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第108話 …ね、ファウド…また私が困ったら助けに来てね

 時折時計を覗いてはクリスの世話を見守り、明け方までそうしていると急に虫の知らせがあった。漠然と脅威が迫る予感があり、一刻も早く立ち去らねばとする思いとは裏腹に、船員の方々の都合に合わせて出発しなければならなかった。

 幸い船は現地の協力者のお蔭で死角に隠されているし、俺達の着港も隠蔽されている。手紙で連絡などでも無い限り現地民に捕らわれるといった心配も無いはずで、その手紙も徹底した伝書鳩の始末により予防されていた。こうも居心地が悪いのは、単に作戦の完遂を焦っているに過ぎないと早期から判断がついていたが、しかし塞き止められるでもないので微かに膝を揺すっていた。

 寅刻の時分になって持ち上げた懐中時計をまた床に下ろす。そこでふと、あう、と小さくクリスが呟いた。

 それまで項垂れ加減でいた俺達は寝惚けたような朧気な頭を大きく振り上げて顔を見合わせた。そしてまた一斉にクリスを静観する。それまで一度も口を利かなかった彼女が唯一発したその声をもう一度蘇らせようと、じっと穴の開くような熱烈な視線を無遠慮に向ける。彼女の眼はやはり虚ろで少しも動く気配が無い。

「……クリス…クリス…」

 メーティスが軽くクリスの肩を揺すって呼び掛けた。しかし反応を見せることは無かった。ただの寝言か、偶さかの回帰か…。俺達からこれを働き掛けることは出来ないようだと思い至ってまた項垂れて時計を眺め始めた。

 卯刻に移って数分後、1階から騒ぎが漏れ聞こえてくる。フロントに数名男の足音が入り、夜番の受付嬢に声を掛けている。…それだけじゃない、どうやら宿の外にも取り囲むように何十名か配置についていた。一般客用の壁が薄い部屋を取って本当に正解だった。警戒を怠らずにいた俺達はすぐにその場に立ち上がって耳を済ませ、忍び足で逃げ出す準備を整え始めた。虫の知らせは的確だったようだ。

「――このような時間に恐縮ですが、非常事態ですのでどうかご協力のほど…。男1人、女3人の4人客がいませんでしたか?アカデミーの校長から直通の指示があり、すぐにも捕縛しなければなりません。男は青髪、残りの女達は黒髪と茶髪…それと丸刈りのが1人ずつです。おそらく偽名などを使って宿泊しているでしょうが、念のため『第70期50号パーティ』の名義が無かったかも調べていただけると…」

「いいえ、パーティ名義で宿泊されたお客様は近日中にはおりませんでしたわ。ですが、流石に魔人のお客様でしたら記録してあるはずです。少しお待ちを、調べます」

「ええ、お願いします。ただ出来るだけお急ぎを。相手は魔人です。耳聡い奴らが今まさに聞き耳を立てているやもしれません」

 話している男は会話の組み立てこそ冷静だが口調の奥に焦りを滲ませていた。それに今の口振り…どうもこいつらは魔人の部隊ではないようだ。魔人の迫害が横行し始めてからどのパーティも身を隠すようになり、アムラハン以外の街では非常時のパーティ動員はほぼ不可能となっているのが現状だ。…つまり、今俺達を狙っているのは要請を受けた民兵達だろう。不要な死者を出さないためには戦闘を避けるしかない。

 クリスを背負い荷物を手に提げたメーティス、咄嗟の判断で彼女から鎧と武器を借りて纏ったロベリアを背後に、俺はチャームソード1本携えて窓に手を掛けた。まさか校長がまだ伝書鳩を隠し持っていたとは…。幾ら教員達でも流石に校長のテリトリーまでは把握しきれなかったようだ。これは俺達で対処するしかない。

 …しかし、そこで気が付く。此処から出てしまえば外で張っている人員に脱走の瞬間を悟られる可能性がある。幾ら人の眼で追えない動きが出来るとは言っても窓を破壊せずに開けて飛び出すとなると手間が要るし、走行風で窓が煽られれば音が出る。最悪それで窓が割れないとも限らない。

