新たな情報の出どころ
「これが書き記された時期は?」
「約五十年程前だ。その後に改築を挟まれている可能性は否定出来ないが、結界内の再構成はどうしたって魔力を必要とする」
「つまり、よっぽど上手くやらないと、何かしらの動きは察知されてしまうって事ですね」
「そうなる。もっとも、彼らは日本において、特に超常の存在への干渉に優れた組織だ。神の御業で結界をいじられてしまえば、常人が察知するのは困難を極めるが......」
「改めて聞き取りは行うつもりですが、直近の数十年で大規模な生贄を孕んだ儀式は遂行されていません。神祈派の方々が、神々の力を借りた可能性は低いかと」
「......ちなみに、情報の出所は?」
「上におわす方々です」
「そう言われてしまっては、無かったと断言するよりないな」
鬼柳に細かい聞き取りを行いながら、悪魔殺し達はテーブルに広げられた間取り図に目を向ける。
居住スペースに調理場、大浴場に資料室。その間取りは一見すると、秘密組織の本拠地には思えなかった。しかし、祭壇や各種儀式に用いられるのだろう部屋には魔法的な意味が多分に含まれており、長時間の儀式にも適した空間の作りである事が伝わってくる。
間取りの作成年代のせいで多少の変化はあるかもしれないが、裏を返せば、大まかな構造はここから動いていないのだろう。
だが、それだと一つの矛盾が生まれる
「分かってはいたけど、あっちは好き放題やっていそうね」
「うん。猿飛さんの意見と比べてみれば、こっちの間取りはいかにもだよ」
「夢の魔王陣営に、優れた空間干渉系の魔法使いがいるのは間違いなさそうね」
そう。猿飛が無理をしてまで持ち帰ってくれた間取りと、まるで構造が合致しないのだ。
猿飛の口からも、空間が歪んでいるといった証言は受け取っていた。だが、彼の言葉を全面的に信用するのだとすれば、空間が歪んでいるだけでなく広がってもいた筈だ。
例えるのなら、ダンタリアの生み出した大図書館のようなもの。けれど、彼女の生み出した空間は、おそらくは別の場所に用意した空間に繋いでいるだけと推測が立っている。こんな元々あった空間を無限に拡張したような、無法な構築では断じてない。
そうなると、考えられるのは優れた魔法使いの存在。神祈派の本拠地を完全に支配下へと置き、その上で拡張と出入りの制限を設けてくるような大悪魔の存在である。
「第二の側近。そう考えていいかしら?」
「うん。しかも、猿飛さんの扱いを考えれば、相手は本気じゃなかった可能性が高い。空間と配下の悪魔を使って、遊びに興じていた可能性が高いよね」
「継承様の言葉を信じるなら、夢の魔王は世界の維持で手一杯。創造魔法使いの側近なら、世界の維持に手を貸すのが道理。天原君の負担が増えない所だけは良い点かしら?」
「どっちにしたって、アマハラに近付けたら一発アウトよ。出てくるのを予期して、私達で何とかするしかないわ」
それぞれの情報を繋ぎ合わせると、見えてくるのは強大な悪魔の姿。夢の魔王が行う世界の維持に手を貸しておらず、その上で遊びに興じていた事から、幸いにして創造魔法使いである可能性は低い。
だが、これほどの魔法使いの手が翔に届いてしまえば。待っているのは、容赦なき彼の分断。そして、創造魔法使いを欠いてしまえば、世界の奪還作戦は根元から崩壊する事となる。
マルティナが言い放った様に、どうにかして注意を翔以外に逸らさなくてはいけない相手だ。
「でも、夢の魔王陣営にとって、厄介なのは翔一人でしょ? ボク達が陽動に動いた所で、相手が乗ってくれると思えないよ」
しかし、ここで問題なのは、夢の魔王陣営が悪魔殺しを脅威に感じていない場合だ。
夢の魔王陣営には、撤退する場所がある。どれだけ暴れて消耗しようとも、命を繋げば回復が期待出来る拠点が存在している。そして、逃げ込める場所というのは、籠城が出来る場所とも言い換えられる。
こちら側に出張ってきた悪魔であれば、姫野達にも討伐する機会は巡ってくるであろう。しかし、そういった下級の悪魔に、この空間干渉魔法使いが含まれてるとは思えない。そして、いくら遊び好きでも、陣営の敗北を決定付けるような陽動に乗ってくるとは思えない。
