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第109話 私にはあなたしかいないから…

 出発から約1時間半、それまで止むことの無かったクリスの泣き声がパタリと止んだ。心配して廊下まで出てきて、それからずっとドアの前で待っていた俺とロベリアに、クリスを抱いてトイレから出てきたメーティスが憔悴した浅い笑みを向ける。クリスはメーティスの肩に顎を乗せて両手足を放り出し、抱かれるままにじっとしている。

「…良かった、泣き止んだか」

「うん。何とか。…多分、研究所にいた時と待遇が違うのに段々気付いてきて、不安になったんだと思う。外界に反応を示し始めただけだから、悪い変化じゃないよ」

 メーティスは俺を見ると自分の子を慰めるが如く慈愛の微笑を浮かべ、ロベリアにも同様の表情を向けた。ロベリアはそれに少し戸惑ったまま、「でも…」と疑問を呈した。

「どうやって泣き止んだの?…外界に反応した結果だったら、何しても泣き続けてそうなんだけど…」

 それを聞いた瞬間に、メーティスの表情が凍りついた。クリスの姿を見たところ、特に何か変わった様子は無く、おむつを替えた風でもない。宿泊中に食事を与えられなかったことが原因かと思っていたが、別に今食事を与えた様子も無い。ならば何だろう、と考えた時、…クリスからはジャックの住家で嗅いだのと同じ女の独特な匂いが、メーティスの手からはこれでもかという程に繰り返し洗ったような石鹸の香りがした。それでピンと来た俺はそれ以上をロベリアに訊かせまいと前に出てメーティスに笑い掛けた。

「とにかく、また泣き出すかもしれないよな。今後もメーティスに任せて大丈夫か?辛いなら俺が代わるけど」

「…あっ、ううん!大丈夫!クリスの世話は私が引き受けるよ。やるなら同性の方がいいだろうし、それだったら付き合いが長い私の方が頑張れると思うから」

 メーティスは空元気を振り絞って明るく答えた。その言動がロベリアへの失礼に当たり得ないのも気付かない程メーティスも追い込まれて見える。そうするとやはり俺かロベリアが代わってやった方がいい気もするが、メーティスはそれを良しとしないだろうし、そのことが寧ろメーティスを傷付けるかもしれない。そのため結論は、暫くメーティスに任せておいて無理が来ていると感じたらすぐに代わるという所に落ち着いた。

「…無理はするなよ」

 俺が声を掛けて彼女の頬に触れると、彼女は嬉しそうに笑って「うん…」とその赤い頬を擦り付けた。ロベリアはその光景を妙に白けた目で見ていた。


 それからまた数日し、ハールポプラに到着する。パンジャでコンクリート張りの地面を見ていたためか、此方の港は酷く田舎臭く感じた。そこは海上に柱を伸ばして出来た高床式の港だった。辺り一面木造の建物で、アムラハンなどにあるような外壁もこの港には無い。熱帯の木々と聖水林とが入り乱れて囲っているだけだった。

 船は真正面から通常時の入口に進んだ。パンジャに校長の連絡が届いていたことから警戒せずにいられなかったが、現地に協力者が多いためか何事も無く入港出来た。流石に連絡が来ていない訳が無いが、恐らくそれが効力を持つ前に揉み消されたのだろう。ともかくは一安心と言ったところだ。

 船長や船員達に深々と礼を言って港で一度別れた。危険はあったものの、彼らのお蔭でこうして無事に辿り着けたのだ。感謝してもしきれない。彼らは前回と同様に船乗り用の宿舎に向かい、俺達もすぐに宿を取りに歩いた。船長から聞いた道を行くとなると大通りを歩かねばならず、白昼堂々と歩く俺達に住民達の態度は冷ややかだった。しかし男も含めて魔人4人組というのは印象として脅威なのか、手出しされる心配は要らなかった。彼らはただ俺達を盗み見てひそひそと罵詈雑言を垂れるばかりだった。

