魔像と護符と魔法式と疑問
急ぎの仕事のガルドさん。少年は工房で独り、護符に関する勉強を進めますが、違和感に首を傾げます。
「考えてた一番遅い時間より、少し遅くなっちゃった。ガルドさん、怒ってなけりゃいいけど」
工房の販売窓口にいる従業員に会釈をして、扉から入る。
「すいません、遅くなりました」
「おう、戻ったか。俺はちっと用事ができてな」
多少の寄り道は織り込み済みだったのか、ガルドは特にたしなめる様子もなく、何やら急いだ様子で、護符用の道具類を鞄に押し込んでいる。
「何か危急の仕事でしょうか?」
「まあな、街を守る壁の仕込み護符に問題が見つかったとかで、急ぎで仕込みに行くのさ」
街を取り囲む防護壁は、使用された石材の中に様々な効果の防御用魔法式と護符が埋め込まれている。ある程度の攻撃用魔法式を防ぎ、物理的攻撃も受け止める事ができるため、防衛用の重要な施設として位置づけられていた。
だが、護符として起動させ、何らかの攻撃を受けると徐々に刻印が劣化していく。劣化が激しいと石材自体が破損するため、効果が見込めなくなった時点で刻印を入れなおしたり、別の石に交換するのだが、代謝するよう入れ替わり続ける中で、別系統の魔法式が刻印された石は魔力的に反発したりして弱点となる事がある。
防護壁は、戦争用途で発展した拠点防衛用の技術だが、この国においては魔物の襲撃に備えたものだ。定められた時期に行われる大討伐による魔物の誘引の他、季節や時期によって発生する魔物の群れの暴走を防護壁で受け止めつつ、衛兵や傭兵達で対処を行う事が取り決められている。
「予算ケチって新式の安物入れて、はねた上前を懐に入れてた官史が居たみたいでな」
ガルドの説明はこうだ。
発覚はある夜勤衛兵の巡回時だった。練習を兼ねて防護壁の式を試験起動させた所、一部の壁で起動しない事が発覚したのだ。調査の結果、早期交換をねじ込んだ官史と商会の癒着、それに加えて納入した壁石の欠陥が見つかった。
満月も近く、月からの魔力に中てられた突発的な魔物の襲撃もありうるため、長年の実績がある工房に修正と入れ替え作業の依頼が来たのだと。
「中央内壁貴族様の血筋かなんだか知らないけどよ、開拓村と繋ぎ、中央を守る街の役割、ナメてんのかねぇ…」
少年が住んでいた村は、竜族の生息地域も近く、比較的襲撃が少ない地域で防御網を張っていたが、それでも被害は毎年出ていた。少年は間近に魔獣を見ない連中の意識の低さに驚きを隠せない。
ガルドも心底呆れたと言わんばかりに嘆息しつつ、てきぱきと道具や素材を袋に詰めていく。彼の指示に従い、少年は店にある素材を取っては渡していく。
「さぁて、お前は掃除済ませたら終わりにしていい。窓口の面子にゃ話はしてあるから、ミユが戻って来たらそっちにも伝えてくれ」
「わかりました。少し練習と勉強したら工房閉めておきます。でもそれだけの荷物、どうやって運ぶんです?」
選んだ道具類の数々は、背負って動けはするが、防護壁に持って行くには余りにも多い。
「オマエにはまだ見せてなかったな」
ガルドは重く膨らんだ道具袋を背負うと、工房奥にある古ぼけた扉の前に立つ。前に置かれていた雑多な荷物をどけた。
「作業用の魔像を出す。裏手から一緒に出るからよ、手伝ってくれ」
「は、はい!」
荷物をどけ終えると引き戸だったそれを開ける。随分と分厚い。扉脇にある<持続光>の護符を起動する。先に入ったガルドに続く。
中に入ると、光が天井付近から中を照らしていた。天井は高いが広くは無い。
「合図したら開閉用の取っ手を引いて扉を開けてくれ。少し体重入れろよ重いからな! 出たら元に戻してくれりゃいい」
「わかりました!」
真ん中には材質は木と鉄で作られた頑丈そうな椅子と机があり、ガルドはそれに腰掛けた。机の中心には円形の護符が一つ、嵌めこまれている。
「自己診断結果に問題なし、魔力への反応よしと、こないだ定期で慣らししといてよかったぜ。よし、扉開けろ!」
「ふぅっ…せいっ!」
体重をかけ示された取っ手を引くと、強い抵抗があった後、一気に下がった。何かが噛み合う音がしてごりごりと音が響き、続いて鎖が動く音が壁向こうで響く。
最後にゴトンと一際大きな音がすると、扉側で鎖が動く音が響き、小部屋の壁が左右に開いていく。
「<命令>、動作登録1番で起動、移動準備、到達目標:東防護壁通用門、経路1の3、前進微速、…命令終了」
『命令受諾、行程確認完了、実行開始』
魔像の返答と共にガルドの座っている椅子と机…いや、搭乗席とも言うようなそれが揺れ、ゆっくりと立ち上がる。魔像の頭部に机と椅子が備え付けられているのだ。
大きさと外観は、村にもあった岩石製のそれと似ている。
