戦士と神職の視点から
「さて、それじゃあ情報共有といきましょうか」
それぞれが別々の方向で努力を重ねていた翌日。凛花を除いた悪魔殺し達は、放課後に日魔連事務所へと集合していた。
凛花は魔法の発動すら覚束ない未熟者であり、なおかつベロランナのスタンスが確定していないために詳細な情報共有から除外。そして、麗子はそんな彼女の指導をするために、席を外している。
加えて大熊は日魔連本部へ足しげく通い詰めており、事務所へいる時間の方が短い有様。そのため、会いに行くつもりが無ければ顔を見る事はないダンタリアを抜きにすれば、事務所にいる人間は悪魔殺しの四人だけであった。
「収穫が少ない俺から話させてくれ」
昨日の放課後を使って、翔以外の三人が、それぞれの立場から情報を得ようとしていたのは分かっていた。そして、それに比べて自分の収穫はゼロ。
翔は後からガッカリされないように、真っ先に発言の機会を得るために声を上げたのだ。
「前置きの時点で、大体どんな状態かは察せたけどね」
「......うるせぇな。けど、事実だから否定しようがねぇ。昨日の時間で結界を維持する訓練をやってみたけど、ぶっちゃけかなり苦しい。対策を練られたら、麗子さん一人でも相手にするのが難しかった」
麗子の主導で行われた結界の維持訓練は、まさに散々な結果だった。
翔は悪魔の結界突破を恐れて、普段以上に結界の維持に注意を割きすぎてしまった。そんな彼を見透かしたように、時折麗子から飛ばされる攻撃。
昨日はただの小石故に、痛い以上の感想が出る事は無かった。しかし、あれを悪魔の攻撃に置き換えれば、翔はどれほどの手傷を負った事か。良くて生傷。悪ければ致命傷。さらなる仕事が待っている中で、この結果は苦しいとしか言えなかった。
「つまり、内向きの変化魔法使いを投入され始めたら、世界を取り戻す所か結界の維持すら難しいって訳ね」
「......そうなる」
仲間である悪魔殺し達は、翔の用いる擬井制圧 曼殊沙華の特性を理解している。
高密度の魔力を空間に充満させる事で、翔以外の魔力から繰り出される魔法現象を阻害する。ただし、彼の潜在意識が同士討ちを忌避したためか。生物の体内にある魔力や、魂そのものに危害を加える事はない。
この性質のおかげで仲間達も、変化魔法や一部の契約魔法は結界内部で発動が出来る。だが、これは裏を返せば、敵も同じ事が可能だということだ。
夢の魔王が優秀な指導者であれば、特性を理解すると共に変化魔法使いをこれでもかと投入してくるに違いない。そして、術者である翔へと、一斉に攻撃を敢行するに違いない。
そうなれば翔は十全に魔法の発動は出来ても、仲間達は中途半端なサポートしか出来ない状況が生まれてしまう。圧力に押し負けて彼が結界外に出てしまえば、夢の世界を止めるための対抗手段が失われるのと同義だ。
「やっぱり、結界の発動も世界の引っ張り合いも翔に任せてるのが、すごく良くないよね。ねぇ、姫野。日魔連の力で、どうにか結界だけでも外注出来ないかな?」
世界を取り返す前段階から、足踏みをしているのだ。そもそも翔に全てを委ねている状況をどうにか出来ないかと、ニナが姫野へと問いかける。
「そうね。その内容も含めて、私の調査内容を伝えたいと思うわ」
対する姫野は良い機会であると、次なる報告者の役を買って出た。
「うん。お願いするよ」
「まず、結界の外注に関しては、大熊さんの方で手配が可能か試している所よ」
「あっ、もう動き出してたんだね」
ニナが納得したように頷いた。
「そして、今回の大災害で一番の被害者となった神祈派だけど、中央の有力者がまとめて何らかの精神汚染を受けている可能性が高いわ」
「へぇ。内容は?」
そして、続く姫野の情報提供によって、マルティナの目が鋭く光った。
「こう言ってしまっては失礼だけど、立場を高めたいと願っていた方々が、揃って次代の長就任から身を引いているの。神祈派は例えるなら、派閥の中に無数の思想が入り乱れる組織。誰が長になるかによって、その後の扱いは天と地ほども差があるって聞いたわ」
「八百万信仰の弊害ね。まぁ、そのおかげで違和感を拾い上げられたのだから、悪く言うのは止めておきましょうか。それで? 具体的な魔法に目星は付いているの?」
ここまで事態が進んでしまえば、魔法使い数十人の精神汚染など可愛いもの。むしろマルティナが言いたいのは、それが自分達に向けて発動が可能かどうかである。
もしも安易な条件で発動してしまう契約魔法であれば、翔を矢面に立たせる事自体が間違いへと変わる。さらに正体も分からないとなれば、悪魔殺しを投入する事自体が致命傷となってしまう場合がある。
正気を失って夢の魔王を信奉するようになった悪魔殺し達が、揃って日魔連へと牙を剝くのである。そんな最悪が起こってしまえば、良くて日本魔法組織の崩壊。悪ければ日本そのものの崩壊へと繋がりかねないのだから。
