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第112話 みんなしんでしまえ

思ったより忙しくて日を跨いでしまいました。申し訳ない。

流石に次回だけは時間を死守します。最終回までお付き合いくださると光栄です。

 ヨヒラはその1台を見送ると泥濘に嵌まったような重たい足取りで振り向き、焦点をひたすら俺に合わせたまま歩いた。メロカリスは陰鬱そうな陰った眼をじっとヨヒラに向け、その場から動かない。その向こうに控えている残りの男達は見世物小屋に駆けつけた観客も同然に爛々とした視線を俺達に向け続けた。

 ヨヒラは俺の目前に足を止めると、無表情で見下ろし、不意に俺の顔をメーティスやロベリアの方へ向けさせる。その意図に合点がいかず眉を寄せていると、視界にまた彼が入り込んでくる。その足はメーティスを通過してロベリアの前で止まった。

 メーティスはヨヒラが何かしやしないかと案じ、がむしゃらに見つめて「ロベリア…!」と呼び掛けていた。ロベリアは恐怖に息を切らし、うつ伏せの姿勢で必死に下を向いていた。ヨヒラはそれをゆっくり足で押し返して仰向けさせ、彼女に現実逃避の言い訳をさせられなくした。彼女の目は苦しそうに細まっている。下瞼は目を閉じたそうに押し上げられ、上瞼は彼への反抗と取られるのを恐れて目を閉じないように押し上げられている。ヨヒラはそうして喘いでいる彼女に刃先を突きつけて辺りを見回した。

「…さて、お前達はクリスティーネを誑かした大罪人だ。罪を犯した魔人、及びアカデミーや政府、人間社会に対する明らかな敵対行為を取った魔人はその場で殺害するのが定石だ。あの教員達やパンジャの2人組と同様、お前達もこの場で殺す」

 ロベリアは青冷めて息を呑み、メーティスは目を瞑って深く息をついた。…俺は、クリスだけが気掛かりだった。俺達が逝った後、クリスだけはこの地獄に生きていく。その事が心残りで死にきれなかった。

 しかし、「――はずだったが、」とヨヒラは撤回した。ロベリアは期待を寄せて瞳に生気を戻し、メーティスは変わらず怯えてヨヒラを見つめる。俺もメーティスと同じく嫌な予感がしていた。…今更希望など見出だせない。眼を逸らそうにも俺達は剰りに現実を直視し続けていた。もはやロベリアの一喜一憂が滑稽としか思えない程に俺達は絶望していた。

「奴らとお前達では事情が違う。まずレムリアド・ベルフラント…お前は今回の事件を引き起こした筆頭人物だが、同時にクリスティーネを誰よりも制御し得る鍵だ。お前が人質になればクリスティーネは誰にも楯突けないだろう。行動不能の状態で牢獄に拘束し、有効利用させてもらう。…そして、時が来ればクリスティーネは処刑される。お前も一緒に死なせてやろう。最期の瞬間を共に出来ることをせめてもの幸福と思って生きていろ」

 ヨヒラは俺を見つめて告げた。その表情はやはり感情を押し隠している。俺はただ無言で睨み付け、彼はそれを意に介さずメーティスに視線を移した。メーティスはビクリと微かに身体を揺らした。

「召喚師、メーティス・V・テラマーテル…お前は利用価値がある。『赤き者』になれる召喚師など今となってはお伽噺でしかないように思っていたが、…とうとう現れてくれた」

「…あ…『赤き者』なんて…知らない…。…私はただ、レム達を助けなきゃって……そう思ったら力が出ただけ…何も知らない…」

「なるほど、絶望に立ち向かう意志が力を覚醒させたのか。…だが残念だったな、その力も及ばずお前は敗けた。せめて召喚獣が強ければ話も違っていたが、元々召喚師の素質が低かったお前にはこれが限界だ。お前では俺達に勝てはしない」

 メーティスは歯を食い縛り嘆いた。希望の見えない未来が恐ろしいのでも、彼らに敗けた悔しさでもない。彼女はただ、『召喚師としての素質の低さ』という予ての障害によって全てが無残に終わったことを悔やんでいた。彼女は天才であり、努力家でもあった。生まれ持ったセンスやそれを極めようとする意志には目覚ましいものがあった。それでも、召喚師としての素質だけはミファに及ばなかったのだ。そのためにクリスと旅が出来なかった。そのために最後の戦いに敗けた。その障害が今、彼女を自虐の海に沈ませていた。

