26話 4月13日 ヒロインて意外と…なの?
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自分に向かってくる炎を見て息を飲む、胡桃色の髪の少女に、ディアナは手を伸ばし、彼女へとおおいかぶさる。
「きゃああああああああああああ!!!」
女子生徒のつんざくような叫び声を背中に聞いて、ディアナは、あれ。これもしかして、わたし大怪我するやつ? とか思ったけれどももう遅い。
かばうにしても、もうすこしマシなやり方はなかったのだろうか。うんうんと考えるディアナの肩から腕に、熱が当たる。
「……!!」
じゅう、と肉の焼ける音がする。
……え、いや。何かいや~な音なんですけど。それに体熱いし痛いし。でも、炎の大きさの割には、体の被害が少ないような?
もっと背中全体が焼かれるかと思っていたのだけれど、痛みを感じているのは、最初に熱が当たったところだけ。
……あれあれ?
ディアナが、痛みに歯を食いしばりつつ首をかしげていると、ふっと、痛い部分にあたたかいものが当たった。
あたたかい何かが、傷の部分をおおうように広がって行くにつれ、ディアナの体から痛みが消えて行く。
………んー?
「男性はサルーイン嬢から離れて、後ろを向きなさい!」
鋭い声が飛ぶと同時に、服が擦れる音や、遠ざかる足音が聞こえてくる。
やがて、体の痛みがほどんどなくなると、ディアナの肩に、布のような物が掛けられた。
「大丈夫ですか? サルーイン様?」
心配そうに声をかけて来たのは、ヒロインファルシナだ。
ファルシナは、いたわるようにディアナの腰に手を当て、様子をうかがおうと顔をのぞきこんでくる。
「あ、はい。……大丈夫…みたいです」
ファルシナの言葉に、痛みのなさを再確認し、ディアナはうなずいた。
すると、ファルシナは、ほっと、花のほころぶような笑顔を向けてきた。
「よかった……。よかったです、サルーイン様」
「……!(はうっ!)」
……半端ない…! ヒロインの笑顔、やっぱり半端ないっ!
ヒロインの背後に点描すら見える。ディアナは、ちょっと顔を赤らめて、こくこくうなずいた。
「あれ、でもわたし、さっきやけどしたはずだけど……」
思ったほどではなかったとは言え、確かに肉が焼ける音はした。じうっと。
それなのに、まったく痛みを感じないなんて……あ。
ディアナは、ふと思い出した。
そうだった、ゲーム『イリュージアの花』のヒロインファルシナの魔法属性は、光。
光属性の効力は、魔物の殲滅、汚れた場所の浄化、痩せた土地を肥沃な土地にするなど、他の属性と比べると多岐にわたる。
その中でも、一番重宝される能力が、怪我や病気を治す回復魔法だ。
ゲームのヒロインファルシナは、魔物討伐などの戦闘イベントで、傷を負った仲間を癒していた。
なら、実在のファルシナも、回復魔法を使えて不思議ではない。
……そっかー…。ケガを治してもらって、その上、点描笑顔を見せられた時には、そりゃあ、好きになっちゃったりもするよねー…。そうだよねー…。
ゲームの攻略対象者たちの気持ちが何かわかってしまい、ディアナは心の中でうなずくのだった。
納得したところで、ディアナは腕に手を当て、ヒロインに向かって問いかけてみる。
「ケガ……、オランジュさまが治してくださったのですか?」
「はい。うまく傷が消えたみたいで、よかったです」
「ありがとうございます。オランジュさま」
「それなら、シャブリエ嬢にもお礼を。シャブリエ嬢が、炎を小さくして下さったおかげで、治すケガが小さくなったのです」
「え…」
その名前を聞いたディアナは、思わず目を見開いた。
……だって、シャブリエさまって……。
大きく開けた瞳を、そのまま教室にさまよわせると……炎の魔剣を持ったまま、がちがちに震えるダミアン・ニーラントの姿が。
……って、きみはとりあえずどうでもいいから。だって、きみ、ちゃんと授業聞いてた? さっき、サリーバン先生が、魔法はとても役に立つけれど、同時に他者の命を簡単に奪えるんだから、自覚を持った上で行使してください、って言ってたよね? ね? 言ったよね? 聞いてた?