「えぇ。不幸中の幸いだけど、有力者の方々はいずれも長である風祝様に呼び出される機会があったみたい」
だが、幸いな事に姫野は、相手の手腕がどういったものか把握していた。
「どういう事?」
「それが、現人神に昇格した風祝様から、力を分け与えて貰っていたみたい」
少数をテリトリーに呼び込んで、ゆっくりと組織を塗り替えていく手段を聞いていたのだ。
「人が......神に至る? いつの時代の話よ、それ。そもそもカゼハフリなんて聖人の名前は聞いた事も無いし、直近で崇められる程の功績を残した日本人の話も聞いてないわ。カンザキも神職の出なんだから、上がるルールくらい分かっているでしょ?」
マルティナが侮蔑の入り混じった困惑顔をするのも無理はない。彼女とて、国は違えど神を信奉する聖職者。人が神に至る伝説の希少さは、同じ様に熟知しているのだから。
「えぇ」
そして、それは姫野も同様だ。だから彼女も、最初は何のために見え見えの嘘をと考えた。
しかし、一晩経った事で、姫野の頭に一つの可能性が芽生えていた。バカバカしい真っ赤な嘘であるからこそ、より無警戒で人を呼び込む事が叶ったのではないかと。
「なら......あぁ、だからって事?」
「そう。荒唐無稽な話だからこそ、長が口に出す事は重いわ。例え夢の魔王に魂を蹂躙されていたとしても、口に出してしまった事実は消えない。ましてや、そんな畏れ多い内容で偽りを口にするようなら」
「神罰を畏れて、永遠に口を閉ざそうとした忠義者がいくらか。長が口にしたのだからと、半信半疑で向かうバカがいくらか。そして、そこまで容態が悪化したかと、派閥内政治のために様子を見に来る政治家がいくらか」
敵対者の呪いか悪魔の仕業か。神祈派の者達に見破る力は無かったであろうが、長が弱り切っている事実だけは疑いようも無かった筈だ。
そんな状態で、自らを神へ至ったと長が自称したらどうなるか。
神罰の恐ろしさ真に理解している有能な者達は、我先にと風祝に引導を渡しに寝所へ突入した事だろう。風祝の派閥に立って彼を支持する者達は、おこぼれに釣られて尋ねたのだろう。
そして、代替わりをスムーズに終わらせたい政治屋は、死期を確かめるために彼の下へと向かったのであろう。
「えぇ。後は糸を伸ばすように、ゆっくりと全体を絡めたられたんだと思う」
「質も悪いし、胸糞も悪い話だな」
平凡な内容だったのだとしたら、全てを絡め取る事は叶わなかったかもしれない。けれど、あまりにも常軌を逸した内容だったからこそ、多くの人間を呼びこんでしまった。そして、満遍なく全ての有力者が絡め取られる事となった。
「悪魔なんて、大多数がそんなものよ。いいわ。それを真実のベースとするなら、少なくとも出会い頭に思考を塗り替えられる可能性は低そうね。カンザキ、情報収集ご苦労様」
すでにマルティナの脳裏にあるのは、自分達が精神汚染に見舞われるかもしれない危機感だけ。加えて、その可能性が低いと判明したのなら、すでに有力者達への興味も薄れつつあった。
マルティナは悪魔殺しであると同時に、神へと祈りを捧げる聖職者だ。そして、その中でも最も過激な悪魔祓いに属してるのだから、悪魔の仕業とて神に背いた者の末路を知っていた。
神は敬虔な信徒に救いの手を差し伸べる事もあるが、その分だけ裏切者に対して容赦がない。今の時点で神罰が発生していないのは、偏に精神汚染のままでは後悔に繋がらないであろうから。
神は信仰を糧とする。故に、糧を利用しようとする者に容赦がない。長年の信仰があろうと、深き信仰があろうと関係ない。そんな人間の物差しで計れるほど、神の意志は単純では無いのだ。
「出来れば、もっと確度の高い情報を手にしたかったのだけど」
「それでトラの尾を踏んで、準備不足のまま最終決戦になったらどうするのよ。相手が鬱陶しく思いつつも、払い除けれない絶妙な距離。その距離で情報が仕入れられたんだから、反省の前に喜びなさい」
もちろん、この場で神罰の実態を口に出すほど、マルティナは愚かではない。そして、常識が欠如している部分はあれど、姫野も口に出してはいけない内容はわきまえている。
無言の同意の中で、真実は神職に就く二人の心に収められた。家族や親友以外の不幸を他人事と割り切れるニナと異なり、優しい翔は心を曇らせる事に繋がったであろうから。
「......分かったわ」
「ちなみに、情報はこれで全部ね?」
「えぇ」
「じゃあ次は、ボクの方から報告してもいいかな?」
姫野の話が終わったタイミングを見計らって、今度はニナが手を上げた。
「そうね。お願いしようかしら」
「分かった」
マルティナの返事に続くように、ニナからの情報提供始まった。
次回更新は4/21の予定です。




