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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【七章連載中】  作者: 村本 凪
胡蝶が舞うは夢か現か

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次に踏み出す一つの助言

「さて少年。まずは自分で反省点を洗い出してくれるかな?」


 小休止の後に口を開いたダンタリアは、にこやかに翔へと質問する。その笑顔は彼に余計な負い目を与えないようにする配慮のようであり、深く反省を促す魔王としての表情にも見えた。


「......麗子さんの時と同じだ。俺は結界を壊される事ばかりに目が向いて、肝心の戦いをおろそかにしてしまってた」


「そうだね。集中力を欠いているのは、結界を張り終えた時点で気付いていたよ」


 対する翔の方も、反省点には痛いほど心当たりがあった。


 事前に行われた麗子との訓練でも、犠牲を気にするあまりに戦いの集中力を失っていたのだ。それ自体はまさに正論と受け入れていたが、たかが一日そこらで意識の修正が間に合う訳が無い。


 結果として翔は結界の破壊にばかり気を取られ、結局は肝心の結界を破壊される事に繋がってしまっていた。


「俺にとっての結界は、使い捨ての壁や皆を守る盾って意識が強かった。だからこれまではぶっ壊されても気にしなかったし、必要なら壊れた後に張り直すだけだった」


「けど、今度の戦いは、そうはいかない。結界に穴が開けば最後、そこを基点として変化魔法使い達の破壊が始まる。そして、さっきみたいに形の維持すら出来なくなれば、その他の悪魔達もこぞって反撃に出てくるだろうね」


 此度の戦いにおける翔の結界は、悪魔を押し込める牢獄であり、自身を守るシェルターでもあるのだ。彼の結界が機能を維持する間は、内向きの魔法使いくらいしか結界内で活動は出来ない。だが、一度壊されれば、全ての魔法大系が力を発揮出来るようになるのだ。


 夢の国の住人達とて、魔王を含めて大きなリスクを承知で顕現しているのである。そんな悪魔達にとって、前線に取り残された結界使いはどう映るか。考えるまでもない。最優先排除対象である。


 だから翔は己の命を守るためにも、結界の維持だけは死守しなければいけない。けれど、その意識ばかりが前を行き、肝心の悪魔討伐がおろそかでは元も子も無い。結局は悪魔の数を減らさなければ、彼の負担はいつまでも重たいままだからだ。


「悪魔の討伐に結界の維持、そこに現世の奪還まで加わるんだろ? そんなの、ここ数日でどうにか何のかよ......」


 思わず弱気な発言が零れてしまうのも無理はなかった。翔には失敗の許されない数々の指令が下っており、彼はその第一歩目で躓き続けていたのだから。


 翔は絶対に首を縦に振らないだろうが、最悪前者二つは人任せでもどうにかなるのだ。その場合はおびただしい血が流れる事になるだろうが、多くの魔法使いは割り切っている。精々は彼の心にさらなる傷が追加されるだけである。


 けれど、現世の奪還だけは、翔の手で行わねばいけない。いや、彼の魔法でしか達成が不可能な案件なのだ。


 だからこそ翔には、こんな場所で足踏みしている時間は無い。しかし、そんな気持ちが彼を余計に焦らせ、訓練で悲惨な結果を連発する要因の一つになっていた。


「助言が欲しいかい?」


 そんな翔の苦悩を見かねてか。ダンタリアが助け舟を出してきた。


「助言......? そうは言ったって、言葉だけならさっきから与えて貰ってんだろ?」


 そして、ダンタリアの言葉に対する翔の反応は渋かった。なぜなら、彼は麗子との訓練でも反省点を上げられ、今も同じ問題を改めて提示されているのである。


 直すべき場所は分かっている。足りないのは、意識の変化と練習を積み重ねるための時間。それが整わないようでは、いくら助言を重ねられた所で意味は無いと思っていたのだ。


「確かに、これ以上に反省を促したって、心が腐り始めるだけだ」


「......腐るまでは行かねぇよ」


「でも、素直に聞き入れる気持ちは減衰しているだろう?」


「......」


「だからさ。ここからの助言は、問題点の指摘じゃない。少年には発想の転換をして貰いたいと考えてるんだよ」


「発想の転換?」


 問題点の指摘では無いと言われたおかげで、少しだけ意識が上向いた翔。しかし、ダンタリアが掲げた発想の転換という言葉には、まるで心当たりがなかった。


 確かに翔は、訓練に行き詰まりを感じている。このまま一対多数の訓練を続けた所で、出来上がるのは素人に毛が生えた程度の凡人であろうという予感がある。その点で言えば、問題を一足飛びに越えてしまえそうな話題に食いつくのは無理もなかった。


 しかし、今さら何の発想を転換するのかとも思う。翔は夢の悪魔達が溢れる世界の境界を封じ込め、さらに浸食された世界を取り返す事が決定付けられている。つまりは大多数の悪魔を相手取りながら、出来るかも分からない難事を達成せねばならないのだ。


 もしも翔の負担が減るのであれば、発想の転換は大歓迎だ。けれど、それが可能なのなら、ダンタリアがわざわざ個別で訓練を引き受ける必要などない。 


 潜在的な敵陣営とはいえ、ダンタリアだって貴重な情報源兼戦力なのだ。そんな彼女の時間を奪っている事こそが、むしろ翔の成長以上の損失かもしれない。かといって、無理強いした所で言う事を聞く訳では無いのだが。