「…2人とも、窓は突き破っていくぞ。どうせ此処を出ればすぐ勘づかれるし、止まらず走り抜ければ人間相手に追われる心配も無い。いいな」

 2人はそれに少し戸惑い、数秒悩んだが、何とか俺を信じて頷いてくれた。俺もそれに応えるべくそれぞれと眼を合わせ、ポケットに忍ばせていた通信機に一報を入れておく。船長の方にも1個通信機の用意があるので、この通信に気が付いてくれれば速やかに立ち去れるだろう。後は信じて進むしかない。

「行くぞ!」

 合図と共に窓へ跳び、ガラスの破片を全身で弾きながら向かいの家屋の屋根へと乗り移る。メーティス、ロベリアと続いて来るのを後目に認め、その後は渦を巻くように次々屋根を跳び移って徐々に岸へ進んでいく。走り始めは宿から男達の声が立て続いたが、それもすぐに遠くなって最早危険は退いて思われた。魔人と人間では力量差が歴然だ。これは当然の結果だった。

 早朝のため霧が朝陽を受けて一層白々と輝いている。この天候も俺達の味方だ。霧の中屋根を伝っていく俺達を人間はどうしても追跡できない。ここまでは完全な勝利だった。

「うぐ…あぶぅ……ぁばぁあ…」

 喃語のような響きで発音したのはメーティスの背でカクカクと顔を揺らしているクリスだった。しかしその声は無垢な幼児の物ではなく、薄暗くて低い、まるで悪霊の呻きが木霊したような身の毛の弥立つ声だった。

 振り返ったまま走れないのでメーティスと並走してクリスの様子を見ていると、振動のまま揺れていた彼女は自力でメーティスの背から顔を起こしていた。亀のように首を伸ばして頭上を見つめ、その目がぐわっと剥いた。相変わらずポカンと開いたままの口は唇から顎まで唾液に塗れ、そこから絶え絶えに「ばぁぁ……ぁぁあああ」と何かを叫んでいる。何が起きているか分からずにいるメーティスは怯えた様子で、

「な、何…?どうなってるの…?ねぇ…?」

 俺もロベリアも肝を冷やしながら無言で首を振る。その内クリスがまた黙り込んでしまうと、異様な空気だけがくっきりと残って俺達をぞっとさせ続ける。クリスが何を伝えようとしたのかも、そもそも彼女の言動に意志が宿っているものかどうかも分からない。俺達には彼女が動く屍としか映らなかった。

 街道から港口への道を山へと逸れ、獣道を進んでいくと廃棄船が並ぶ岬が見えてくる。俺達の船はその中に紛れる形で停泊していた。山からそこを眺めてみると、その船の傍の岩陰からほんの僅かに人影が覗いている。大事を取って周囲に気を配りながら近くの木を登り、上からその岩の向こうを覗くと、例の船長が辺りを警戒して隠れながらキョロキョロと見渡していた。

 …何を警戒して……、…いや、そうか。彼方も寝床を襲われて来たらしい。どうもこの山には俺達以外も彷徨いているようだ。

 音を出さぬように木を降りて「迂回してくぞ」と2人に呼び掛ける。両者とも訳を聞かずに従ってくれて、俺達は岸に沿ってしゃがみながら歩くようにして船の方へと進んでいった。船長も此方に気付くと手招きで急かし、辺りも閑散としたままに合流するとそれぞれホッと胸を撫で下ろした。

「…いやぁ、何とか一安心ですな。奴ら宿にも来たでしょう?私どもはパンジャの船乗り達が庇ってくれましてね、ギリギリ山の中で撒いてきました。船はもう出港の準備が出来ています。早いとこ漕ぎ出して――」

「ぅ、あっ」

 船長は額の冷や汗を拭って笑いながら軽くなった口で話していたが、それを遠慮の無いクリスの声が遮る。皆の視線が集まる中、背中から下ろされたクリスはメーティスの腕に支えられ、岩肌に膝をついたまま仰け反っている。そうして真上を向き、大きく開いた喉から「あっ…あっ!あっあ!あ!」と続けざまに大声を上げた。

