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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【七章連載中】  作者: 村本 凪
胡蝶が舞うは夢か現か

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活路への旅路を止めなかった者

 (考えろ~......考えろっす......。食いっぱぐれを恐れた後入り連中が、俺の真ん前に都合良く出入り口を開いてくれる方法を......!)


 絶望的な状況にありながら、鋼の精神と観察力で希望を掴み取った猿飛。彼が次に目指す先は、希望を幸福へと変換する事。つまりは終わりの見えない迷宮から、脱出を図る事である。


「ウキッ!」


「ウキキッ!」


「キィー!」


「さっきまでは仲間内ですら肉の取り合いをしてたってのに、今度は一転して挟み込みや退路潰しっすか? 連携がザルなのが希望だってのに、変に仲間意識を高めないで欲しいっすねぇ!」


 そんな思考を続けている内も、現実では命をかけた逃走は続いている。


 猿飛の命へ真っ先に狙いをサル達は、恐らく競合する者が増えだしたためだろう。先ほどの力任せで数任せな追跡を止め、いっちょ前に戦術行動の真似事を始めだした。


 猿飛にとっては、どんな悪魔だろうと恐るべき強者であるのは間違いない。そんな相手が、自分を仕留めるために頭を使いだしたのだ。抗えるタイムリミットは確実に縮まったと言えるだろう。


 (けど、やっぱり一枚岩じゃない。どいつもこいつも、自分のために動いているっす)


 そんな切迫した状況の中でも、猿飛は己を見失ったりはしない。むしろサル達の行動から相手は似通った同族でも無ければ、仲間意識は稀薄であるという裏付けを得ていた。


 悪魔が一枚岩で無い事は、これまでの人魔大戦でも薄々理解は出来ていた。


 言葉の国から代表として送り出されたカタナシは、その実、国内政治で敗れた生贄だった。血の魔王 血脈のカバタが治めている国家は、四体の魔王がそれぞれの領地を保有する複雑な統治システムを取っている。


 所属を同じくする国家内ですら潰し合いが行われ、その性質はトップに立つ魔王であろうと変わらないのである。ならば、我慢も出来ない有象無象に、仲間意識などある筈がない。


 欠片でも仲間意識があるとすれば、目に見えて猿飛の取り合いは行われていない点か。それでも、早い者勝ちの姿勢であるのには変わらない。もしも彼が血の海に沈む事があれば、その時点で些細な仲間意識も破綻する事になるかもしれない。


 (自分の死後を考えたって、今の俺には一つの理も無いっす。だけど、脱出するための演技に関しては、ちょっとばかし方向性が定まってきたかもしれないっすね)


 この場から猿飛が生還する条件は、大前提として命を繋ぎ続ける事。そして、悪魔達が秘密裏に利用する入り口を出口に使い、迷宮そのものから脱出する事である。


 どんな悪魔だろうと普通なら、大きな隙となる空間移動を敵の目の前で行う筈が無い。しかし、奴らにとって、猿飛は敵では無く獲物だ。不意の大暴れこそ考えられるが、無駄な足掻きに数えられるくらいの抵抗しか出来ない弱者だ。


 サル達のような無鉄砲な行動力を発揮出来ないくらいの臆病者で、けれど、成長の機会は逃せないとチャンスを伺う小賢しい悪魔。そんな中途半端な出来損ないこそが、猿飛が狙う脱出のカギだ。


 (ここまで来ても、迷宮には顔を出さないビビり野郎っす。よっぽど俺が追い詰められない限り、上司への言い訳として参加してこない可能性が高いっす。なら......!)


 今もなお、これまでは目にしていなかった悪魔が増え続けているのだ。ならば猿飛が狙う悪魔像に近い悪魔も、必ず存在している筈だ。


 上司が舞い戻るまで猿飛が生き延びれば、素知らぬ顔で仲間達を吊るし上げるつもりだろう悪魔。そんな悪魔をその気にさせるには、やるべき事は一つである。


「ぐあっ......!」


 実にワザとらしい声と共に、猿飛は飛来した大鉈をわき腹にかすらせた。


「私にもぉぉぉおお!」


 傍目から見れば、わき腹の傷に怯んだ様子であっただろう。そのせいで大口を開いて迫る少女に対応出来ず、咄嗟に腕で払い退けたかに見えただろう。


「ぐぎっ!?」


 防御に使った代償として、猿飛の腕からはごっそりと肉が持っていかれていた。時間を置くようにして、ドクドクと赤黒い血液が床へと零れだす。その鉄錆の匂いが、さらに悪魔達の興奮を煽る。