「…2人とも、宿につくまで単独で動くなよ。ルイ達の件もあったし、この街では風当たりが強いみたいだからな」

 俺の忠告に2人とも即座に頷き、黙々と宿を探し歩く。連絡所を見つけてその位置をしっかり頭に入れて進んでいくと、漸く宿が見えて緊張が解けてきた。振り向いてロベリアと喜びを共感し合っていると、彼女の隣を歩くメーティスはその背に負ぶったクリスを気にしながら持ち方を変えたりしてソワソワしている。それを見て気を取り直した俺は彼女のために少し足を速めて進んだ。

 宿に着いて早々にメーティスはおむつの袋を手にフロントのトイレに走った。呼び止める暇も無かったロベリアは後からゴミ袋を持って追い掛けていく。俺はそれを後目にチェックインを済ませていった。

「お食事はいつ頃に?」

 受付でそう訊かれると、俺は少し考えた末に「今日は19時、翌朝は7時で」と答えた。此処にはパンジャと違い魔人の仲間が大勢いる。そうであれば、連日気の休まらなかった彼女らにも休息を与えておきたい。今晩は食事に、入浴に、睡眠にと身体を休め、明日からの死闘に備えてもらおうと考えた。

「承知致しました。此方が鍵となっています。お部屋は2階、お食事は1階となります。浴室はお部屋に備え付けとなっておりますのでご利用ください」

「はい、分かりました」

 設備説明と共に部屋の鍵を受け取り、便所の前で待っているロベリアと合流する。しかし、着いてみるとクリスが便所入口横のベンチに座らされ、ロベリアはそれを立って眺めていた。そこに並び立ってクリスを一瞥し、「メーティスは?」とロベリアに訊ねると、彼女は無言で便所に顎をしゃくり、間も無く水洗の音が続いてメーティスがハンカチで手を拭きながら歩いて出てきた。メーティスは俺達を見ると恥じらうように俯いて、せかせかとクリスを背負っていた。

「それで、この後は?」

 ロベリアは彼女の方には触れずにそう訊ねてきた。俺も然して干渉せずにそちらの話題に移る。…いくらクリスを世話すると言っても、そのために自分が用を足す際までクリスを同伴させるというのは彼女のパライバシーに関わる。メーティスだってまだ成人を迎えて間も無い女なのだから、同い年の女性の前でそうしたデリケートな一面を晒す真似は出来ないだろう。せめて俺達にクリスを預けるなりしてくれると安心だが、宿にいる間はそれほど危険なことも無いだろうし一瞬くらいクリスを廊下で1人にさせたところで何も起きないだろう。そうした諸々の判断の末の黙認だった。

「とりあえず2人とも部屋で待っててくれ。俺は1人で連絡所に挨拶してくる。もしそこで資金援助を受けられたら装備とかも買ってくるよ。他に何か要れば買ってくるけど」

「危なくない?だって、さっきはあぁ言って…」

「さっきは数人で動いてたからな。完全に1人での移動だったら切り抜けられる。連絡所まで誰にも捕まらないように走ってくさ」

 ロベリアは俺の返答に「そっか」と納得し、しかし不安なのは変わらず案じるように見つめていた。メーティスはクリスをしっかり背負い直すと俺に近づき、「いってらっしゃい」と声を掛ける。その表情には不安も無く、信頼の笑みが(うっす)らと宿っている。

「あっ、じゃあレムくん、どうせなら服と下着も4人分買ってきて。今日お風呂入れるんでしょ?それなら着替えたいよ。レムくんなら私達の下着の好み知ってるでしょ?」

 ロベリアがおつかいついでにとんでもない言い掛かりをつけてきた。メーティスが驚いてロベリアを見つめ、段々とその眼に黒い感情が滲み始めたので俺から抗議しておく。

「いや、ちょっと待って。何で俺がお前ら3人の下着の趣味なんか知ってることになってんだよ。やめてくれよ」

「だって、それぞれ1回以上は見たことあるでしょ?状況証拠だけでも私とクリスさんの分は上がってるよ」

 そんな馬鹿な…と考え直したが、なるほどとしか言い様が無い。ロベリアはホテルでの一夜の翌朝に、クリスは記憶を受け取る際や彼女自身の記憶の中でも大量に眼にしている。メーティスも常習的に胸チラパンチラをかましてくれるので記憶に新しい。実に覆しようの無い事実だった。