「だ、駄目!クリス、駄目!今大声出したら…!」

 急いで彼女の口を押さえようとしたメーティスだが、それは一歩遅かった。見開かれたクリスの目は急に潤み出し、その顔には久しく表情が宿る。捨て子のような悲痛な顔で泣き出した彼女の声はその山の奥まで響き渡る。その内「こっちだ!」と山から十数人が駆け下りてくるのが聞こえ始め、俺達はまた窮地に陥っていた。民兵の集団が林から姿を現し、真っ直ぐ此方へ迫る。

「マズいな…。船長さん、船はすぐには出られませんか?」

「それは、出るには出られますが…!今から指示出しして出発したとしても、その間に接近されて乗り込まれてしまいます!…相手は人間なんですから、皆さんで撃退出来ませんか!?それで済むでしょう!?」

 船長は狼狽して集団と船とを交互に見ると、逸早く舷梯を駆け上がっていく。入口の扉を開けて振り返り、

「出発の準備は進めておきます!後から飛び乗るなりしてください!」

 と、それだけ言い残して奥へと入っていった。ロベリアとメーティスは俺に視線で指示を仰ぎ、俺は徐々に近づいてくる足音の群れへと振り返った。見れば集団は全員小銃を所持している。

 …立ち向かえば返り討ちに出来るだろう。しかしこの身体で殺さないように戦うのは無理がある。接触すれば間違いなく民兵達を殺してしまう。遠回りでも、不確実でも、可能な限り戦闘を避けなければならない。

「2人とも、民兵は俺が見張ってるからその船を思いっきり押し出してくれ。そしてすぐにクリスを連れて乗り込め。岸に着いた奴らが船を撃ってくるかもしれないから、俺はギリギリまでここに留まって防いでみる」

「うん、分かった」

「お願いね、レムくん」

 2人は速やかに答えて俺に背を向けた。メーティスはクリスを、ロベリアは荷物を下ろし、船を傷付けないようゆっくりと力を入れて押し始める。船はスーッと岸から離れていき、2人はそれぞれの荷物を抱き上げて甲板へと跳び上がった。スムーズな所作で進んだ船は現状岸から十数mは進んでいた。

 小銃の有効射程は知らないが、俺の脚力で跳べる幅は精々60mかそこらだろう。せめてそれくらいの距離になるまでここで時間を稼ぐしかない。集団ももうじきここに辿り着く。厳しいがやるしかない。…しかし、60mというのも射程を考えると不安が残るため、結局殺すのが一番確実で手っ取り早いのは明白だ。時間を稼ぐにしても此方が剣で威圧しているだけではきっと近寄られてしまうし、そうなれば此方も抵抗せざるを得ず殺すしかなくなる。何をどう考えても此所で不殺を敢行するのはリスクが高過ぎる。…やはり、殺すしかないのだろうか?

「レム、上!空を見て!」

 決心しかけていたその時、不意にメーティスの声に呼ばれて空を見た。2つの影がとてつもない速さで飛んできて、それは俺の目前へ砂塵を巻き上げて着地する。それらは砂塵の中で立ち上がり、不敵に笑みを浮かべながら俺と顔を合わせた。両者とも片手にグレートソード、ロングソードを携え、ジョギング向けのラフな出で立ちでいた。

「よっ、何か大変そうだな。手を貸しに来たぞ」

「ホントどこ行ってもトラブル続きだよなぁ、お前。疲れねぇの、その人生」

 気楽な姿勢で告げた彼ら――ルイとジャックは、そうして民兵達へと向き直る。民兵は当惑して足を止め、どよめき立ちつつもまた走り始める。2人はその光景に怖じ気づきもせず堂々と待ち構えていた。

「お前ら、一体どうして…」

 感激より先に困惑と疑問が湧いた。2人は一瞬振り返ると笑って集団から眼を放さず答えた。

「昨日、結局何時出発か聞くの忘れてたからさ。しょうがないから早い時間に出て待つことにしたんだ。それで港に行ってたんだけど、宿舎に民兵達が押し掛けてるのを見掛けてな。心配だから宿にも行ってみたら案の定民兵だらけだったってわけさ」