そうなると、取れる手段は夢の世界への逆侵攻だけ。だが、それがどれほど無理難題であるかは、ダンタリアの言葉によって理解出来ている。
夢の魔王達の世界に攻め込めるのは、翔が世界のルールを現世のものへと書き換えた後。そうでもしなければ、夢の世界に入り込んだ時点で致死性のルールに曝される可能性も否定出来ないのだ。
けれども、翔の干渉を待っていれば、相手にかかるプレッシャーは一か所だけ。夢の魔王陣営は全力を尽くして、唯一の懸念材料を払拭しようと動くだろう。
「あいつが導入について教えてくれたのは感謝してるわ。でも、それだけじゃ足りない。せめて、同格がどれほど存在するか、どう動くかが分からないと対策も立てられない」
夢の魔王を除けば、陣営最強格の悪魔である導入。彼について知れたのは、悪魔殺し達にとって予想外の慶事であった。だが、その情報を得た上でも、実力の溝は大きい。
翔が起こすアクションに対して、側近達はどんな行動を起こすのか。そもそも側近達は何体存在するのか。一番の行動目的はどこにあるのか。
夢の魔王の目的を達成するためであるのは間違いない。だが、それだけでは行動を絞るのは難しい。せっかく掴みかけた情報を前にして、悪魔殺し達に沈黙の帳が下り始める。
けれど、周囲一帯に帳が落ちる事はなかった。
「どんな些細な情報でも必要だといった所かね?」
悪魔殺し達の様子を見守っていた鬼柳が、沈黙を待っていたかのように口を開いたからだ。
「なによ。神祈派から買い取った情報が、まだあるわけ?」
マルティナの目に宿っているのは猜疑。貸しを売りつける事に対する拒否感を、隠そうともしない顔だ。
「いいや。合っているのは座標だけだ。強いて買い取り先を言うのなら、それこそ夢の悪魔陣営と言った所だろうか」
「......ハッキリ言いなさい」
マルティナの瞳に猜疑だけでなく、敵意までもが宿ろうとする。しかし、その感情が完全に現れる事はなかった。その前に鬼柳は、メイドに合図を送って話題のタネを持ち出してきたからだ。
間取り図が横へと折りたたまれ、テーブルの上を新たな物品が占拠する。それらは武器の残骸であり、魔道具の破片であり、血液のこびりついた衣服であった。
「あえて言わずとも分かるだろうが、これらは全て遺品。伊勢神宮の戦いで生まれた負の側面だ」
「......それを持ち出して、何がしたいわけ?」
百歩譲って遺品を持ち出したのは脇に置いておこう。しかし、そもそもどうして遺品を、悪魔殺し達に見せる意味があるのかが分からない。
悪魔の魔法によって散った命なら、確かに夢の悪魔を知るための情報にはなろう。
けれど、この地にどれだけの悪魔が顕現したか、知らない筈はあるまい。加えて、意図の分からない無理攻めのせいで、悪魔側もかなりの被害を負った事は伝わっている筈だ。
すでに討伐した悪魔の情報を得た所で、直近の戦いの役には立たない。さらに、マルティナ達が求めているのは、前線に出てきていないだろう側近達の情報だ。戦いの場からは、決して手に入らない情報の筈だった。
「君達には遠く及ばないが、私だって魔法使いの端くれだ」
武器の残骸がカタリと動く、魔道具の破片が共鳴するかのように音を立て、衣服が連続して衣擦れ音を生む。そして、それらの音は次第に音量を増して、音階がしっかりと分かれていく。
「コ、コデ、テガラヲ、タテナケ、レバ......」
「これは......!」
「魔力とは、源流たる魂から流れ出した力。そして、魔力を用いて相手を仕留めれば、どうしたって魔力は犠牲者の遺品にも染み付く事となる。魔力生命体たる悪魔の魔力ともなれば、残滓ですら意志の一片を発するほどに」
「鬼柳さん、あなたの言う情報って......!」
「人間だけで考えた所で、前提知識すらいくつも不足しているんだ。餅は餅屋。専門家の滑らせた口から、情報を盗み取るのも悪くないだろう?」
魔力の出力では、悪魔殺しに遠く及ばないだろう。肉体の全盛も、とっくの昔に過ぎ去った事だろう。しかし、その魔法の腕だけは衰えていない。研鑽を続けた専門的な技は、時として悪魔殺しを上回る事もある。
鬼柳の使った魔法は、魔力を通じて対象の表層意識を読み取る力。多くが謎に包まれていた夢の悪魔陣営の形が、今まさに人間側へと渡ろうとしていた。
次回更新は6/20の予定です。