「…分かりましたよ、買ってきますよ、買ってくりゃいいんだろ」

 溜め息をつき、鍵を預け、メーティスの視線が背中に突き刺さってくる中トボトボと歩き出すと、またその背中に声が掛かる。

「クリスさんのは使い捨てのでもいいから。高いの買っても汚すだろうし、ショーツは暫く使わないから」

「はいはい、りょーかい」

 ロベリアに受け答えてヒラヒラと後ろ手を振っていく。その後2人も階段を上がって部屋を目指した。ほんの少しでも空気が和らいでくれているのは、当初の第一目標に到達したためか、はたまたクリスの介護に対する慣れから来るものか…。ともかく今日は休日だ。2人にはたっぷり満喫してもらおう。明日からはモルスムネを目指す。場合によっては、この一日が最後の晩餐となり得るのだから。


 連絡所の受付に話を通し、架空の作戦名を掲げて設けられた会議室へと向かう。その広い間取りの一室には大勢の魔人達が寄り集まっていて、彼らは俺を一目見ると話に聞いたレムリアドだと認識していた。それでユーリの手配が行き届いていたと安心したのも束の間、彼らの目に覇気が無いのに気が付いた。

「この度はご協力頂きありがとうございます。ユーリ先生から皆さんのお話は伺っています。明日からモルスムネへの道中、何かと頼りにさせていただきますが、私共も微力ながら全力を尽くします。どうかよろしくお願いします」

「…ああ、うん…」

 大きくお辞儀をした俺にも、返事をしたのはたった1人。それもこの上無く小さく短い返答だった。出鼻を挫かれた思いを振り切り、愛想良く努めてその1人に向けて話し続ける。他の者は殆ど此方を見ようともしていなかった。

「校長から妨害の命令が来たりしませんでしたか?パンジャではその命令を受けて現地の民兵に追われてしまいましたが、此方では何事もありませんでしたので…」

「…あぁ、来てたよ。滞在中の討伐軍に向けての通達ということで内容が漏れる前にこっちで受け取った。即刻処分したから何の影響も無かったさ」

「ええ、そのようで…。助かりました、ありがとうございます」

「…なぁ、君」

 彼は言い難そうに言葉を詰まらせて呼び掛けた。俺はその続きを無言で待つ。彼の言葉が出る前から何人か溜め息を溢し、また何人かは無関係を装うように横になるか背を向けるかしていた。重たい沈黙の末に彼が続けると、その数は堰を切るように増した。

「…モルスムネに、行く必要はあるのかい?」

「……え?」

 思わず首を傾げ、取り繕いもせずに聞き返した俺に、彼は仲間達を見渡しながら更に続けた。そこにいた彼らは皆魔鋼の装備に身を包み、瞳は俺と同等に発光していた。間違っても低レベルのはずもなく、ある程度の実力を持った者達だった。

「ここにはさ、もっと大勢いたんだ。この部屋に入りきらず廊下まで占領するくらいにね。それが、魔物を攻略するためのたった2度の戦いでこの有り様さ。どちらも結局逃げ帰っただけでね。…いいかい、モルスムネを目指すなんてのは、剰りにも無謀なんだ。これ以上命を張って進んだって辿り着く可能性は皆無に近い。その上、ただ目指すだけでも数世代前の地図を使うんで目視で探す必要が出てくる。あんな化け物と戦いながらそんな余裕は無い。そうこうしている内にやられてしまう。そもそも長らく外との関わりを絶っていた街なんて、行ったところで迎え入れてもらえないだろう。行くだけ無駄なんだ」