「ふふっ、その顔だと、意味を図りかねているといった形だね?」


「そりゃそうだろ。こっちはお前と違って、発想力も自前の知識も不足してんだからな」


 翔が不貞腐れた様に文句を言うと、ダンタリアはクスクスと笑い出した。


 そうしてひとしきり笑い終えると、実に愉快そうに口を開く。


「少年、覚えているかい? 君が必要に迫られて、奥義を生み出した時の事を」


「はっ......? 忘れては、ねぇけど......」


 擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)。擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)。いずれも窮地に立たされた翔が編み出した奥義であり、様々な場面で彼を救ってくれた切り札でもある。その存在を忘れた事など、今まで一度もありはしなかった。


「奥義を作り出してみないかい?」


「はぁっ!?」


 あり得ないものでも見たかの様に、翔が驚きの声を上げた。


 だが、それも仕方ない。翔にとっての奥義は、まさに絶体絶命の中で見つけ出した光である。そんなものを欲しいの気持ちで一つで手に入れられるとは、到底思えなかったのだ。


 ましてや、翔の創造魔法は発展途上。生み出せるのは木刀が全てであり、二つの奥義も木刀を派生させた部品だけで成り立っている代物だ。


 ただでさえ少ない残された時間を、無駄な努力に費やしたくない。翔の目はダンタリアに無言で語りかけていたが、当の彼女はやれやれと首を振った。


「少年、君の魔法知識が不足しているのは、一朝一夕では解決出来ない問題さ。けれど、それ故に少しだけ考えて欲しい。過去に私は少年が生み出した産物に、奥義と名を付けた。まだまだ発展途上で、どちらへ向かうとも分からない魔法に奥義と名を付けたんだ。おかしいと思わないかい」


「......今思えば、少しは」


 擬翼一擲 鳳仙花が生まれたのは、記憶が正しければマルティナとの決闘を控えた頃だった筈だ。あの頃の翔は生み出した木刀を振り回すだけで精いっぱいであり、魔法の対応も正面から打ち砕くしか許されなかった頃であった。


 少しだけ成長した今思い出してみれば、確かにダンタリアの名付けは急ぎ過ぎな様に感じる。


 悪魔はとにかく名を重んじる。例え根源を見破られるキッカケになろうと、尋ねられれば必ず名乗る。名前を大切にするからこそ、根源に辿り着いていない存在が真名を持つ事を許さない。


 そんな名前に敏感な種族が、未熟な翔に奥義の一言と共に名を与えるであろうか。


「本当はね。あんな右も左も分からなかった頃の少年に、技を与えるつもりは無かったんだ」


「じゃあ何で、鳳仙花はもちろん曼殊沙華にまで名前をくれたんだよ」


 与えるつもりがないのなら、わざわざくれてやる必要は無かった筈だ。例え名前が貰えずとも、翔は気にしないし不満にも思わなかったのだから。


 だというのに、ダンタリアはその後さらに、曼殊沙華にすら名前を与えてくれている。これでは行動と発言が全くの真逆だ。彼女の真意を問い質すべく、翔は質問をぶつけた。


 するとダンタリアは少しだけ微笑むと、ポツリと一言だけ答えを零した。


「美(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)か(・)ら(・)」


「はっ......?」


「ふふっ、今のニンゲンにもこれだけの才能が眠っているのかと思うと、少しだけ嬉しく思ってしまったんだ」


 そして、やはり翔の理解力が欠けていると思ったのだろう。そこからはいつもの表情でクスクス笑いながら、言葉を重ねてきた。


「それは、どういう......」


「鈍いねぇ。まぁ、いつもの事だから気にしないよ。少年、君の魔法は君が思う以上に、複雑でややこしい上にじゃじゃ馬なんだ。創造魔法使いってだけなら、見向きもしなかった。木刀を生み出しただけなら、契約悪魔の努力を讃えるだけだった。けれど、少年はさらなる形に手を出した」


「鳳仙花と、曼殊沙華の事か?」


「エクソシストとの決闘が迫っている中で、どれだけのニンゲンがあそこまで完璧な翼を作り出せると思う? ラウラにイジメ倒されている中で、どれだけのニンゲンが完璧な結界を作り出せると思う?」


「い、いや、それは、お前が出来るって言ったから......」


 あの頃、翔が魔法知識で頼りにしていたのは、ダンタリアだった。敵とは分かっていつつも、まずは信用しようと説明を馬鹿正直に受け止めていた。けれど、それが誤りだったのだとしたら。とんでもない一足飛びに挑戦させられていたのだとしたら。


「出来ると思う事と、実際に出来るには天と地ほども差があるんだよ? 今さらになるけど、知識の魔王が保証してあげよう。少年、君の魔法を創造する力は群を抜いている。他の有象無象が成し遂げられない努力の形が、少年だけには許されているんだ」


 その言葉は翔の奥深くに浸透していく。稲妻の様に全身を貫き、甘味の様に心を満たしていく。ここまで常識を偽っていた事、怒ろうと思えばいくらでも怒り出せた。だけど、彼には怒りの気持ちは湧かなかった。安堵と喜びだけが全てだった。


「じゃ、じゃあ......!」


「一対多数の立ち回りと、結界の維持だけは心を砕いて欲しい。だけど、世界の奪還に関しては、心配するだけ取り越し苦労という事さ。改めて尋ねるよ、少年。奥義、作り出してみないかい?」


 薄い微笑みと共に、ダンタリアが再び質問を行った。だが、答えずとも翔の心は決まっていた。

次回更新は6/12の予定です。

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