「感謝しろ、お前はレムリアドより長く生かしてやる。素質は無くとも、その経験と知識がいつか現れ得る次の聖なる巫女を助けるだろう。そうでなくともお前は世界に唯一の赤き者として貴重な戦力になれる。次の勇者が現れればお前を護衛として遣わせてやろう。勇者が男ならお前を夜伽役にさせておけば今回のようなことも起こらない。あらゆる意味で有効に使える。…だが、下手なことはしないよう、時が来るまではその男と同様に牢獄送りだ」

 メーティスは彼に何も言い返さない。反応すらない。何もかもどうでもよくなっていた。与えられる罰に抵抗する気も失せてしまったのだろう。俺はメーティスの感情を慮って同情の眼差しを浴びせると、続いてヨヒラが見つめた先に眼を向けた。メーティスも力無くそれを見る。

 ヨヒラの眼下で、ロベリアは涙を流しながら媚び諂うように笑って彼を見上げていた。彼はそれを冷たく見つめてロングソードの刃を彼女の首に添わせた。

「…ロベリア・プライム、お前には生かしておく理由が無い。ここで殺して後の2人の見せしめにしてやろう。お前達も覚えておくといい。今後お前達が妙な動きを見せればお前達の知人が目の前で殺されるということをな」

 俺も、メーティスも叫んだ。やめろ、やめろと同じ事を何度も繰り返す。…3人で死ぬならいい。平等に死ねるなら簡単に楽になれた。だが、どんな形であれ俺達は生かされて、代わりに巻き込まれただけの彼女が目の前で殺されるのはだけは受け入れられない。その苦痛は一生付いて回る。死ぬまで彼女の死が俺を責める。ここで彼女を殺されてしまっては、もう俺には本当に何も残らなくなってしまうと断言できた。

 ヨヒラが剣を振り上げる。雨に血を洗われ、頭上高く翳された刃が銀の鈍い光を灯す。ロベリアが小さく顔を振った。その表情は笑ったまま凍り付き、涙も鼻水も雨に混じって流れていく。俺達の声は壊れた微笑を浮かべた彼女の弱々しい嘆願の前に粛する。ヨヒラは顔色も変えずそれを眺めた。

「…ゆ、許して……何でも…私、何でもします……勇者の護衛でも…何でも…あ、夜伽役…それでもいいです…何だってしますから…何でも……だ、だから…どうか…どうかっ…!」

「要らない」

 誇りも信念も全て捨てた彼女の懇願を、ヨヒラはその一言で切り捨てた。傷の開いた首から広がるように、ロベリアの身体は黒く染まっていく。俺もメーティスも声を上げられなかった。声を上げたその瞬間それが現実の光景として自分に深く突き刺さるだろうと恐れた。

 「助けて」と、血相を変えて繰り返したロベリアは、間も無く黒い泥へと熔けて衣服から雪崩れ落ちていく。悪夢のようなその光景は一瞬にして俺の目に焼き付いた。喉が渇き、目は奥から押し出されたように見開く。これまで連れ添った彼女の最期は剰りにも呆気無く、生に執着し続けた彼女が死に際に残したのは『死にたくない』の一言だった。ヨヒラに呼び寄せられた部下の男が、元はロベリアだったその黒い液体を衣服ごと燃やしてしまうまで、俺達は感情を失っていた。

「その2人はアムラハンに搬送する。馬車に乗せる前に持ち物はこの場で検査だ。鑑定に回す必要の無いものは燃やせ」

 男達はヨヒラの指示に従い下卑た笑い声を上げながら俺達の傍へと歩いてくる。身の毛が弥立ち、すぐにも逃げ出したかったがこの状態では叶わない。俺もメーティスも悲鳴一つ無く身体を強張らせてその仕打ちを待つしかなかった。

 1人に頭を持ち上げられ、数人が俺の服を引き裂いた。脱がして探る手間などわざわざ掛けず、ビリビリに破り捨てた衣服をパッと眺めて足で寄せ集めると、俺の意思など関係無くそこに火の点いたマッチを投げ込む。往来に肌を晒している実感は徐々に弱まる雨足の感触に裏付けられて強まり、目の前の男達は現実を見せびらかすように顔を近づけて笑った。俺は睨むでも嘆くでもなくその男達を見回し、その先で同じ屈辱を受けるメーティスへと注意を向けた。

