうあれ、凛花は奥義完成に一度貢献してくれている)
小走りで凛花を追いかけながら、翔は擬翼一擲 鳳仙花を生み出した時の事を思い出す。
あの時は凛花も魔法の存在を欠片も知らず、翔もそんな彼女に空中の姿勢制御の練習目的で助言を求めていた筈だ。どうせ答えは出ないだろうと高を括って尋ねてみれば、返ってきたのは予想以上にバリエーション豊かな回答群。
その中の一つがこうして翔を支えているのだから、普段の凛花を見て信用しないのは誤りだと言えた。
それに、人魔大戦が始まってからというもの、確かに凛花と過ごす時間は激減していたに等しい。色恋を全く感じさせずに、自然体で接する事が出来る貴重な親友。そんな彼女の小さな願いを、叶えるのも悪くないと思ったのだ。
いくら女子とはいっても、翔や大悟のような体力バカと過ごしてきた凛花だ。本気を出した脚力は素晴らしく、追い付いた頃には通りからは生徒の気配が消えていた。
「やっぱり、こっち側は人通りが死んでるね~。あんまりゴーストタウンになられると、家からの買い物先が遠くなって困るんだけどな~」
「それが嫌なら素直に実家を継いで、故郷に金を突っ込むしかないだろ」
「......これからはネット通販の比重を増やせばいっか」
翔の言葉を聞くと露骨に顔をしかめ、すぐさま滅びを受け入れる側へ回る凛花。町がゴーストタウンに変わろうとも、実家を継ぐよりはマシなようだ。
「そんな事より、大体の答えは出来上がってんだろうな?」
凛花のお茶らけた雰囲気を断ち切る様に、翔は本題を切り出した。
そもそも凛花に時間を明け渡したのは、翔だけでは行き詰まってしまった奥義の完成を進めるためである。この奥義が完成しないようなら、夢の住民達と渡り合うのは難しい。どうにか拮抗状態を維持出来ても、常に人類に不利が付く耐久戦を強いられる事となるのだ。
だから翔は何があっても、奥義だけは完成しなければいけなかった。その答えが凛花にあると思ったからこそ、彼女に大切な時間を与えたのである。
「そうだねぇ。まずはそっちをちゃっちゃと解決しちゃおっか。翔の木刀ってさ、大悟とのシバキ合いに使うための奴を再現したものだよね?」
「ちゃっちゃとって......まぁ、たぶん、そうだと思う」
あまりにも軽い発言にツッコミが出かかったが、翔は寸での所で飲み込んで凛花の質問に答えた。
「たぶんって、曖昧すぎない?」
「そんな事言ったってしょうがねぇだろ。俺だってそもそも、木刀だけは生成可能な理由も分かってねぇんだから」
凛花からもっともツッコミを返されるが、翔だってワザと答えを曖昧にしている訳では無い。ようやく魔法の初歩を理解し始めた彼からしてみれば、木刀の由来など分かる筈が無かったからだ。
創造魔法と呼ばれる魔法大系は、想像と魔力。二つが互いを補う事で、発動まで辿り着くものである。
生み出すための魔力が不足していても、術者の想像力が一部の魔力を補ってくれる事がある。例え想像力が不足していても、莫大な魔力のゴリ押しで望むモノを生み出せる事がある。
逆もまた然り。想像力が不足していれば、どれだけ魔力を込めようと無駄使いに終わるだけ。魔力が必要量に達していようと、乏しい想像力が余計なコストを要求してくる事もある。
それらの基本と照らし合わせると、恐らくだが翔の木刀は立ち合い使用していた物の再現だろうと予測が付く。そうでなければ木刀だけが生成出来る理由に、とんと見当が付かなくなるからである。
確信は無い。けれど、全く当ての無いたぶんでもない。そんな翔の微妙な言動が伝わったのか。少しだけ思い悩んでいた凛花だったが、あきらめたように頷いた。
「じゃあ仕方ないので、シバキ合い用の木刀とみなします!」
「そんな適当でいいのかよ......」
