25話 4月13日 魔法授業…と残念な子。
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ディアナが所属する特化クラスは、朝から異様な熱気に包まれていた。
今日は、学園に入って初めての魔法授業の日。
学園名に魔法とついているのだから、さぞかし実のある授業が行われるのだろう。
ディアナのクラスメイトは、ほとんどが貴族なので、みんな小さいころから、それなりに魔法の基礎は勉強してきたのだろうけれど、在学中の三年間は、特に能力が上昇する可能性が高いので、期待が大きいのだ。
ディアナもまたその一人で、自分の持つ力を、最大限まで引き伸ばす足掛かりが欲しいと思っていた。
………今日から半年間で。
だって、しかたないのだ。ディアナには、他のクラスメイトみたいに、三年間だっぷり勉強する余裕があるわけではない……かもしれないのだ。
半年後には、おおぶたさんのお腹の中にお引越ししているかもしれない運命のディアナ。
ゆえに時間は無駄にできない。一分たりとも。……とか言うわりには、何かと物思いにふけったり、落ち込んだりする時間が長かったりする気がしないでもないけれども。
……そこは、まあ、年頃のおんなのこですから。思春期ですから。いろいろ悩んだりもするのですよ。
ディアナは、うんうんと心の中でうなずきながら、空いている席に座る。
クラスはあれど、席は特に決まっていないので、好きな場所で授業を受けることができるのだ。
今日は、ちょうど空いていたので窓際の後ろの席を選んでみた。前世知識的には、内職するとあっさり先生に見つかる場所だ。
内職するなら一番前の席がいい。しかもど真ん中。教卓に机をぴたりとつけると、先生から死角になり、ばれにくくなるらしかった。
その証拠に、授業が終わり、起立礼をしたあとで、はじめてみのりのノートのらくがきを見た先生が、「気づかなかった~…!」とひどくショックを受けた様子でつぶやいたのだ。
先生は、教卓の上の教科書を片付けると、そのまま出て行ってしまったので、みのりが叱られることはなかった。
ただ、ちょっと丸まった背中から、そこはかとない哀愁を感じたのを覚えている。
でも、みのり的にはしかたなかったのだ。だって、数学苦手だし。聞いててもよくわかんなかったし。
聞いても理解できないことを一時間聞き続けるよりは、自分が楽しくなることをする。それがみのり流なのだ。
……ただ、やみくもに授業を放棄していたわけではないんだよ。うん。………たぶん。
ぼんやりと教卓をながめながら、前世の出来事を思い出していたディアナのとなりから、かたんと音がした。
どうやら誰から座ったみたいだ。
一応あいさつくらいはしておこうと、ディアナが視線を向けると、ストロベリーブロンドの髪が見えた。
「……」
その髪の色が許されるのは、おそらくフロンド王国で、いや、この世界でただひとりきり。
ヒロイン、ファルシナ・オランジュだけだ。
「おはようございます。サルーイン様」
はずんだ声であいさつしてくるファルシナに、ディアナもちょっとつられて元気に答える。
「おはようございます。オランジュさま」
「ちょうどおとなりの席が空いていたようなので、座っちゃいました」
ファルシナは、いたずらっ子のようにちょっと肩をすくめ、にこっと笑った。
かわいい子がする茶目っ気あるしぐさは、やっぱりかわいらしい。
……なんかかわいすぎて、もはやまぶしいレベルだよ。きらっきらだよ。
ゲームのスチルで、同じように笑っているのを見たけれど、目の前でじかに見せられた時の衝撃とは、まさしくくらべものにならない。
……そうか。そりゃあ、こんなまぶしい笑顔を惜しげもなく向けられたら、婚約者がいたってイチコロに落ちてしまうかもしれないね…。
しかもその婚約だって、家同士の繁栄のために決められたもので、自分の意思なんて砂のかけらほども入っていないのだから。
本物は、偽物にはかなわない。そういうことなのだろう。
……いいなあ。顔がかわいくて性格もいいヒロイン。わたしもあやかりたい。一緒にいたらすこしは……。あいや、結局引き立て役になるだけか……。
それでも、「一緒に授業受けてもいいですか?」と、かわいらしく聞いてくるヒロインにいやされてしまう自分は、すでに終わっているのではないかと思うディアナだった。
やがて、ディアナたち特化クラスの担任で、魔法講師でもあるジョアンヌ・サリーバン先生による、魔法講義が始まった。
初めての授業ということで、魔法とは何ぞや、という基本的な内容から説明される。
「魔法を使うには、まず、体内にある魔力を使って、霧散する魔素を集める必要があります。魔素には、炎、水、風、地、光、闇の六種類があるとされていますが、闇魔法に関しては、これまでに人類が会得できたと言う情報はありません」
そうそう、情報はね。ディアナはこくこくとうなずく。
「闇魔法は、魔物の中でも、力のある者が習得できるとされています」
ディアナはうなずく。
……そう。たとえば、悪役令嬢たちをがじごじと食べてしまう、こわいぶたさんとかね。
けれどもゲームの中では、その闇魔法を、悪役令嬢Aは習得していたのだ。
人間の間では禁忌ともされている闇魔法を、Aがどうやって得ることができたのか。それは、ゲームの中でも明かされていなかったと思う。
