烏合の軍と束ねる実力者
ただ日常生活を過ごしているだけでも、人間が許容出来る環境の狭さはよく分かる。暑ければ汗が零れだして脱水を誘発し、寒ければ末端の四肢が凍り付く事がある。空中や水中に準備も無いまま投げ出されれば、その末路は言うまでもない。
ちょっとした環境変化だけでも、人間の体調を崩すには十分なのだ。マグマ沸き立つ火山や、南極大陸に等しい極寒。そんな環境を即座に創り出せるなら、その魔法はまさしく悪夢以外の何者でもない。
「......想定は大事だけど、過大評価で足を竦ませてたら本末転倒よ。夢の魔王が振るう魔法については、かもしれないで済ませておきましょう」
議論がマイナス方面に傾きつつあるのを察したのだろう。これ以上の想定は不要だと、マルティナはムリヤリ会話を打ち切った。
いつもならこの行動に対して、翔辺りが強引すぎると反論を上げていた事だろう。けれど、彼を含めた悪魔殺し達は、マルティナを非難しなかった。むしろ、感謝すらしていた。見えない敵に呑まれかけていたのは、紛れもない事実だったのだから。
「じゃあ後は、マルティナの情報か?」
翔が気を利かせて、次の話題へと会話を転換しようとした。
「そうね。と言っても、こっちはこっちで鵜呑みにするのは危ない情報源なのだけど」
「どういう事?」
それに便乗したマルティナは、ゆっくりと話し出す。過去の彼女なら絶対に相容れなかった情報提供者からの、無視出来ない貴重な話を。
「だって、私が話を聞いたのは、ハプスベルタからだから」
「はっ? ハプスベルタ......?」
この場にいる悪魔殺しで、その名を知らぬ者はいない。なぜなら、彼女は直近のベリト討伐戦において、魔王でありながら肩を並べて戦った相手なのだから。
直情的で快活。かといって、邪悪な悪魔を彷彿させる腹芸を苦手とする訳でもない。まさに、悪魔の中の悪魔。魔王と呼ぶにふさわしい存在であると言えた。
そして、魔王である事から分かるように、ハプスベルタの所属は悪魔陣営。利害の一致で共闘こそしたものの、彼女も彼女で邪悪なる野望を内に秘めているのは間違いない。
故に、鵜呑みにするのは危ない情報なのだろう。
少ない話し振りからでも、ハプスベルタが永く魔王を務め上げている事は分かっている。そんな彼女から提供されるだろう情報は、ダンタリアからのものと比べても遜色無いに違いない。
だからマルティナは話す事を決めたのだろう。敵対陣営の親玉でありつつも、強者へは最大限の礼を以て接するハプスベルタの心持を。
「文句を言いたくなるのも分かるわ。けど、まずは話を聞いて欲しいの」
「......そりゃ、聞かないとは言ってないけどよ」
どうやってハプスベルタと親交を深めたのか。そもそも、姿をくらました彼女と、どうやって連絡を取ったのか。これから話されるだろう情報以外にも、聞きたい事は山ほどあった。
だがやはり、優先順位の高さは直近に迫る夢の魔王との戦いだ。それ以外の情報については、戦いが終わってからでも遅くない。若干の歯切れは悪くなりつつも、翔はマルティナの話を聞く事に決めた。そんな彼に続くように、残った二人も無言で頷く。
「ありがとう。それじゃあ話に移らせてもらうけど、私が手にした情報は、夢の魔王が率いる軍団についてよ」
「実際に戦闘の中心になるだろう相手か」
夢の魔王については、少なくとも輪郭を掴む程度の情報は入手出来ていた。けれど、確かに立ち止まって考えれば、夢の悪魔達についてはほとんど知らないと言っていい。
「継承様の話によれば、契約魔法と内向きの変化魔法が得意なのだったかしら」
精々がダンタリアの話に出てきた、契約魔法と内向きの変化魔法を得意とする国くらいであろう。これまでの事前準備を思い起こせば、それだけで悪魔と対面するのは非常に危険な事は間違いない。
「そう言ってたね。でも、だからって国家の強い方針でもない限り、全ての悪魔が大別出来る訳では無いと思う。だって、聞く限りの魔界は、とにかく無法地帯って印象が強いんだもの。特定の魔法大系に傾けすぎれば、簡単に国が侵略されちゃうよ」
加えて五大魔法大系は、どの魔法にも明確な欠点が存在する。契約魔法と変化魔法を優遇するばかりでは、同じく契約魔法使いの大軍団に攻め立てられれば窮地に陥る事となるのだ。
内向きの変化魔法使いばかりでは、相手術師に届く前に条件を踏み抜いてしまう。残った契約魔法使いだけでは、お互いに決定打に欠ける。そして、いつまでも外敵を排除出来ない体たらくを晒せば、必ずやさらなる外敵の侵攻を招くであろう。
国家であるからには、偏ってはいけない。仮に魔法大系に偏りがあるのなら、苦手とする魔法大系への対抗魔法大系を優遇しなければいけないのだ。
「えぇ。だから私は、ハプスベルタから軍の詳細を教えてもらったの。夢の国の軍隊は、数体の側近と近衛兵団。そして、多数の遊軍によって組織されているわ」
「側近と近衛ってのは分かる。けど、遊軍って何だ? 軍ってのは名前だけで、ほとんどは個々の悪魔の裁量に任せてるのか?」
