生還者より告げられし脅威
いつもの様に日魔連事務所へと集まった一同。けれど、ここ数日にかけて決して明るいとは言えなかった彼らの顔色は、ある意味で色を取り戻しつつあった。
安堵と喜び、そこに不安と怒りが混ざった複雑な感情。彼らの感情が、そんな形に傾いたのはなぜか。それは、失踪していた猿飛の発見報告が、大熊から届けられたからである。
「猿飛さん!」
「やぁ、翔君。しばらく見ない内に、凛々しさが増したっすか?」
通信端末越しに映った猿飛の様子は、口から出た冗談もあって問題無い様に見える。
しかし、大熊は悪魔殺し達に隠し事をしたくはなかったのだろう。猿飛の状態について、ハッキリと重傷と伝えていたのだ。
猿飛が元々所属していた派閥は、隠蔽や暗躍に長けた隠形派と呼ばれる派閥。自身の内心を隠し通す事など、朝飯前に違いなかった。
「......俺達を気遣ってくれた冗談でしょうから、怒るつもりはありません。だけど、何があってどうなったのかは、しっかりと教えてください。大熊さんからも、聞き取りの許可は下りてます」
故に翔は駆け引きなどを抜きにして、ありのままの疑問を口にした。どうせ本気で偽られてしまうのなら、自分で聞き出す事は不可能だと開き直ったのだ。
「俺としても、あんまりバイオレンスな内容は口にしたくないんすけどねぇ。ましてや、翔君は一気に血が昇って、奴さんの陣営に突撃をかましそうっすし」
そんな翔に対して、猿飛は苦笑いを浮かべながら言葉を濁す。いくら大熊の許可が下りているにしたって、まずは彼本人に事情を伝えるのが筋だと考えていたから。
大熊は人魔大戦対策課の長であるのみならず、日本の魔法組織である日魔連にもパイプを持っているのだ。彼が猿飛の持ち帰った情報を精査すれば、日魔連の迎撃態勢が強化されるかもしれない。そうでなくとも、情報を持ち帰った事自体が評価されるかもしれない。
加えて猿飛自身が口にしたように、翔の暴走を避けたかったのも事実だ。
翔はこの所、人の死に対面しすぎている。彼の持ち味である無鉄砲さが、どうにも悪い方向に発揮されつつある。
ここで猿飛の体験をありのまま伝えてしまえば、翔はきっと力無き民間人や防衛戦闘を続けている魔法使い達の事を考えるに違いない。そして、自分が戦闘に加わる事で、彼らの被害を少しでも減らせるならと考えるに違いない。
志は立派だが、そんな準備不足で悪魔殺しを失う様なら、日本はさらなる地獄へ叩き落される事となるのである。そんな地獄への片道切符を販売せぬためにも、まず猿飛は大熊への報告を行いたかった。
「ケンジ、心配しなくて大丈夫よ。このバカの手綱は、三人がかりで握っているから」
だが、そんな猿飛の懸念は、翔の後ろに立ったマルティナに払拭される事となった。
マルティナの目に宿っているのは、純粋に猿飛を気遣う労わりの気持ちと、情報を提供されるのを待つ冷徹な指揮官の気持ち。確かに彼女が割って入れば、悪魔殺しという戦力をドブに捨てないだろう安心感があった。
そして、目線を他の少女にも向ければ、姫野からは稀薄だがマルティナに同調する意思が。ニナからは万全な出撃以外許さないといった、翔への束縛に近い心配の気持ちが伝わってきた。
「はぁ......分かったっす。降参っすよ。どこから話せばいいっすか?」
これならば、物理的にも感情的にも翔を抑える楔となってくれるだろう。そう思った猿飛は、観念したように首を振った。
「大熊さんから神祈派の本拠地、夢の魔王が顕現した神社に向かった事は聞いてます」
「んじゃ、そこからっすね。といっても、俺だって悪魔に面と向かって襲われる事になるとは思わなかったんすよ」
そこから猿飛が口にしたのは、内部から見た神祈派の様相。
何らかの報酬を目当てに、事実を隠蔽していた構成員達。顕現の疑いようが無い魔力濃度。そして、猿飛を被検体とした悪魔の宴。いずれも本拠地内部から逃げ帰られねば手に入らなかった情報であり、改めて彼の立てた功績が日魔連に与えた価値を考えさせられる情報だった。
「ちょっと待ってください! じゃあ、そのベッドの中は......!」
会話の終了を見計らって真っ先に口を開いたのは、案の定、翔であった。
一般人が傷付く事にも強い忌避感を覚えており、身内となれば感情の大きさは計り知れない。だからこそ猿飛も報告は後にしたかったのだが、話すと決めたからにはこれも予測出来ていた。
「まぁ、このザマっすよ」
寝かされていた病院ベッドから掛布団がめくられた。そして、顔を覗かせたのは、二本の指が欠けた腕だった。
