才無き研鑽が導いた名前
「ッ、サマニ、ッ、サマニ......」
「ふむ。染み付いた魔力が強すぎて、こちら側から干渉する魔力が不足しているか。せっかくだ。神崎君、家鳴りと呼ばれる魔法へ知見は?」
まるで楽器をチューニングするかの様に遺品達へ細かく魔力を流しながら、鬼柳は姫野へと問いかけた。まるで、場を繋ぐための会話を欲しているかの様に。
「家屋に残る魔力を利用して、住人の表層意識を読み取る契約魔法です。長期に渡って積み上がった魔力を動線とするため、年数によっては魔法の才能に乏しい方の意識すら読み取る事が出来ます」
対する姫野の回答にも澱みが無い。きっと、今回の交渉相手となる鬼柳の情報を、事前に大熊か麗子辺りから与えられていたのだろう。
ともすれば、その行いは相手への警戒とも取れる行動。しかし、絶対的強者である悪魔殺しの姫野にとって、ただの老魔法使いなどまるで脅威には届かない。
「......勉強家だ。所詮は弱者が弱者に用いるために得た魔法。知っていなくとも、人魔大戦に支障はあるまいに」
「ですが、知っていたおかげで返答の機会に恵まれました」
鬼柳からの返事はない。けれども、微かに彼の纏う雰囲気が和らいだ様に感じる。
鬼柳の言う通り、その魔法は悪魔殺しが知らなくても問題無い程度の魔法だったのだろう。だが、彼は習得していた。彼にとっては、弱者に用いる凡庸な魔法では無かったのだ。
事前に仕込まれた知識だ。それを回答しただけの姫野には、その意味はまだ分からないだろう。しかし、結果として彼女の行動は、事前に相手を知ろうとする礼儀であると伝わった。
どこか悪魔殺し達から距離を置いていた鬼柳に、文句を言われず歩み寄るきっかけとなったのだ。
「私の一族は遥か昔から、この魔法を使って権力者にすり寄ってきた。偽る事が可能な表層意識とはいっても、人は誰しも油断した時に本音が漏れるものだ」
「一番安心出来る住処ともなれば、どうしたって素直な気持ちが出てしまう。密かに得た本音を利用して、自派閥を伸ばして敵対派閥を蹴落としてきたって所かしら」
「その通り。そして、当代の鬼柳である私の家鳴りは、付喪家鳴りと呼ばれる派生魔法でね」
「......ここまでの説明を聞く限り、建造物のみならず携行品にすら使用可能な魔法という事でしょうか?」
「ふっ、察しが良い。さて、待たせたね。調整は完了だ」
鬼柳自身が語って聞かせた様に、本来は人間の魔力向けに調整された魔法だったためだろう。いくらか時間を要したが、一仕事を終えたといった風で彼は悪魔殺し達に向き直った。
そして、それに呼応するかの様に、先ほどよりも鮮明な声が遺品から響き渡る。
「どうしてバカをやらかした連中の尻拭いを、俺達まで行わんといけんのだ。どうにか空虚様に直談判を行い、俺だけでもお許しを貰えないものか」
「こんなくだらない戦いで命を失うのは御免だ。だが、消極的過ぎても目を付けられる。隣のお前は死ね。その隣のお前も死んでしまえ。組織行動が出来なくなれば、撤退も許される筈だ」
「こんな弱者達に、魔力の質が違うだけで追い詰められているだと。そんな事実は認めん。認められるものか」
愚痴、保身、怒り。所詮は表層意識のためか。最初に言葉として出てきたのは、夢の住人達を打倒するに足り得ない情報ばかりであった。
「次を。五行の拠点から見つかった物を中心に」
だが、鬼柳とて使い慣れた魔法だ。すぐに執事とメイドに指示を出すと、新たな遺品をテーブルの上へ用意させた。
「ここからは反復作業って事ね?」
「そうなる。まぁ、それほど時間はかからんよ」
「どうして?」
「これでも魔法使いの端くれだ。一度目の魔法によって、悪魔達が魔力に乗せる感情の形を理解出来た。後は私達の求める理性を残していながら、それでも傲慢故に本音を漏らしてしまった意識を拾い上げるだけでいい」
鬼柳は言い終わると、再び魔法を発動するための調整に集中し始めた。
「ラッツォーニさん」
「どうしたのよ、カンザキ」
そんな鬼柳の作業を傍目に残しながら、ふと姫野がマルティナへと小さく声をかけた
「これで鬼柳さんが有力な情報を手に入れたら、私達は大きな借りを作る事になるわ」
「何よ。恩の押し売りをしてくるってわけ?」
「それが防人派のやり方だから」
感情表現に乏しく感情の理解も拙い姫野だが、別に彼女は頭が悪い訳ではない。むしろ出生を考えれば、勉学だけでも同年代に追い付いたのは大したものだろう。