 それは恐らく嘘ではない。彼らが見てきた絶望は確かなものだろう。どんな善意も恐怖の前には竦んでしまうものだ。彼らの志はとうに挫かれてしまっていた。

「だからさ、このままハールポプラで籠城を続けるのはどうだい?港さえ封鎖すれば彼方もそれ以上攻め込めないだろう。それでいいじゃないか。向こうだってクリスティーネがいる街に砲撃なんか出来ないだろう。なぁ」

 彼は縋るように、媚びるように笑い、そう言い聞かせた。俺はそれに頑として首を振り、彼やその他の者達は俺に敵意すら向けて注視し始めていた。その豹変を見た俺には、もう彼らを宛にする気は更々無かった。

「いえ、ここにいては駄目です。それでは確実にクリスティーネ様をお守りすることは出来ません。例えば近くまで船で近づいて、そこから泳いで来られたらどうなりますか?侵入を許してしまえば街が戦場になり、我々には逃げ場もありません。居場所を掴まれていても絶対に攻め込まれず、仮に攻め込まれてもその道中で対処可能な程弱体化させられるモルスムネが現状どの場所よりも安全なんです」

「いやいや、泳ぐなんて…そうまでして衝突することは無いだろう。彼方だって穏便に出来るならそうするはずさ。上手く交渉すれば聞き入れられる」

「そんなはずないでしょう。…あなた方がそうまで反対するなら、私のパーティだけでクリスティーネ様をモルスムネまでお連れします。ここに留まっているよりその方がまだ希望があります」

「馬鹿な!正気か!?籠城すればいいと言ってるだろう、何でそこまで命を捨てたがるんだ!大体クリスティーネを連れ出してどうするんだ!もう何ヵ月も研究所にいたんだろ!?いい加減環境に慣れていたはずだ!別に助け出さなくたってクリスティーネは研究所でやっていけたんじゃないか!?必要も無く死者を出し続けるなど彼女も望まないだろう!さっさと元いた場所に返してくればいいじゃないか!そこにいたって命を取られる訳じゃないんだろ!?」

 彼を始め、その場にいた男達が次々と抗議し始める。ヒートアップした彼らの口からは、『女1人に何人も死ぬのは馬鹿げてる』とまで出た。…『女1人殺して世界が救われるなら安い』とも言った。女1人、女1人…。彼らにはユーリほどの熱意も決意も無い。この世の間違いを命懸けで正そうという気概も無い。しかし、それも仕方が無いのかもしれない。彼らは教員達ほど社会の醜い部分に関わっていないだろうし、ましてやそこに手を染めた罪悪感だって持ち合わせていない。だからそれらに抗戦する意志など現れるはずもなく、教員達に比べて命を懸ける理由に乏しかったのだ。そもそもクリスだって彼らにとっては又聞きした不憫な女でしかない。全くの他人で思い入れなんて微塵も無いだろう。そんな彼女のために動こうとしてくれたこと、実際に数パーティが犠牲になるまで戦ってくれたことに寧ろ感謝すべきかもしれない。どのみち、これ以上を彼らに求めるのも酷だと言わざるを得なかった。

「…分かりました、一先ず籠城するということで此処は収めましょう。明日仲間達を連れて改めてご挨拶に伺います。クリスティーネ様もお連れします。そこでしっかり情報をやり取りして、今後について話し合いましょう」

 そうして話を纏めようとすると、一瞬訪れた静寂の後に激しい怒号が浴びせられた。何様のつもりだ、生意気だと、発言の内容というよりは発言したことそのものを非難する具合に怒鳴り付けられ、俺は了承も得ず「失礼します」と出ていった。後から宿に怒鳴り込まれるやもと危惧したが、その心配は要らないと気付く。世間の当たりが強くなった今、彼らは公衆の面前で騒ぎなど起こさないだろうと予想した。