「指、が......」
「そんな顔はしないでほしいっす。むしろ、訳も分からぬまま悪魔の巣窟に放り込まれたにしちゃ、良心的な入館料っすよ」
「でも、猿飛さんの体質じゃ......」
翔は猿飛の魔力を練れない体質と、回復魔道具の自身の魔力を必要とする仕様を知っている。その二つが組み合わさってしまえば、傷の修復には通常医療以上の処置が出来なくなる事を知っている。
猿飛の指は、もう元には戻らない。その事実を前にして、翔の精神が大きな揺らぎを見せようとした。
「翔君、まだまだ勉強不足っすよ。傷の修復に使う魔道具は、確かに対象の魔力が必要不可欠っす。けど、現代には細胞を培養する魔道具も、義指替わりになる魔道具も存在するっす。時間さえかけていいんなら、指だって元に戻るっすよ」
「そう、なんですか......?」
「そうそう。だから俺の心配は隅に置いといて、まずは体験から得た推測を聞いてもらいたいっす」
どちらの魔道具も準備には手間がかかり、元通りには数カ月単位の調整が必要な事はあえて口にしなかった。そんな事を口にしてしまえば、翔がまた表情を曇らせるのは分かり切っていたから。
そして、翔の気持ちが沈んでしまうと、彼を支える少女達も同調してズルズルと調子を落としていく傾向にある。だからこそ彼が復調している間に、チームの頭脳に意見を通しておきたかったのだ。
「いいわ、聞かせて」
翔の用事は済んだとばかりに、マルティナがわざとらしく身を乗り出した。
「ちょ、マルティナ!」
「うっさい! ニナ、姫野、このくよくよ野郎を外に引っ張り出してきて」
「えっ、う、うん......」
「分かった」
「ちょっと! おい!」
そうして小競り合いを眺めること数十秒。画面にはマルティナだけが残される事となる。だが、エクソシストとしての経験も豊富な彼女相手なら、翔を相手にする時のような余計な配慮は必要無くなる。むしろ、好都合と言えた。
「俺の閉じ込められた結界については、ある程度仕様は理解して貰ったと思うっす」
「えぇ。外部からの干渉以外に出入り口が存在せず、おまけに発動の瞬間を被害者に悟らせない。始祖と契約のどちらに分類されるかは分からないけど、厄介な魔法に変わりはないわ」
魔力感知の出来ない猿飛にとって、魔法を感知するためには己の五感と魔道具が必須となってくる。所詮は魔法使いに満たない身。隠密にリソースを振った魔法であれば、異変に気付いてようやくといった事も少なくはない。
「けど、こんな大規模魔法で発動の感知が不可、おまけに脱出不可能なんてあり得るっすか?」
「少なくとも、人間の魔法使いならあり得ないわ」
大規模な迷宮を生成するだけなら、もしかすれば可能な魔法使いがいるかもしれない。脱出不可能な空間を生成するだけなら、人間の魔法使いでも発動可能かもしれない。
だが、両方を兼ね備えた迷宮など、一体どんな根源があれば生み出せるのか。
もしも猿飛の見立てが全面的に正しいのなら、魔法発動の瞬間に一部の戦力が完全に孤立する事となる。そして、閉じ込められたが最後、外部からの干渉が無い限り一生迷宮内に取り残される事となる。
「つい数時間前にやっと娑婆へ帰ってきた俺には、翔君達や大熊さんが立てた作戦の方向性は分からないっす。ただ、誰かを主軸とした作戦だけは、絶対に止めといた方がいいっす」
「......おあいにくだけど、あの心配性のバカを主軸に沿えないと、私達は戦いの舞台にすら立てそうにないの」
「......ヤバいっすね」
「えぇ。問題が解決する前に、次々と新たな問題が積み上がってるわ」
元々の段取りであれば、夢の世界に抗うため翔が奮闘。それを阻止すべく動いてくる悪魔を相手取り、残った悪魔殺しが遊撃に回る予定であった。
だが、閉じ込められた事を知覚すらさせない悪魔がいるのだとすれば、この作戦は破綻してしまう。翔を隔離させられ、夢の世界そのものに突入するしか手が無くなってしまう。
現世の魔力は夢の住民にとって毒になる。ならば、夢の世界の魔力は。考えたくはないが、悪魔殺し達にとって猛毒になる可能性は高い。
そうでなくとも、世界が夢の住民に利する形で動くのだ。例え大半が悪魔未満の魔人や魔獣で構成されていようと、その攻略難度はベリトの作り出した拠点とは桁違いだと予想出来た。
次々と問題が積み上がる夢の魔王攻略戦。新しく生まれた問題も、頭痛のタネには十分な内容であった。
次回更新は5/27の予定です。