そんな姫野だからこそ、時に感情を抜きにした損得のみで物を考える事が出来る。防人派の一員が秘蔵の魔法を明かした上で、タダで情報を与える筈が無いと。
だが同時に、姫野は自分が的外れな推理を度々披露しているのを自覚している。ここで下手な選択をすれば、せっかくの交渉が水の泡になってしまう事を分かっている。
そのため姫野はマルティナに問いかけたのだ。いざという時に、何らかの支払い準備が可能かどうかを。
「姫野、大丈夫だよ」
だが、マルティナが返答する前に、回答は別の所からやってきた。二人の様子に気付いたニナが、小さく首を横へと振ったのだ。
「どうして?」
「だってあの人、姫野に感謝してるから」
「......どうして?」
姫野からすれば、いくら派閥のトップ同士で話が付いているとはいえ、情報を手に入れるために押し掛けた側である。煙たがられているだろうと思っていた彼女は、ニナの言葉に首を傾げた。
「見て貰えるっていうのは、実はそれだけでもすごく嬉しい事なんだよ?」
それは一度孤独の寸前に追い込まれながらも、新たな家族愛に恵まれたニナだからこそ気が付けたのだろう。
鬼柳も最初は、ここまで情報をさらけ出すつもりは無かったのかもしれない。一度目の遺品で打ち止めにして、その後は新たな遺品が手に入り次第と情報を出し渋るつもりだったのかもしれない。
けれど、圧倒的な強者である姫野は、有象無象に過ぎない鬼柳を知っていた。ニナからしてみれば、それは親たるラウラが目をかけてくれた時に久しい光景だった。
魔法使いとして生まれれば、誰だって一度は強さという高みを目指したくなるものだ。議員という表の知名度では満たされない魔法使いとしての器が、死期を目前にして思わぬ理解で満たされたのだ。
「どっちに転ぶかは分からないけど、今はニナを信じるわ」
ニナの言葉に一定の理解を得たのだろう。姫野の頭を跳び越えて、マルティナが彼女に同意する。
「二人が思うのなら......」
そして姫野の方も、納得はしてないが頷いた。こういった局面では、きっと二人の方が正しいと信じて
「何度も話の腰を折ってすまなかったね」
会話の終わりが契機となったのか。鬼柳が再び調整を終えたらしい。いまだに凄惨さが残る遺品達から、誰のものとも知れない言葉が漏れ出し始めた。
「まだか。まだ導入様からの許しは下りてこないのか。確かに俺達はやらかした。聞こえてくる他の国家の様子と比べれば、粛清レベルの勝手をやらかした。だが、今までは許されていたじゃないか! どうして今回に限って......!」
「俺の魔法なら、生き残る事だけは可能だ。しかし、今回を生き残ったら許されるのか。ニンゲン達が大規模な反攻作戦に出たら、悪魔殺しが出張ってきたら。その時はまた、導入様によって矢面に立たされるんじゃないか?」
「近衛の野郎共、よくも導入様に話を盛りやがったな! 絶対に許さねぇ! この戦いが終わったらどんな手を使っても、奴らにも代償を支払わせてやる!」
調整が終わった遺品から木霊してきたのは、導入に対する感情ばかりであった。
確かにこれは、導入という悪魔の存在と立場を補強するものとなるだろう。しかし、情報としての真新しさはない。姫野達が求めている、他の側近を知るための情報ではない。
再びの空振りか。声に出さずとも、誰もが思っていた時だった。
「いくら追駆様の命令とはいえ、どうして俺が罪人共に混じってニンゲン狩りなんてやらなきゃいけんのだ」
「あっ......」
「それに、亡羊様の子飼い共。あいつらはこんな時でさえ、主の庇護で危険から遠ざけられている。おまけに噂が確かなら、捕えたニンゲンを使って遊びに興じていると来た! まったく、所属を変えられるなら今すぐにでも変えて貰いたいぜ!」
「......追駆」
「......それに亡羊」
情報としては不明瞭な部分が多いものだった。それぞれの立場を知るという意味では、曖昧な部分が多かった。けれど、前線に出ていた悪魔が、敬称を付けて呼ぶ存在。それを側近と呼ばずして何と呼ぶのか。
「老いぼれの研鑽も、時には役立つものだろう?」
「......えぇ。本当にお手柄よ」
表層意識が漏らした言葉は、側近を知り得るための第一歩となった。
次回更新は6/24の予定です。