側近と近衛兵団だけであれば、勉強嫌いの翔でも理解出来た。つまりは魔王が絶対の信頼を置く幹部が側近であり、恐らくそれらが率いるのが近衛兵団なのだろう。
しかし、遊軍となると、途端に話が難しくなる。言葉通りに受け取るのなら、臨機応変に柔軟な立ち回りを示す軍を差すのだろう。
だが、それにしては遊軍の枠が広すぎる気がする。普通の軍隊であれば近衛兵団と遊軍の他に、もう少し組織の名前が連なるものだ。これでは近衛兵団が恐ろしい数の大軍隊か、大多数が勝手気ままな動きを行う遊軍でなければおかしいのだ。
「えぇ。アマハラの意見が正解よ。ハプスベルタ曰く、夢の国はとても規律が緩い国らしいの。所属さえしてしまえば、よっぽどの反逆行為以外は大目に見てもらえるほどにね」
「じゃあ、遊軍っていうのは」
「そう。夢の魔王の指示には、必ずしも忠実とは言えない者達。もっと分かりやすく言えば、魔王に忠実な軍隊は近衛兵団しか存在しないの」
「......おいおい。それで、まともな国って言えるのかよ」
「言えないと思う。でも、言い換えるなら、そんな状態でも長らく国家が維持されてきたとも取れるよね?」
どんな国家でも、他国や無所属の悪魔からの襲撃は脅威だ。
もしも致命的な場所まで侵攻を許せば、根源という名の国名変更が行われる場合もあろう。そうなれば元いた悪魔達の末路など、とても明るいものとは言えなかろう。
だから大抵の悪魔達は国家に忠実であるし、国家の敵には一丸となって打って出るのだ。そうしなければ自身らの存在すら、危ぶまれる立場へと早変わりするのだから。
だが、夢の国は違う。異なる国家間同盟に属するハプスベルタが言い切るのだ。かの国の遊軍は、本当の意味で遊軍である。遊びで組み上げたとしか思えないような、幼稚で惰弱な軍であると。
「えぇ。夢の国は、優秀な側近達と近衛兵団だけで成り立っている。ここさえ崩せば、後は自重で崩壊を起こすとハプスベルタは言い切っていたわ」
「でも、それだけ弱点が見え透いているなら、長所もそれだけ強固という事よね?」
「えぇ。小競り合いなら、夢の国に敗北する国の方が珍しい。だけど、本土への侵攻戦となると、途端に精強な軍隊に変わる。ハプスベルタが率いる剣の国ですら、割に合わないと判断するほどに」
マルティナの話す内容は、悪魔殺し達に希望と不安を同じだけ振りまいていた。
希望はもちろんながら、国家に属する大多数の悪魔と連携が取れていない事。単純な共闘に情報連絡、連携が出来ない事で生まれる弱みは数えきれない。
この戦いで悪魔殺し達が恐れているのは、翔の張った結界の特性が即座に看破されてしまう事。しかし、これならば相手が本腰を入れるまでは、突破される確率も低いと言えるだろう。
そして、不安ももちろんながら、側近と近衛兵団について。
悪魔殺し達には、悪魔が興した通常の国家が擁する戦力の総数が分からない。同時に、夢の国で戦力としてカウント出来る悪魔の数も分からない。
だが、ハプスベルタは大多数を遊軍と呼んだのだ。ならば言葉から予測するに、夢の国は半数以上の役立たずを抱えながら、それでも国家を守り抜けるだけの戦力を有していると言える。
そんな戦力が本気を出したら。ましてや、側近の悪魔達が指揮を執り出したら。世界の違いによる弱体化など感じられないほどの、大きすぎる脅威となるのでは。
誰しも口にはしなかったものの、その予測に辿り着かなかった者はいなかった。
「ラッツォーニさん。凡百様は側近達については、何か伝えてくださらなかったの?」
無言の間を取り持つかのように、姫野がマルティナへと重要な質問を行った。
悪魔の有する根源魔法は、いずれも知った上ですら大きな脅威となる。そして、今回の戦いは悪魔との連戦。一体でも魔法を紐解けていれば、その苦難は大きく減じられる事となるのだから。
「......お情けか期待かは分からないけど、一体だけ随分と具体的な説明をしてくれたわ」
なぜか若干の歯切れの悪さを残し、マルティナは肯定する。
「それは?」
「......真名は導入。立場は夢の魔王の最側近。操る魔法の名前は、夢送りの柵越え。あらゆる感覚で導入を認知するほどに、幻覚が感覚を支配していく契約魔法よ」
「はっ......?」
翔は思わず聞き返した。マルティナから飛び出した情報は、悪い冗談と笑い飛ばしてしまいたくなるほどのものだったから。
「もう一度言うわね。見てならず、声を聞いてもならず、発する魔力を認識してもいけない。認識してしまう毎に感覚を幻覚で支配されていき、いずれは夢と現の境界すら分からなくなる。それが私達の打倒すべき、悪魔が有する魔法なのよ」
だが、そんな事はお見通しだったかとのように、マルティナはより詳細に情報を告げた。
その情報が指し示しているのは、夢の魔王の最側近にふさわしき力量。そして、少数精鋭で国家を守れるのが、不思議ではないと思わせる説得力。
ハプスベルタは確かに、お情けか期待を込めて情報を伝えてくれたのだろう。だが、この情報には警告の意味も込められていた筈だ。夢の国における側近が、どれほどの実力者かという警告が。
次回更新は4/29の予定です。