 彼女は必死に目を瞑って羞恥に耐えていた。一糸纏わぬ姿で男達に囲まれ、身体を隠すことも出来ず両腕を取られて立たされる。彼らはまるで遠慮もせず彼女の身体を舐めるように見渡し、視界の陰ではあらぬ場所に手が伸びたようだと彼女の反応を見て気づいた。しかし俺が此処で何をしても彼らの行為に拍車を掛けるだけだと悟り、俺はその光景から眼を逸らすしか出来なかった。

「1班、早く馬車に乗せて船まで運べ。残りでここ一帯に倒れた共犯達を始末する。『フレイム』を使える者は前に出ろ、その方が手っ取り早い」

 またヨヒラの指示の下、楽しそうに俺達を辱しめていた彼らが批難めいた反応を示しながら馬車へと連れて歩き出す。同時に残りの者が通りの端に避け、その中の一部が中央に倒れた魔人達に手を翳す。それまで死んだフリのように黙っていた行動不能の裏切り者達は堰を切ったように命を請うて騒ぎ出す。ヨヒラはそれを無視して離れ、メロカリスが待機している所まで戻る。2人の会話の間にも後方では火が上がり、断末魔の叫び声が木霊したが、両者とも気に留めた素振りは無かった。

「宿にも荷物があったろう。片付けておいたか?」

「私と同行してた奴らに任せてきたわ。終わってたら船に戻ってるはずよ」

「そうか、なら民兵署の方に報告しておいてくれ。もう暫く此処を監督してから船に戻る」

「りょーかい」

 ヨヒラの確認に事も無げに頷いた彼女は面倒そうにのろのろと進む。俺達を連行する男達はそんな彼女を通り越し、乱暴に馬車の中へと俺達を放り込んだ。そうして壁から鎖を伸ばした枷を俺達の首に繋ぎ、家畜も同然に管理する。後部扉が閉まる直前、視線が合ったメロカリスは思わず向けてしまった同情の眼を誤魔化すように他所を向いていた。それから馬車の前方にガヤガヤと男達の談笑が聞こえ始めると、間も無く馬車が船を目指して進み始めた。


 馬車は船に着いたようだが、それきり一度も降ろされないまま放置されている。おそらくは船内の倉庫か何かに入れられているのだろう。アムラハン港に着くまでそうしておくつもりなのか、船はそのまま出港したようだ。波の音と僅かな振動だけが俺達に与えられた刺激で、それ以外に時間の経過を報せてくれるものは無い。俺達は密閉された暗闇の中に向かい合い、長いこと互いに無言でいた。

 そこにふとメーティスが呟く。既に数時間か経っていたが、その間彼女はずっとそれを思い悩んでいたのだろう。対して俺は何の気も起こらず茫然としていたのであった。そのために彼女の発言はスッと頭に入った。

「…クリス、何で1人で宿を出たんだろうね」

 それは疑問の体裁を取っただけの切り出しだった。俺はそれに「さぁ…」と一言で答えた。彼女は順序を踏む手間を惜しんだように用意した結論をそのまま口にした。俺はそれにも然して驚かなかった。

「アムラハンに、戻ろうとしてたんじゃないかなぁ。…自分の使命を果たすために…」

「…そうかもしれないな」

 それだけで言うことが無くなると、彼女はまた長い沈黙に入った。俺も会話を取り繕うような真似はしない。

 …実際、確かにクリスはそうした選択を取るだろうと思った。元々正義感や使命感か強い彼女だ、自分にしか出来ないことがあれば途中で投げ出したりはしない。世界を救うと心に決めたからには、クリスは成し遂げるまで自分の幸せに納得が出来ないのだろう。彼女はきっと、こんな形で救われることなど望んではいなかったのだ。

 自分達がしてきたことや、考えてきたことは決して間違ってなどいなかったとは今でも信じている。こうして失敗した今でも、俺達が辿ってきた道に疑いは無い。しかし、当のクリスにも守らなくてはならないものがあった。チェルスや俺達が生きていたこの世界を守ること、ファウドとの約束を果たすこと、…それが彼女にとって何よりも優先すべきことであり、彼女はそのために自分を犠牲にしてきたのだ。