治ったとはいえ、一分ほど痛みに苦しんだのだから、すこしくらいは許されるだろうと、ぎろんとダミアンを睨みつけておく。
まあ、目の焦点が合ってもいないダミアンには、まったく見えていないだろうけれど。
それでも、すこしは気が済んだので、ディアナは、今度こそ、恩人を探すために目を動かす。
――――――いた。
ダミアンと一緒にがちがち震えている、コルネリス・フェンデ…ただ、彼に関しては、橙色の髪がすこ~しこげているので、怖がるのも当然かもしれない…、そのコルネリスのそばで、凛とした佇まいを見せている、アルテア・シャブリエ。
ゲームで言うところの、悪役令嬢A嬢だ。
ディアナがアルテアに視線を向けると、アルテアは、冷たい印象を受けるつり目を、ふっとやわらかく細めた。
どうやら、先ほどディアナがダミアンに向けた、ぎろん睨みを見られていたらしい。
「………」
ディアナは、ちょっとバツが悪くなって、肩を縮こませながら言った。
「助けていただき、ありがとうございました。シャブリエ嬢」
すると、アルテアは、静かに首を振る。
「いいえ。わたしは、大したことはしていません。サルーイン嬢、制服の替えはありますね?」
「あ、はい。寮にあります」
そういえば、ディアナの制服は燃えてしまっていた。
「では、寮に取りに行かれた方がよろしいのでは? 次の授業に間に合わなかった時は、わたしがサリーバン先生に、事情を伝えておきます」
「あ、はい。お願いいたします」
アルテアの申し出を、ディアナは自然と受け入れていた。
ディアナには、目の前にいるアルテアが、ゲームの悪役令嬢Aと同一人物だとは思えなかったのだ。
淡々とした口調の中にも、どこかディアナを気遣ってくれているのがわかるから。
ディアナは、アルテアに頭を下げ、寮に戻ろうと立ち上がる。
「わたしもご一緒します。サルーイン様」
すると、ファルシナが、ディアナの腰に手を添え、支えながら申し出てくれた。
「ありがとうございます」
ディアナは、素直にうなずいた。だって、今ディアナがはおっているブレザーは、ファルシナのものだし。それになりより、上にブレザーを羽織っているとは言え、破けた制服で一人外を歩くって……、一体なんの罰ゲームか。
……それの恥ずかしさを察してくれたのか、寮まで付き合ってくれるなんて…、やっぱりヒロインいい子……!
「行きましょうか」
ファルシナに促され、教室を出ようとしたところで、扉のそばの壁に背中をあずけ、こちらを見ているレダン・マッスーオと目が合った。
ダークブロンドの髪に、茶褐色の瞳。目頭側の上まぶたが鋭角なせいか、どこか冷たい印象を受ける彼は、ゲームの攻略者対象者の一人だ。
ちなみに、みのりはレダンルートを一切プレイしていない。でも、ちらりと見た攻略サイトで、彼がツンツンデレだと知っていたので、とりあえず手をつけずにおいた。
「……」
レダンは、思わせぶりに壁から体を離すと、ファルシナに向き直る。
「…? 何か?」
ファルシナが足を止めてレダンに問うと、レダンは、フン、と鼻で笑いながら言った。
「今の光魔法、なかなかの物だったぞ。お前は使えそうだ。覚えておいてやろう」
「―――」
……えええー。だいぶ上から目線だなー。このヒト。
ディアナは、きょんと目を開けて、レダンを見た。
前世の記憶を思い出したディアナは、レダンの切ない幼少期を知っている。
息子を、常に自分の出世の道具としてきた父親。
本当にただ産み落としただけで、一度も息子を抱くことなく、派手に着飾って、ほとんど毎日愛人のもとへ向かう母親。
ちなみに父親は、屋敷のとなりにある敷地を買い取り、でっかい愛人御殿をぶち建ててしまった。
そんな、すっかり冷めきったどころか、氷点下レベルの両親を見て育ったレダンにとって、周りにいる人間とは、自分の役に立つかどうかという基準がすべてだった。
だから、しかたがないのだ。レダンが、みんなの前で堂々と、使えそうとか言っちゃうのは、彼に愛された記憶がほとんどないからなのだ。
……しかたがない。うん。しかたがないんだ。
しかし、この人が、次期宰相候補なのか。いいのか、未来の国を担う人間が、クラスメイトを物あつかいするような御仁で。
ただ、ゲームのレダンは、ヒロインと出会い、接していくうちに、だんだんと人が変わっていった……ようだ。
攻略していないので、断言はできないのだけれど、ゲームの攻略サイトでちらりと見た、レダンとヒロインのハッピーエンドスチルでは、レダンがヒロインに向かって、照れくさそうに笑っていた。
だからきっと、ヘタをすると、人を家畜か何かと思っていそうなレダンを変えたのは、ヒロインなのだろう。
そのヒロインは、いったいレダンのことをどう思ったのだろうか。
「……………」
気になって、目線をファルシナに移してみる。
ディアナを支えてくれているので、ごくごく至近距離で、ファルシナの横顔が見えた。
「………!!!」
……わあ~!! お肌きれい!! たまごみたいにつるっすべ!! しかもシミソバカスいっさいなし…!! え、え。いったいどんなケアをしたら、こんなにきれいになるの? あとでぜったいに教えてもらおう!!
