奥義は次なるステップへ
「さて、改めておさらいしようか。少年が生み出さなければいけないのは、夢の世界から現世を取り戻す新たな奥義。逆にこれさえ生み出す事が出来れば、抱えている問題の多くが解決する事になる」
「ハァ、ハァ......分かってる。けど......本当にそんな軽い気持ちで、奥義が手に入るのかよ?」
大図書館の床に突っ伏し、ダンタリアの宣言に疑問を呈したのは翔。
一度目の後こそ集中力の欠如で中断が求められたが、この場は元を辿れば結界の維持訓練を名目に用意された場だ。新たな奥義をエサとしてぶら下げられた翔は、それなりの集中力を取り戻して訓練を再開出来た。
だが、絶好調の時でさえ、簡単にあしらわれてしまうダンタリアが相手なのだ。その後も嫌になるほど結界を突破され続け、ついには体力も魔力も尽きて床へと倒れ込む事となった。
そして、そんな折に奥義の話を蒸し返されたのだ。時間を有効活用しようとするダンタリアの配慮なのであろうが、素直に聞き入れるには敗北が重なりすぎていた。
「ふふっ、そうだね。出来る出来ると言葉ばかりを重ねたって、雲を掴むような形の無い話じゃ不安になるのも仕方ない。だから少年、ここらで条件と環境を詰めていこうじゃないか」
「ハァ......ハァ......条件と、環境って......?」
「簡単な話だよ。条件とは、今の少年に再現出来る創造魔法の幅。環境とは、これから直面するだろう戦いの幅。いくら才能に恵まれているからといって、これらを把握していないと理想を実現するのは難しいだろう?」
「条件は......今さらだろ......?」
翔がこれまで生み出してきた奥義は、いずれも複数の木刀の組み合わせ。形だけはそれなりであるが、彼の奥義は木刀を複数生成している所から派生がしていないとも言えた。
擬翼一擲 鳳仙花は木刀の生成を中途半端に取り止める事で、漏れ出した魔力を推進力に飛翔する奥義。擬井制圧 曼殊沙華は十字型に組んだ木刀の中央に穴を作る事で、これまた漏れ出した魔力で他の魔力を締め出す奥義。
そう。翔の奥義はどこまでいっても、恵まれた魔力からのゴリ押しに過ぎないのだ。
ダンタリアからの助言もあって、これまでの戦いでは不便を感じる事は少なかった。しかし、次に迫る戦いは違う。次の戦いで求められているのは、奥義を使って奪われた世界を取り戻す事である。
魔力を垂れ流して飛翔するだけでは、世界の奪還にはまるで寄与しない。一定の範囲から他の魔力を締め出すのは、少しは効果があるかもしない。けれど、それは奪還とは言えない。翔が魔力の放出を取り止めてしまえば、遠からず世界には夢の魔力が満ち始めるだろう。
奥義を生み出せた事だけは事実である。魔法を生み出す才能も、それなりにはあるのかもしれない。けれど、それでも翔は疑う事を止められなかった。次なる奥義に求められているのは、今の自分よりも数段は先にある実力なのだから。
「確かに。木刀の拡大解釈だけでは、世界の奪還には届かないだろうね」
「だろ?」
ようやく息を整えて床に座りなおし、翔は不満気にダンタリアを見やる。
「けれど、ここは下手な口出しが許されない分野だ。少年も無茶は承知で、少しだけ考えてはくれないかい?」
「なんだよ。らしくないな」
だが、当のダンタリアはといえば、珍しく申し訳なさそうな顔で助言を拒絶してきた。
「悪いけど、創造魔法は苦手とする分野でね」
「......知識を司るんなら、創造なんて一番の得意分野な気がするけどな?」
「それは生み出した当人の話さ。私は継承のダンタリア。流れ消え去る知識を繋ぎ止め、求める他者へと送り出す事を根源とする悪魔だよ。知識とは先人の道筋。そして、創造魔法とは未開の荒野を開拓する魔法。ほら、なんとなく相性の悪さが見えてこないかい?」
「......分かったような、分からないような」
「まぁ、そこは重要じゃない。重要なのは私の助言が、少年を望まざる方向に導いてしまう可能性を秘めているという事だよ。創造魔法とは、自分の根源と向き合う事。そこに下手な他者の思考が絡めば、奥義の形も歪んでしまう可能性がある」
「要するに、何を作るかは自分で決めろって事か?」
「これまで二つの奥義を生み出せた才覚に従ってね」
翔もようやくだが、ダンタリアのスタンスを理解出来た。彼女の苦手をどれほど真っ当に受け止めればいいかは謎だが、結論としては枠組みだけは自分の力で考えて欲しいという事なのだろう。
翔からしてみれば、いまだに自身の魔法は分からない部分が多い。土の欠片を創造しようとすれば頭が割れる様に痛む癖に、なぜか木刀だけは苦を感じる暇も無くいくらでも創造が出来てしまえる。
そのせいで、これまでの奥義はどうしても木刀を派生させる形から抜け出せなかった。いずれを生み出した瞬間も、死の危険こそ無いが窮地ではあった。危険を冒す余裕は存在せず、選り好み出来るような状態では無かったのだ。
(けど、俺だっていくつも戦いは乗り越えてきた)
翼を生み出したマルティナとの戦い。結界を生み出したラウラとの戦い。それ以降に重ねた戦いの数を思い浮かべれば、自分もそろそろ次の舞台を見据える準備が整っている様にも思えてきた。
そもそも翔が奥義習得に舵を切れたのは、ダンタリアに背中を押されたが故である。ならば、いくら苦手とする分野だとしても、彼に前進を提案するだけの何かを見出したのは間違いあるまい。
そして、今しがた改めて把握するよう言った条件の幅。これの意味する所は、成長を自覚させる事。自身の可能性を木刀で終わらせず、才能を信じて一歩踏み出すよう遠回しに伝えているのではないだろうか。
「......助言は無理でも、言い出したからには思う所があんだろ? ダンタリアの知る創造魔法使いの成長を、少しでも教えてくれないか?」
そうは言っても、さすがに取っ掛かりが何も無ければ、結論を出すだけで何日も経過してしまう。そのため翔は新たな奥義習得の助言を得るのではなく、ダンタリアが目にしてきた創造魔法使いの軌跡を学ぼうと教えを求めた。
「そうだね。それなら私の思考で、少年の根源が澱む事も無いだろう」
「普段から心が汚れるような助言を投げつけてたのかよ」
「ふふっ、違う違う。何度も言う様に、歪んだ根源で創造魔法に挑んで欲しくないからさ。当たり前だけど、私と少年は考えが違う。好みも違えば、人魔大戦に対する目標も違う。そんな別の根源が想像に紛れ込めば、望みとは異なる愚作が産み落とされてしまう可能性がある」
「......悪い。やっぱりよく分からん」
「そう。私は答えが出せる問題でも、少年には答えが出せない。これを突き詰めた先にあるのが根源であり、だからこそこの分野には極力口出しはしたくないんだ。まぁ、他の創造魔法使いから学びを得るのは、私の思考が入り込む余地が無い行為だ。準備はいいかい?」
「お、おう」
「それじゃあ、語って聞かせるよ? 少年の様に生成に慣れた創造魔法使いは、次のステップとして生み出したモノが持つ意味を辿り始める。木刀の有する意味と、少年これまで築き上げてきた根源。この二つが組み合わさった先にあるのが、次なる創造の産物だよ」
次回更新は6/28の予定です。