「文句があるのなら、握ってる武器の由来くらいハッキリさせときなよ! そんなフワフワ状態で奥義を探しますって言う方が、適当だと思いますけど!?」
「ぐっ......それは、そうだ」
奥義に昇華するための意味を引き出すには、何よりも生み出した木刀を理解する事が重要だ。答えを出す前に由来の確認を行った凛花と、バカ正直に意味を探し続けた翔。どちらが優れているかは言うまでもない。
「はい、次の質問。翔ってさ、ぶっちゃけタイマンなら悪魔に勝てるの?」
「どういう意味だよ?」
「ほら、私の知ってるマトモな悪魔ってさ、あのベリトしかいないから。あれを一人でどうにかするって、実際のとこを厳しいっしょ?」
「そりゃ、ベリトを一人でどうにかするってのは......」
「でしょでしょ。そんで私はさ、あいつが悪魔の中でどれくらいなのかを知らないの。だから翔に改めて聞いときたい。大体の悪魔相手なら、翔は勝てるの?」
その言葉によって、翔も凛花の聞きたい事が分かった。つまりは純粋な翔の実力を確認しておきたいのだろう。
一つの町を喰らったベリトは、その物量も不死性も魔王と呼ぶにふさわしかった。凛花と契約したベロランナの力が無ければ、勝てはしても難しい戦いを強いられる事となっただろう。
あの戦いで費やした戦力は、悪魔殺し四人に魔王が二体。その仕事量をたった一人でこなせるかと言えば、問いへの答えはもちろん否となる。
「ベリトとのタイマンは確かに無理だ。けど、今回相手にする夢の悪魔達は、ダンタリアの話が本当なら弱体化している筈だ」
「それなら勝てるの? 強がりじゃなくて?」
「......血反吐ぶちまけようと勝つつもりだ。もちろん、そんな場面は滅多に訪れないけどな」
「......ほーん。じゃあ出来るって前提にしとこっか」
いくら夢の魔王を信奉している配下達であろうと、無策で命を散らすような作戦には意義を唱えるに違いない。タイマンなど以ての外。どんな状況だろうと、悪魔殺し相手には多数の有利を押し付けてくるだろうから。
「そんで、質問は終わりか? それだったら、いい加減に凛花の考えを聞かせて_」
「ちょい待ち、ちょい待ち! あと一個だけ残ってるって! 最後の質問! 翔ってスタミナはある?」
「スタミナ......? そりゃあ、走った事は無いけどマラソンならそれなりに_」
「違う違う! 戦い続けるスタミナって事! ほら、訓練だって長引けば息も切れるし、身体も動かなくなってくるでしょ? 翔がどれだけ戦い続ければ限界なのか。それを教えて欲しいんだよ!」
「限界......」
凛花による最後の質問は、これまた返答に困る問いだった。
翔は訓練であれば、数時間は連続して行った実績がある。しかし、それはあくまでも休息を挟みながら。実戦のような休みの無い連戦であれば、体力の消耗も魔力の消耗も段違いに変わってくるだろう。
そうなると、回答は難しくなってくる。
人魔大戦を通して言えば、翔は魔力切れで倒れる事はあっても、体力切れで倒れる事は無かったといえる。けれど、実戦において体力切れは死と直結している。魔力切れとてそれは同じだが、魔力が切れた瞬間はいずれも勝利の確信があった時である。
血の魔王カバタとの戦いは、警戒心が重要な長期戦だった。地獄門での戦いは、何度も全力を必要とする消耗戦だった。そして、名誉の魔王ベリトとの戦いは、互いのリソースを削り合う総力戦だった。
翔はいずれにおいても、息は切れても体力の限界は訪れなかった。魔力の残りを心配しても、アドレナリンのおかげか体力の残りを心配する必要は無かった。
どんな戦いであっても、合間は存在する。決着が付いた瞬間に、息を抜ける場面が存在する。ならば、翔の答えは一つである。
「......本当に一瞬の休みもなく戦い続けるんじゃなければ、決着が付くまで戦い続けられる」