 俺達は眼を閉じて身を休めた。全身が生命維持だけを行っている今、その緊張状態が故に睡眠を取ることは出来ない。しかしもう頭を働かせていたくもない。眠れないのならせめて虚無に堕ちたい。その一心だった。

 しかし、不意に足音と笑い声が近づいてくる。1班の連中がまた集まってきているのだと声を聞いて分かった。また何かされるのだろうかと不安になり、2人して警戒し目を開けて待っていると、その扉は予想に違わず開け放たれた。彼らは間も開けず厭らしい笑みをメーティスに向けてこの中にジリジリと踏み入ってきた。

 始めは抵抗する気も無く見ていたが、彼らの様子の違いを察すると思わず息を呑む。…彼らの先頭にいた男が、気が急いたように金具を鳴らせてベルトを解いていたからだ。

「…待て…何をする気だ……」

 彼らは俺の声になど耳を貸さない。淫らな気に当てられた男達は壁に繋がれて身動ぎすら取れないメーティスに、じっくりと恐怖を植え付けるが如く時間を取って近づいていく。

「…やめろ、……やめろ…!」

 俺にとってこれ以上の恐怖は無かった。最愛の彼女が目の前で犯されるのをただ黙って見ているなど、そんな地獄に耐えられるはずがない。クリスも守れなかった…ロベリアも守れなかった……その上メーティスの純潔まで奪われるなど、今すぐ死んでしまった方がマシだとさえ思った。しかも、彼らが彼女を一頻り弄んだ後、俺は惨めな姿になった彼女の傍で過ごしていなければならない。その凄惨さを彼らは理解出来ないだろう。それを防ぐためなら、どんな無様な姿でも晒せた。

「やめてくれ、頼むお願いだ!それだけは勘弁してくれ!俺にはもうその子しかいないんだ!罰を与えるなら俺だけにしてくれ、彼女は悪人でも何でもないんだ!」

 男達は嗤った。彼女は怯えた眼で男達を見上げ、祈るように俺の名を呼んで震えていた。彼らの背中が彼女の姿を覆い隠す。1人の肩が上がり、その手が胸へと伸びた。俺はまだ叫び続けていた。彼らの半数が、見物だと言うように俺に振り返った。敢えて見せつけるように1人が横に退け、男の手がはっきりと彼女の胸を鷲掴んでいるのを眼にした。俺は涙も辞さず叫び出した。彼らは余計に喜んだ。そして、また1人の手が彼女の腹部へ進み、更に先へと届かんとした瞬間、俺は形振り構わず助けを求めた。

「…何をしている」

 その静かな声がそれまでの騒ぎをピタリと止ませた。男達が彼女から少し離れ、一斉に後部扉の方を見つめる。扉の手前には、装備を解いて蔑むような冷たい眼を彼らに向けたヨヒラが立って覗いていた。

「その2人は罪人だが、重要な人材だ。勝手は許さん」

 舌打ちや文句はあれど、男達は素直にメーティスから離れた。ヨヒラは彼らの態度に腹を立てるでもなく指先で手招きし、

「俺が命じたのは飽くまで監視だったはずだ。扉を開けて傍に待機するだけの仕事もこなせないのか?…お前達は控え室に戻れ、他の班にやらせる」

 男達は各々に悪態をつき馬車から出ていく。災難が去っても恐怖を拭えないのか、メーティスは震えたまま虚空を見据えていた。ヨヒラは男達を見送って扉に手を掛けた。そこに至り、俺は彼を相手に駄々を捏ねずにいられなかった。

「何で…何でメーティスは助けてくれて、クリスは助けてくれないんだ…!…あんたなら、あんたなら彼女を救ってやれるだろ…!…どうしてあいつにばっかり冷たいんだ、あんたは…」

 彼は此方に眼をくれることもなく手を止め、「世界を守る義務がある」と一言告げて扉を閉めていった。それ以上を問い掛けることも出来ず、俺はまた沈黙した。そうしてアムラハンまでの経路を自らの無力を呪いながら過ごした。


 アムラハンへの到着後、すぐに牢獄に収容された。途中までメーティスも共に連行されていたが、アカデミーの最下層に至る直前に彼女は別の牢へと連れられた。灯りすら無い漆黒の空間に全裸のまま拘束され、厳重な鍵の掛かった一室の中央にポツリと座り込む。これから一生を此処で過ごすのだと思うと、もう何の希望も見出だせなかった。