「そっから武器取りに帰って、完全にお前らを見失っちまってたけどな。けど山の向こうから女の泣き声とむっさい男達の怒号が聞こえてきて、間違いねぇと思って駆けつけてきたんだ。…美女の悲鳴に駆けつける俺…かっけぇ…」

 ルイ、ジャックとそうして説明し、2人は思考を整えるべくまた船を一瞥した。そしてジャックが空いた手を腰に当て、面倒臭そうに息をつく。

「おいこれ相手銃持ちじゃねぇか。小銃は500m近くまで有効だぜ。船撃たれたら沈むけど、いいのか?」

「いや、良くないんだが…。今殺さずに済む方法を探しててな…」

「今から考えたって無理だろ。…ま、殺すしかないわな」

 そう告げるなりジャックは民兵達へと立ち向かっていく。それにルイまで続こうとしたのを「待ってくれ!」と呼び止めると、ルイは一旦は止まって振り向いてくれた。

「お前らを人殺しにしたくはない!やるなら俺がやる!ここはお前達も引いてくれ!」

「…レム、お前はとにかく逃げないとだろ。ここは俺達がやっとくから、今すぐ船に乗れ」

 ルイは優しく微笑んでいた。俺はそれに応えるべきか悩んだ。このまま2人に汚れ役を押し付けて逃げ出してしまっていいものかと心が揺れ、そこにルイが一層真剣に変わった視線をぶつけて「早く!」と決断を急かした。俺は覚悟を決めて頷き、更に10m前後離れていた船へと乗り込んでいった。

 ルイも戦いに加入して民兵達は一溜まりもなく斬り伏せられていく。「話が違う!」「魔人が人を殺すのか!」と叫ぶ者達にも、ジャックは容赦無く太刀を浴びせて笑う。

「生憎人間は嫌いなんでね!」

 ついその言葉の裏を読もうとすると、2人がハールポプラで受けた仕打ちとそれに対する憎しみを想像してしまう。彼らが一切心を痛めず民兵達を殺し回る姿に戦慄以上に悲しみを覚えた。しかし2人のお蔭で俺達は先に進むことが出来る。民兵殺しの罪は俺達に擦り付けるでもして、どうか2人にはこの後も上手く隠れて生きていって欲しい。これは俺達が巻き込んでしまっただけのことなのだから。

 彼らを見届けようと甲板に留まる。未だ泣き続けているクリスをあの手この手で慰めていたメーティスは、遠くの殺陣に気を引かれながらも彼女を連れて待合室に降りていく。俺とロベリアで並んで陸を見つめ、民兵が死に絶えるまでそのままでいた。

 戦いが終わり、ジャックとルイは岸まで全力で疾走してくる。その勢いは俺達を見送るために駆け寄ったとは思えないもので、実際どこまでも止まる気配が無い。そして2人は岸の終わりまで走り抜け、その助走のまま此方に跳び上がってくる。予想外のことに驚きつつも俺とロベリアで両脇に離れ、空いた空間に彼らが着地する。また同時にポケットの中で通信機が震えたが、それどころの気分ではない。

 此方が訳を訊くより早くジャックが向かいの甲板端に駆けていき、手摺から身を乗り出して辺りを見回した。ルイは俺とロベリアとを交互に見て、彼に代わって話し始める。

「レム、まだ終わってないぞ!俺達は港で民兵が話してるのを聞いてたんだが、戦艦が2隻出てるらしいんだ!もしお前らがハールポプラに向かうって予想されてるなら、その航路に待ち伏せてるはずだ!」

 唐突に明かされる危機にロベリアは顔を青くした。此方は木造の小さな客船擬きだ、戦艦が相手では太刀打ちなど出来るはずがない。

「いや、彼方さんから来てくれたぜ!さっき民兵の1人が通信機で連絡取ってやがったからな、2隻とも現れやがった!」

 ジャックがそう告げて手招きし、俺達は3人ともそちらへ駆け寄っていく。見れば確かに大きな船影が2つ近づいてきている。思い返して通信機を取り出してみると、そこには同じく船影を捉えた船長の連絡があった。