と、ヒロインのぴちぴちお肌を見たとたん、思考回路が ? な方に飛んで行ってしまったディアナ。
ぎゅっと握りこぶしを作り、あさっての方向に気合を入れていると、視線を感じたのか、ヒロインがディアナの方へ顔を向けた。
「……次の授業が始まる前に戻らないといけませんし、参りましょうか。サルーイン様」
「は…はいっ」
たまごお肌の美少女が、まさしく花のほころぶような笑顔を自分に向けているという現実を目の当たりにし、思わず声がひっくり返ってしまったディアナだった。
ヒロインは、ディアナに向かってにこにこと惜し気ない笑みを向けつつ、前に立つレダンをするっと避けた。
……えっ。
まさかの攻略対象者スルーに、ディアナが驚くも、ヒロインはやっぱりにこにことほほえみながら、「早く行きましょう」とうながす始末。
……あれ。いいの? え。ほんとに?
ディアナがちらりと見たレダンは、ぽかんと口を開けていた。どうやら、まさか無視されるとは思っていなかったようだ。
確かに、向こうは完全な上から目線だったし、発言的にも、失礼極まりないものだったけれど。
「………あの、大丈夫でしょうか?」
教室を出て、白い壁の廊下を歩きながら、ディアナが小さく問うと、ファルシナが不思議そうな顔をした。
「? 何がですか?」
……ん?
気のせいか、ヒロインの笑顔がちょっと引きつったような。いやまさか。
そう思いながら、さっきよりもちょっとくわしく聞いてみる。
「いえ…、その、さっき、マッスーオ公爵子息が、オランジュさまに話しかけてましたよね?」
「………ええ? 」
ピキピキピキッ。
「………!」
今度は確かに気づいた。花のように可憐だったヒロインの笑顔が、まるで、乾いた泥沼のようにひび割れて行くような気配に。
ヒロインの突然の変貌に、二の句が継げずにいるディアナ。今のディアナにできることと言ったら、目をひたすら瞬きして、目の前の光景が早く変わるのを願うくらいだ。
けれど、そんなディアナの努力もむなしく、ヒロインは、ぴきぴきとひび割れを増やしながら、逆にディアナに問うた。
「え? もしかしてサルーイン様、それは、まさかあの、超上から見下し目線で、お前をオレ様の便利な道具として使ってやるみたいなことを言い放った、あの超内弁慶…っていうか、家でも執事とかメイドにしかいばりちらせない超お坊ちゃまに、わたしが話しかけられたことをおっしゃってます?」
ずいずいずい…!
かわいいけどぴきぴきな顔を、ディアナに近づけるヒロイン。
形のよい唇の口角は上がっているけれど、目は、ぎんと見開いていて、血管まで浮き出て見えるレベルだ。
……怖い。あの、体よりも目の方が大きい某おやじ妖怪さまよりも、はるかに怖い…!
「いえいえいえいえいえ…!」
ディアナは、今、目の前にある危機を乗り越えるためだけに、ふるふるとひたすら首を振りまくったのだった。
次回更新日は、11月21日です。