 宿に戻り、部屋に着くとメーティスはまたクリスのおむつを替えるために便所に向かったところだった。ベッドの上に座って遠目に窓の外を眺めていたロベリアは俺が現れると「お疲れ様」と笑い掛け、しかし俺の顔色が優れないと分かると「どうしたの?」と覗くように眼を合わせた。

「いや、ちょっと揉めてな。モルスムネに行くのが剰りに無謀だって。向こうはもう完全に諦めてるみたいでさ。明日4人で連絡所に出向こう。そこでしっかり話し合うことにしといた。…多分、お前らには辛い思いさせたり怖い思いさせたりするかもしれないけど、一緒に来てもらいたい」

「…そう。うん、分かったよ。大変だったね、今日はゆっくり休んでね」

「ああ…サンキュ…」

 そうして慰められると不意に全身が疲れを自覚して、俺は買い物袋を彼女の横に放り投げて奥のベッドに倒れ込んだ。彼女は暫し俺を眺めてから袋の中を漁り、「うん、どんぴしゃ」と気分良さそうに頷いて笑った。

 俺もそんな彼女に寝転んだまま笑みを返す。すると、彼女は袋を横に下ろし、膝の上に肘を突いた前屈みの姿勢で寂しく微笑んだ。

「…でも、仕方無いよね。私はその人達の気持ち…悲しいけどちょっと分かっちゃうから…」

 その弱々しい声と表情に、俺は起き上がって向かい合う。彼女は俺に見つめられると気まずそうに顔を逸らし、一層その表情に悲哀を滲ませた。

「…ロベリア、ありがとう」

 唐突に礼を言うと彼女は驚き、「…何で?」と微笑んだ。

「…こんな風に言うと、お前には失礼だろうけどさ…。俺とメーティスは、1年の時からクリスと一緒だった。クリスが苦しんでるのを傍で見てきて、あいつのために頑張ろうって思ってきた。だから今、こうして迷いも無く彼女の味方でいるんだ。…けど、お前は違う。…お前は、ただ俺と知り合ったばかりに…俺とメーティスとパーティを組んだためだけに、今もこうして危ない立場に身を投じている。お前はクリスについて深く知っていた訳でも無かっただろうし、そこまで絆は無かったと思う。本当に第三者としてクリスの問題に関わらされてしまった、ただの犠牲者なんだ」

「…うん、そうだね」

 彼女は否定しなかった。仮に取り繕っても俺の思いは変わらない。それを知っている彼女は、俺相手には正直でいるようにしてくれた。そのことが、余計にクリスとのことに巻き込んでしまった後悔を強く感じさせた。

「…お前には、本当に感謝してる。…感謝してもしきれない。…けど、だからこそ思うんだ。……俺達の旅にお前を連れてくるべきじゃなかった。…俺達は…俺は、お前を不幸にしてしまった」

 彼女は笑みを消して、静かに俺を見つめた。俺はそのまま頭を下げ、「…すまなかった」と謝罪した。これは彼女のこれまでの献身を冒涜する行為でもあると分かっている。共に過ごした日々を否定する行為でもある。しかし、それでも謝らなければ気が済まなかった。それは彼女がどうということではなく、俺の心だけの問題だった。ただ申し訳無く思っているその気持ちを、彼女に一度でも伝えなければならなかった。

 彼女はそれを、肯定も否定もしなかった。ただ静かに見守っている。トイレからも物音はしなかった。完全な沈黙の中で平伏し続けている俺に、空間に吸い込まれていくような深くて優しい声が掛かる。

「…それでも、もうここまで連れ添ってきちゃったから…。…どうせなら、行けるところまで見届けたいかな」

 顔を上げると彼女は笑っていた。それは俺のために作った笑顔などではない。悔いは無く、そんな自分に呆れているような、そんなどうしようもない素の笑顔だった。

 …もし彼女が俺達と知り合わず、別の誰かと仲間になって普通の旅をしていたら、そこにいる彼女はどんな風に笑っているのだろうか。そんなあり得た世界を夢想して、俺はまた彼女に頭を下げた。

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