「…どうすれば……俺が一跳びして撃墜してくるか…」

 対策を考えて呟く俺の胸をジャックが肘で小突き、顔を覗くようにして笑い掛ける。見ると、ルイも同じ顔をしている。

「さっきと同じだ。俺達が始末してきてやるよ。どうせ相手は人間だし、重火器程度じゃ俺達はやられねぇからな。こっからジャンプしてって、足りなきゃ泳いで乗り込むぜ」

「戦艦ともなれば緊急時用のボートくらいあるだろうからな、2隻墜ちたらそれで脱出して帰るよ。お前らは真っ直ぐ進んでくれ」

 2人の提案に返答を迷うが、この船の足も止まらずに済むのでそれが最善のようだった。しかし、こんなにも俺達のことに関わって、彼らが今後平穏に過ごしていけるのか不安を覚えずにはいられない。俺は両者の手首を片方ずつ掴み、これだけはという思いで視線を通わせた。

「お前らも来てくれ…。いや、せめてハールポプラに…この機に乗じてパンジャを脱出してくれ。そうでもしなきゃ、今度はお前らが危険な状態になるだろ…。頼むから、お前達まで巻き込まれないでくれ…」

 2人は互いに顔を見合わせ、フッとおかしそうに笑った。そして俺の手をそっともう片方の手で外し、両者とも1歩ずつ後退って告げた。

「ハールポプラにも居場所無いんだって。それに今の時代じゃ何処でも同じさ。安心しろ、お前に心配されるほど俺達も弱くないよ」

「俺も家に女ども残して来てるからな、帰ってやらなきゃ可哀想だろ?どのみち俺らは今パンジャから脱け出す訳にはいかねぇんだ。悪いが此所でお別れだぜ」

 ルイ、ジャックと、そう言い残して甲板の中央まで戻っていく。俺にはもう彼らにこれ以上の説得は出来ない。彼らなりに優先順位が決まっているのなら、そこに俺が何を言っても無駄なことだ。俺はこれを泣く泣く諦めるしかなかった。

 ロベリアは黙って2人の勇姿を見届けるつもりのようだ。彼女は俺より先に甲板の端まで避けて、「…無事で」と2人に最後の挨拶まで済ませていた。2人とも「「おう!」」とそれに頷き、俺が退けるのを待つ。結局俺も渋々後退っていた。

 2人は隣り合って互いに触れないよう剣を持ち替えた。そしてルイ、ジャックと順に俺にも挨拶を掛ける。それに対し俺からはたった二言、それも両者に向けて一度に告げるだけの簡単なものだった。しかし、今俺から彼らに言えたことは、その二言の他にあり得ないように思う。

「じゃあな、レム!またお前に会えて良かったよ!俺らのことは心配すんなよ、お前の方がこの後も大変だろうからな!メーティスにもよろしく言っといてくれ!」

「俺からもよろしく言っとけ!あと、昨日は悪かったって謝っといてくれよ!頼んだからな!…あぁ、それとな!この先何か上手くいかなかったり、今日のことが無駄になるようなことがあってもな、絶対に自分を責めるんじゃねぇぞ!お前そーゆーとこいい加減直せよ!約束だかんな、じゃあな!」

「ああ、ありがとう。…元気で」

 彼らは頷いて笑うと俺達を通り過ぎて海上へと飛び出した。数十m先に波紋と飛沫を起こし、その数秒後には未だ遠くの戦艦が、内1つは大きく傾き、もう片方は此方から大きく進路が逸れて船体から爆煙を頻発させた。

 船長への連絡後、此方の船は戦艦達を大きく迂回して通り過ぎていく。そうしてハールポプラへの順路を取り、益々戦乱から遠ざかっていく船の上で俺達は延々とそれを眺め続けた。アムラハン脱出の際と同じく、俺達は身近な人々を踏み台に進んでいく。傾いた戦艦はそのまま逆さになって海に沈み、激しく燃え上がったもう片方は最後に一際大きな爆発を3つ繰り返し中央から割れて後を追った。

 その後には、小舟の一つも見つけられなかった。

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