 防音が完備されていて外の物音は何一つ届かない。…メーティスは辛い思いをしていないだろうか、絶望していないだろうか、泣いていないだろうか…。頭の中は彼女への心配ばかりで、自分のことに関しては案じるまでもなく諦め果てていた。このまま何も無い場所を飽きてなお過ごし、処刑の日を待つだけなのだとある意味で達観した。

 …何日経ったのか、それとも1日すら経過していないのか…。馬車に続いて代わり映えの無い牢獄に追いやられた俺には時間の感覚などあるはずが無かった。しかしそれにもまた終わりが来る。不意にドアのロックが解除され、室内に人影が入り込む。項垂れたまま新たな仕打ちを待っていると、「来たよ、レムリアドくん!」と聞き慣れた声が響く。見るとそこにはサラとジーンが駆けつけていた。

「タイミングが合って良かった!教員室から鍵を取ってきたの!メーティスさんはドナ達が先に助けに行ってくれてるから安心して!」

 彼女はそう告げて駆け寄りポーチから復帰薬を取り出し俺の口に押し込んでくる。ジーンは「もう大丈夫だ」と声掛けして拘束を解いていき、前に倒れた俺をサラが抱き止めた。そしてすぐ俺の醜態を隠すように持ち寄った布切れのマントを巻き付け、無言でいる俺を室外に無理やり引っ張り出した。

「まだ終わってないよレムリアドくん!もう一度クリスティーネさんを助け出そう!私達で仲間は掻き集めてきたから、一緒に研究所に攻め込もう!残る光の守護者はあと2人!全員で仕掛ければきっと倒せるよ!」

 戦意を奮い起たせようと呼び掛ける彼女に俺は何も言う気力が無かった。…今更、クリスを再び逃がした所で何になるだろう。クリスは自分だけ救われることなど望んでいない。どうせまたアムラハンに帰ろうと動くだろう。彼女を本当に救おうと言うのなら、処刑される前に魔王を倒すしかない。しかし、未だ一度足りとも魔王と(まみ)えていないのに、倒せるはずなどない。現実的に考えて、彼女を救える可能性は皆無と言わざるを得なかった。

 そこへすぐ、アカデミーの刺客と思われる魔人の集団が襲い掛かる。ジーンは俺を一瞥するなり庇うようにして武器を構え、

「レムリアドは先に行け!ここは俺達で食い止めておく!メーティスは既に研究所に向かったようだ、追い付いてクリスティーネを救い出しておけ!必ず後から俺達も追い付く!」

「無理はしなくていいからね!自分の身を最優先に考えて動いて!私達、絶対クリスティーネさんを救ってみせるから!」

 彼に続いて彼女も駆け出し奇襲の対処に取り掛かる。俺は2人が勝手に定めた通りにその戦闘を通り過ぎ、マントの切れ目を押さえながら1階を目指して走り続ける。しかし内心では諦めていた。何故俺は無意味と断じながら走り行くのか、惰性のように走り続け、何の障害も無く陽の下に出た。誰かが俺を殺してくれると期待していたのに、それを望んだ時に限って誰も俺の前に立ち塞がらなかった。しかし、アカデミーの外にはサラ達も予定しなかったであろう地獄が広がっていた。

 辺り一面に魔物と死体。聖水林の加護も働かず街の中に魔物達が蔓延っている。俺は頭が真っ白になった。そうしてトボトボと歩いていたが、そんな格好の獲物に構う魔物はいなかった。

 ふと、俺と同じように布切れを纏った女が力無く歩いてきた。近くまで迫り、顔を見て漸くそれがメーティスだと気付く。彼女はその腕に漆黒に染まった何かを抱いていた。それが始め、俺には人形にしか見えなかったが、無意識に涙が溢れていた。よく見ると、彼女もその目一杯に涙を湛えていた。

「…トイレの床で、横たわってたよ…」

 彼女はそう告げてその人形を俺の目前に近づけた。全身に蜂の巣のような穴を開け、殆ど炭と化したその遺体をそっと触れた。俺はその遺体に悲しく思いを馳せる。…これでもう、彼女が人々の悪意に傷付けられずに済むのだと、それだけを思い、ただ安堵した。

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