「......ここは強がる場面じゃないよ?」
「......あぁ」
珍しく真剣な目を向けてきた凛花に、お返しとばかりに真面目な顔を作る翔。そうして数拍の沈黙が続いた後、おもむろに彼女は口を開いた。
「そっかそっか。だったら、私の考えた奥義で大丈夫そうだね!」
安心したかのように、それでいて翔を激励するかのように。凛花は彼へと笑顔を向けたのだ。
「お、おい! ちょっと待てよ! 俺は肝心の奥義について、何も教えて貰ってねぇぞ!」
勝手に一人で納得する凛花に、翔は焦った様子で文句を言う。
凛花の中では良い答えだったのかもしれないが、それを正解にするかどうか翔次第。だからこそ答えを得ようと文句を付けたのだが、彼女はイタズラっぽい笑みを浮かべて答えた。
「あー、やっぱり? ここまでの質問でも気付いていない感じだ」
「はぁ?」
そう言われても、翔にはハテナマークしか浮かんでこない。先ほどまでの質問は、詳細を詰めるためのものだった筈。おまけに、彼は自分で行き詰まったせいで凛花に助けを求めたのだ。この程度のヒントで答えが導き出せるなら、今頃一人で答えを見つけ出していただろう。
「翔の木刀って、シバキ合いのためのものでしょ?」
「......あぁ」
「そんで私は、大悟とのシバキ合いのものかって聞いたでしょ?」
「......おう」
「ならさ。その木刀はさ、タイマンを想定して生み出したものでしょ? 由来のおかげで、その木刀にはタイマンでやり合うための武器って意味が宿っている筈でしょ?」
「そ、それは......!」
「そんで翔ってさ、中途半端でも結界が作れるじゃん。それを応用して作っちゃえばいいんだよ。どんだけ相手が多数だろうと、絶対に一対一を強制する結界を。相手に数の有利を築かせない、剣士のための奥義を!」
「あっ......」
それはまだ提案だ。実際に生み出せるかは分からないし、生み出せても望んだ成果に届かない可能性もある。さらには凛花が危惧する様に、タイマンで敗れてしまえば全てが破綻する奥義だ。
しかし、理には適っていた。
翔を数の暴力から遠ざけられる事も、消耗した夢の住民を逃さずに討伐出来る点も。
「どうよ?」
「はっ?」
「凛花さんの提案はどうだったの?」
「......最高だ」
「素直でよろしい! んじゃあ、奥義の問題も解決したし、本題と行きますか!」
「へっ?」
その時の翔が、あまりに気の抜けた返事をしてしまったのは仕方がない。なぜなら、彼は奥義問題の可決こそが本題であり、この会話の全てだと思い込んでいたのだから。
しかし、そんな翔を意に介する様子も無く、凛花は自分のペースで会話を進めていく。
「まぁ、本題って言ったって、私が言いたいのは一つだけなんだけどね」
「いや、もっと詳しく_」
「皆の事をもっと見てあげてね?」
「はぁ?」
「凛花さんが場所を変えてまで言いたかったのは以上! 私は姫野ちゃんがいいよ! でも、ニナちゃんも受け入れるよ! ただ、マルティナちゃんには、もっと素直になって貰わないとちょっとね~」
「だ、だから、何の話をして_」
「朴念仁一歩手前の翔じゃあ、分かんないよね~。でも、だからこそ今日の凛花さんの言葉を、胸に秘めておくのだぞ!」
言い終わって満足したのか、凛花は風のようなスピードで山を駆け下り始めてしまう。
「あっ! おい!」
「ほらほら! いつまでも立ち止まっていたら、青春は通り過ぎちゃうぞ? あんまり爛れた関係を見せられるのはノーセンキューだけど、とりあえずは気付く事から始めなきゃね!」
「だから! 何の話なんだよ!」
笑いながら逃げる凛花と、苛立ちを隠しもせず追いかける翔。二人が山を下り切る頃には、辺りは夜の静けさへと移りつつあった。
次回更新は7/18の予定です。




