現世に張り付くとっておきの夢
「ボクがお師匠様から聞かせて貰ったのは、前大戦で夢の魔王が起こした悪事についてだよ」
「そうか。ラウラさんは前大戦を勝ち残った大戦勝者。夢の魔王なんて大物の情報なら、持ってない方がおかしいもんな!」
ニナからラウラの名を聞かされた翔は、期待から声を張り上げた。
かつて戦った選択のウィローのような国外代表と異なり、夢の魔王は一国を統べる絶対なる支配者である。
いまだに魔界の国家システムには謎が多いが、少なくともダンタリアは長年に渡って知識の魔王の座に付いている節がある。それと照らし合わせれば、魔王の代替わりなど早々起こるものではない可能性が高かった。
そして、ラウラは翔自身が言ったように、前大戦を勝ち残った大戦勝者。それも、ただ隠れ潜んで生き残った臆病者では断じて無く、実力で多くの悪魔を退けた真の悪魔殺しである。
その経験を語って貰えれば、何かと制約が多いダンタリア以上の情報が掴める可能性が高い。そうしてニナの情報を待っていた翔だったが、ふと、彼女が非常に申し訳なさそうな顔をしている事に気が付いた。
「その......先に謝らなくちゃいけないんだけど」
「うん? 何をだ?」
「お師匠様は夢の魔王を討伐こそしたものの、どんな魔法を使うかとかどんな戦法を好むかとか全く知らなかったんだ......」
翔達がニナから聞かされたのは、ラウラの行った無差別始祖魔法の連打について。そして、その攻撃以降に夢の魔王らしき悪事が止んだか討伐成功という、現代基準ではザルが過ぎる判断であった。
「つまり? ラウラさんは夢の魔王を討伐こそしたものの、魔法はおろか姿すら見ていない」
「分かっているのは、夢の魔王の犠牲になった人々の状態だけって事ね?」
「うん......」
「それにしても、バリエーションが豊かすぎんだろ。死因の遊園地か何かかよ......」
ニナが手に入れてきた情報は、過去に夢の魔王の手に掛かった犠牲者達の末路。普通なら死因から魔法を読み解く手がかりとなった筈であるが、いかんせん夢の魔王は死因へのこだわりがないらしい。
「不謹慎よって言いたい所だけど、溺死に焼死、餓死に転落死。病死に至っては、ありきたりな風邪から過去の伝染病まで盛りだくさん。確かにアマハラじゃなくても、このリストを見たら現実感が薄れてくるわね」
悪魔殺し達の前に開かれていたのは、年代物の古ぼけた手帳。どうやらニナの調査を手伝うために、ラウラが私物の中から探し当ててくれた代物らしい。
かつてラウラが庇護されていた母国の調査員がまとめた手帳らしく、その中には調査範囲内で起こった人間の死が事細かにまとめられていた。
「全部が夢の魔王の仕業とは、限らないんだよな?」
「うん。ほら、風邪で死んじゃった人とかは、かなりの高齢だったし。こっちの溺死した人は、実際にボートが転覆した事で湖に投げ出されてる」
この調査員が手帳に記したのは、あくまでも範囲内で起こった死について。その中には翔が指摘した通り、悪魔とは何の関わりも無く死期が訪れた住民だっていた筈だ。
「けど、明らかに不審な死が混じってる。当時でもトップクラスの実力だったラウラさんを派遣して、真偽を確かめようと思う位には不審な死が」
「ラウラさんが真っ先にニナへと伝えた内容だな。夏場の山で凍死。村のど真ん中で獣害。ワインセラーから何十メートルも落っこちた人。ここら辺はよっぽど計画的な犯行でもなければ、実行するのが難しい内容だ」
けれど、現世のルールに沿った死が混じる一方で、時折明らかにおかしな死因が手帳から顔を覗かせるのだ。
いくら夏場だろうと氷室に一晩放置されれば、凍死体を作り出す事は不可能じゃない。獣害だって死体の移動が可能であれば、それほど難しい問題にはならない。落下死体だって同じ内容で作り出す事は可能な筈だ。
だが、実現可能であるかと、実際に実現させるまでのコストには大きな隔たりがある。ましてや、これらの死者は、いずれも近所付き合いの深い村々から発見されたもの。よっぽど恨みを買っていない限り、ここまでの仕打ちを受けたりはしない筈だ。
「そうなると夢の魔王が関わっている事になるんだけど、皆はどんな魔法なら実現可能だと思う?」
ニナからの質問に、即応出来る者はいなかった。彼らは魔法の存在を知っているからこそ、魔法の不自由さも良く知っているのだから。
魔法とは自らの魂から魔力を抽出する事で発生する現象であり、魂に根付いた魔法であればあるほど、根源の確立が進めば進むほどに強力となっていく。
一方で、強力な魔法ほど多くの制約を抱えている事も多い。炎の始祖魔法が炎しか操れないように。陽光をレーザーとして撃ち出す始祖魔王が、晴れの天候下でしか発動出来ないように。