もっとも、前世の記憶があるとは言え、いつどこでどんなイベントが起こる、なんて、鮮明に覚えているわけではないし、そもそもみのりは、攻略者全員をプレイしたわけではない。
クリアまで行ったのは、ロナンド、クライヴ、ライル、マリス、ヨハンネスで、それもハッピーエンドしかプレイしていないし、逆ハーレムルートなんて、ちょこっと手をつけたくらいの記憶しかない。たしか、クリアはしていないはずだ。
逆ハーレムルートをプレイし始めた時は、攻略者全員に愛されるなんてお得! とか思っていたような気がするのだけれど……途中であきてしまったのだろうか。そのあたりの記憶は定かでない。
「……魔素を集めるには、その属性の魔素を感じられなければなりません。大抵の方は一種類。多い方でも二種類がほとんどです。そしてその素質は、生まれた時からほとんど決まっているとされています。ただ、今年の特化クラス……みなさんのように、もともと体内に多くの魔力を秘めている方は、訓練をすれば、他の属性の魔素も感じ、ある程度使うこともできるようになります。たとえば、野外泊を余儀なくされた時、水の魔法が少しでも使えれば飲み水に困りませんし、炎の魔法が使えれば、コップに注いだ水をお湯にできます」
そう。炎と水の魔法は何かと便利だ。ディアナは地の属性しか持っていないので、この機会に取得できればと思っている。
「………、………。…このように、魔法はとても役に立つものです。けれど同時に、他者の命を難なく奪うことができる能力なのだという、自覚を持った上で行使してください。では、これよりいったん休憩に入ります」
そう言って、サリーバン先生は、きっちりまとめたお団子頭を下げ、教室を出て行った。
授業が終わり、数人の生徒が大きく息を吐いた。またある者は椅子に背中をあずけ、ある者は、疲れた顔で机にへばりついている。初めての魔法授業が終わり、気が抜けたのだろう。
ディアナも、窓側の壁によりかかり、ほう、と息をつく。自分で思っていたよりも、気合を入れて聞いていたようだ。
「ちょっと緊張しましたね~」
どうやらヒロインも同じ思いだったらしい。けれどもすこしちがうのは、さわやかな笑顔を見せているところだ。
……さすがヒロイン。笑顔は常にデフォルトか。
ディアナは、ちょっとおかしなところに感心しつつ、ヒロインの話にうなずいた。
「見ろよ。これが、俺の魔法学園入学に合わせて作らせた短剣だ!」
突然、教室中に届く大きな声がした。
ディアナとファルシナは顔を見合わせ、互いの表情からちょっと気になっていることを察すると、同時に声のした方へ顔を向けた。
声を発した生徒は、ディアナよりも後方の、真ん中の席にいた。
机の上に腰を下ろし、手に持つ短剣をもう一人に見せびらかしている。
「すげーだろ? この辺に、炎の魔石を大量に埋め込むように、俺が指示を出したんだ」
「へえ~! ダミアン様がデザインしたんですか、すごいですね~!」
「そうだろそうだろ? お前なら、この短剣の価値がわかると思っていたぜ、コルネリス」
「光栄です! ダミアン様!」
どうやらその短剣は、柄頭から鍔までの部分に、すきまなく赤い魔石が埋め込まれているようだった。
……ええと。グリップの部分が魔石で埋まってでこぼこしてるねえ……。あれって、剣を握る時にごつごつして邪魔じゃないのかなあ? ……んでも、あの剣は、ダミアンて人が自分でデザインしたんだから……。心配なんてよけいなお世話かな。うん、きっとそう。ごめんなさい。
短剣を握るダミアンは、つんと上を向いた鼻とそばかすが目につく少年で、瞳の色は暗めの茶色。
ダミアンの傍に立ち、短剣を褒めちぎるコルネリスは、つぶれたような一重まぶた。その奥に小さく見える瞳は暗めの黄褐色だ。
能力的に、魔力の才能があるのはどちらなのか、ディアナにはよくわからないけれど、コルネリスが敬語を使っているところからして、爵位的には、ダミアンと呼ばれる少年の方が上なのだろう。
「グリップにまで魔石が埋め込まれているみたいですね。……手が滑りそう」
「ですよねー」
ファルシナの言葉に、思わずうんうんとうなずいてしまうディアナ。
「せっかくだから、お前に少し見せてやろう。この魔剣の力を…!」
……え、こんなところで?
教室で火を熾すのかとちょっと不安になったディアナだったけれど、まあ、剣先に火がともるくらいなら問題ないか。と考え直す。
けれど、ディアナの心配は、杞憂に終わらなかった。
ダミアンが振りかざした剣の先から発生した炎は、まるで、花火が暴発したかのような激しい音を立てて燃え上がり、天井を焦がす。
「うわああああああ!!!」
成人男性の身長ほどもある炎の柱が、自分が振るった魔剣から出たことに驚いたのだろう。
ダミアンは、完全に我を失って、ぶんっ、と魔剣を薙いだ。
それまで天井を向いていた剣先が横に倒れると、剣身をおおう炎は、ごうごうと激しく燃え盛りながら、ダミアンの斜め前に座っている少女―――パメラ・オルヘルスの方へと向かって行った。
「!」
このままではまちがいなく、少女の体に炎が届いてしまう。
そう思った時、ディアナは無意識に炎と少女の方へ駆け出していた。
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次回更新日は、11月15日です。