 これまでの負傷を最小限に抑える動きと比べれば、明らかに精彩を欠いた動きと言えた。悪魔達からしてみれば、逃げ上手な獲物の体力がようやく尽きたといった所か。


 だが、負傷の度合いこそ跳ね上がってはいたものの、やはり猿飛の表情には絶望は見られなかった。むしろ、気でも狂ったのか。彼は窮地にありながらも笑っていた。自らの望んだ展開が、実に都合良く実現されつつあったから。


「来るな......来るなぁ......!」


 これまでの皮肉交じりな言葉とは異なり、その口から放たれたのはありきたりな犠牲者の悲鳴。


 けれど、悪魔達は傲り故に気付かない。余裕を失った人間が見せた末期の悲鳴と断じて、一体として猿飛の意図に思考を巡らせる者はいない。誰もが取り分を増やす事ばかりに執心し、人の心が推移する様子なんて気にも留めていなかった。


「ぐっ!」


 猿飛の臀部に浅く刃物が突き刺さった。


「ごっ!?」


 猿飛の頭部に砂袋が振り下ろされ、額から大量の血が流れだした。


「あがっ!?」


 猿飛の背中が鋭利な爪によって、大きく切り裂かれた。


 血が流れだす度に、一部の悪魔達は糧へ向けて殺到する。攻撃が命中する悪魔を見る度に、後に続けと悪魔達が狂喜乱舞する。


 少しずつ成功者が増えていく。少しずつ猿飛という取り分が減っていく。小賢しい者達に焦りが生まれ出す。このままお利口さんの仮面を被っていたら、自分達は何も得ぬまま終わってしまうと。


「ぐああっ!?」


 そして遂に、飛来したナイフが猿飛の手を床に縫い留めた。逃げる事だけが取り柄だった獲物も、こうなってしまっては解体されるだけの肉塊に成り下がるだけ。


「俺にも取り分をよこせぇええ!」


 だが、その時である。黒い霧を身に纏った人型の悪魔が、突然猿飛の目の前に転移すると、そのまま彼を筋骨隆々な腕で捩じ切ろうとしたのだ。


 悪魔からしてみれば、猿飛は満身創痍。すでに命を落とす事は確定的であったから、油断そのものと言えるあり得ない行動を取ったのだろう


 しかし、傲りを隠さない悪魔達は気付いていなかった。負傷を重ねる猿飛であったが、不思議と致命傷と呼べる傷は皆無であった事を。情けない悲鳴をあげてはいたが、その後に痛みからのたうち回ったりする様子は皆無であった事を。


「待ってたっすよぉおおおお!」


 自ら肉を引き裂く事でナイフの拘束から脱した猿飛は、そのまま迫る腕を合気道の要領で受け流した。


「なにぃ......? だがぁ......!」


 けれど、身体の造りが異なるのだろう。前に重心を傾けられたにも関わらず、強い体幹によって悪魔の足は踏み留まった。そのまま横をすり抜けようとした猿飛へ、再び腕を伸ばそうとする。


「最後の経費っす」


 だが、そんな悪魔の前に、無視出来ない物体が舞った。ナイフから脱出する際に取れかかっていた猿飛の指である。


 元々悪魔達が猿飛を狙っていたのは、彼を殺して糧とするため。そしてこの悪魔が遅れて現れたのは、自身の取り分が失われる事を恐れたため。


 目の前に転がってきたのは、まさに望んでいた取り分。悪魔の目が猿飛から指へと移る。


「油断大敵っすよ」


「うぬっ!?」


 すれ違い様に猿飛が叩き込んだのは、膝裏を狙った渾身の蹴り。悪魔からしてみれば魔力の籠っていない人間の蹴りなど、何の痛痒にもなりはしない。


 だが、いくら悪魔であろうと人型。どれだけ魔力によって強化されていようと、人体の構造から完璧に脱する事は出来ない。膝裏に刺さった衝撃は、悪魔を望まずしてその場に跪かせる事となった。悪魔の半身を、入り口へ留める事に成功したのだ。


「んじゃ、バイナラっす!」


 どれだけ短時間しか機能しない入り口だろうと、通過者が残ったままでは閉じられない。その隙を突いた猿飛が、悪魔を躱して暗い門の中へと身を投じていく。


「待っ......!」


 悪魔が手を伸ばすも、すでに猿飛は届かない場所へと走り去っている。その身のこなしは、まるで負傷を感じられないほどに軽やかだ。ここに来て悪魔は気付く、自分は嵌められたのだと。


 だが、全ては遅きに失した。傲りを隠さず弱者と疑わなかった強者と、最後までチャンスを信じて強者への対応を誤らなかった弱者。実に局所的な戦いながらも、この時に初めて日魔連は夢の国に勝利したのだった。

次回更新は5/23の予定です。

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