そうした縛りを知った上で、あらためて死因を確認する。そうすると、その一貫性の無さは全く的を絞らせてはくれない。どんな魔法でどんな効果があるのか、まるで見当が付かないのである。
「お師匠様は、死亡率の高さに注意しろとは言ってたけど......」
「確かに共通項にはなるけれど、それで魔法が絞れるかと言えば難しいわね」
「そもそも魔王の魔法を食らって、無事な一般人を探す方が難しくないかしら? ラウラさんって、そこら辺の感性は大丈夫な人よね?」
「えっ!? う、う~ん......少なくとも、ボクはすごく大事に育てて貰ったと思うけど」
「あの人の中じゃ、ニナはれっきとした家族だろ? 参考になるか怪しい意見だぞ」
あまりにも見当が付かないせいで、ラウラの感性にズレが存在するのではと邪推を始める悪魔殺し達。
本人が聞けばもれなく制裁の対象であろうが、幸いにもダンタリアほどにラウラの耳は広くない。悪魔殺し達は恐ろしき実力者の介入を気にする事無く、少なくとも自由な意見を戦わせる事は出来ていた。
「夢の魔王って言うからには、魔法に夢の要素が混じっているのは普通だよな?」
「そりゃ、そうでしょうよ。問題は夢にどんな形を与えれば、こんなに自由な死を生み出せるかどうかよ」
「その人が見ていた夢を、実体験させるとかはどうかな?」
「死体が寝床の近くに集中していたら、あり得なくもない話だけど」
「山や村のど真ん中じゃおかしいよね」
「えぇ。それに、当時は表の歴史も大戦の最中。夢を実体験させるにしても、戦争に関連する死因が一番多くなるんじゃないかしら?」
他者の夢を利用して攻撃をする魔法なら、確かにバリエーション豊かな死体を生み出す事は可能である。しかし、時は大戦の真っ只中。いくら要衝から離れた寒村であろうと、夢には銃や敵兵、爆撃機などが多く登場した筈だ。
だというのに、手帳を斜め読みした時点では、そういった近代的な死は皆無。むしろ不自然なほどに、そうした要素は除外されていると言えた。
「そっかぁ......夢の世界が侵略してきてるだけでも大変なのに、魔王の魔法が分からないのは怖いなぁ......」
それは何の気なしにニナが放った愚痴。特別な意図は欠片も無く、誰かの同調が得られればそれで良かった。
「......そういや、夢の魔王は創造魔法使いだよな?」
「何よいきなり。ここまで創造魔法使いである事を前提に作戦を考えてるんだから、それが崩れた瞬間に、あのしたり顔の魔王を討伐しに向かうつもりだけど?」
翔の言葉を、冗談か単純な確認だと思ったのだろう。マルティナも軽口交じりで、返答をする。
「違ぇよ! そういう意味じゃない! あいつが創造魔法使いって言うんなら、魔法も何かをゼロから生み出す筈だって思ったんだ!」
だが、翔は返答を期待して疑問を口にした訳じゃなかった。むしろ、その言葉は自身の持ち得る情報に、誤りが存在しないかの情報整理によるものだった。
「......確かに天原君の言う通りね。夢の魔王は創造魔法使いなんだから、攻撃も何かを生み出して行う筈。誰かの夢を再現なんて、契約魔法紛いの魔法はあり得ない」
「......見落としてたわ。創造魔法使いって情報だけで、魔法の形はずっと絞り込めてたんじゃない」
それは創造魔法使いの翔だからこそ、気が付けた視点だった。
創造魔法使いは、全ての魔法をゼロから生み出す必要がある。そして、生み出すのには恐ろしいコストがかかり、アイデンティティから逸れるほどにコストは重くのしかかっていく。
他者の夢を再現するなどという考えが、そもそもの間違いだったのだ。
どうして夢の世界すら作り出した魔王が、他者のアイデンティティで魔法を生み出す必要がある。そんな必要はどこにもない。必要なものは、全て魂に収められている。後は適切なタイミングで、現世に生み出すだけでいいのだ。
「俺に世界を生み出す感覚は分からねぇし、世界を現世に浸食させる感覚も分からねぇ。けど、もしもそれが可能なんなら、悪夢そのものを現世に顕現させる事も可能なんじゃないか?」
もしも夏の山で凍死した男が、冬山で遭難する悪夢に囚われたら。もしも村で暮らす男が、腹をすかせた猛獣の悪夢に囚われたら。もしも地下のワインセラーに降りようとしていた男が、高空から落下する悪夢に囚われたら。
現世が記憶しているのは、短時間の世界の歪みだけ。此度のような奪い取る意志でも無い限り、後には世界を行き来してしまった犠牲者の死体だけが残される事となる。
「そうだ! お師匠様が言ってた! 世界持ちの創造魔法使いは、世界同士を繋げる窓や扉を生み出すって! そこから自分に適した環境を引っ張り出して、戦うんだって!」
ニナの声が同調するように、翔の意見を補完する。ありとあらゆる悪夢を、現世に生み出す魔法。世界の創造者にふさわしき、強大で凶悪な魔法と言えた。
次回更新は4/25の予定です。