異なる点は頭部と各所にある木と金属の補強だ。所々が凹んだり擦れたりしている。おそらくは、作業や移動で摩耗する場所に貼り付け、本体の損傷を防ぐためのものだろうと少年は推察する。
ずしんと地を揺らす音を立ててゆっくり、ゆっくりと歩き始める。天井からパラパラと埃が落ちる。片足でも左右に揺れたりはせず、幅広い足が安定して前に出る。
身体が外に出た所で、ガルドが少年を振り向いて叫んだ。
「閉めは任せるが、工房をミユとしけこむのには使うなよ!、宿ならまあいいけどよ!」
「使いませんよ!? っていうかそんな関係じゃありませんからね!?」
少年の絶叫は虚しく工房内に響いていた。
ガルドを見送って時間が経ち、言い渡されていた定時にには販売窓口の従業員達は仕事を上がり、他に誰も居ない。
従業員達が帰り際、によによしながら自分を見ていたのを少年は思い出した。ガルドとのやりとりを聞いていたのだろう。まだ出会って数日だというのに、なんだか何年も過ごしたかのような受け入れられっぷりであった。
「ここで気を抜かないで、頑張らないと」
来てまだ数日だ、気を抜くのも増長するのは速すぎる。ここも、村で教わった鉄則の一つだ。まだ自分は、商品化に耐えうる護符作成を任せられる腕前では無いのだから。
「うっし、片付け終わり」
工房内は静かだ。掃除と片づけを終えた少年は、練習用の護符図案を読み取り、同じものを作るべく二回り程大きな木板にそれを書き写す。何枚か作っては試して効果を確認する。それの繰り返しだ。
「終了、残留式の破棄、再展開…」
いくつか、読み取ることができ、上手く行ったものを起動させてみるが、違和感を覚える。最初に護符片に記載の命令式に触れてからずっとある、違和感だ。
完成済み護符の魔法式と、自身が持つ魔法式との違和感。それが少年に首を傾げさせた。
マクロ式と同じ魔法式はまだいい。魔法式の編纂や試験を行う、汎用の編集用魔法式と殆ど同じだからだ。
だが、村で教わったいくつかの生活魔法式のうち、いくつかを刻印として書き写した試作の護符は実行できない。全く同じ命令式が書かれている筈なのに、単に魔力を通すだけでは使用できないのだ。
二度三度、首を捻ってから、ある方法を思いつく。
「認識化が必要、なのか?」
護符を持って集中すると、脳裏の仮想領域に護符が認識されていた。改めて魔力を流すと、想定した効果が発揮される。
認識化とは、魔法使いが自身の支配下に魔道具や収束具、あるいは護符と言った魔法関係の装具を置く事を指す。接続化とも言い、魔法使いの仮想意識下に配置される。
手に持って集中するだけのものや、橋渡し的な役割をする接続用魔法式を自身の仮想意識下に覚える必要があるものと様々だ。
認識化する事で消費魔力量の低減や操作の手間が大幅に減る反面、それらが破壊されると精神的にダメージを受ける事がある。また認識化が必須とされる装具類は大抵、使用難度が高度になりがちで製作に手間もかかり、手軽さと汎用性に欠ける。
工房はオーダーメイドも受けるが、汎用性と耐久性に長けた護符の作成が重要視されている。少年が試作した護符は、作成の手間や魔力量の大幅な削減は達せられているものの、使用前には認識化が必要だった。
「むむ? でも接続用魔法式なんて俺、入れてないよな?」
再び首を捻る。仮想意識下にある魔法式は、いつもの馴染みの生活魔法たちだ。単体では効果のない接続魔法式は、存在していれば脳裏に情報が思い浮かべられるのだが、そういったものは見つけられなかった。不必要に魔法式を詰め込んだ場合に感じる圧迫感は全く無い。
唯一の可能性としては、村から出る前に青年から特別に受けた仮想領域構築の儀式が該当するかもしれないのだが…。
「うむむむむ?」
「たっだいまーっと!」
首を何度もひねっていると、姉弟子が元気よく帰ってきた。外を見れば遠くに日は沈み終わっている。
「ふー、遅れてた納入、殆ど済んで良かったよー。
およ、ガルドさんは?」
少女はそう言いながら配達用の鞄を置き、中身を所定の位置に置く。
「街の防護壁の修正とかで、仕事だってさ。今日は片付け終わったら閉めて帰っていいって言われてる」
「ほいほい。悪かったね、夕ご飯遅くなっちゃって」
「大丈夫、練習で時間忘れてたし」
「なるほどね。あ、昼の約束、覚えてる?」
「うん。魔法書は宿だから、戻ってからでいい?」
「いいよー、んじゃ戸締まりして帰ろうか。宿で私がご飯おごっちゃいます!」
「やっりぃ!」
ぶっちゃけた所、少年には、青年謹製の、PCで言えばランタイムライブラリとデバイスドライバのようなものが入ってる状態。
その為、1つの完結したシステムパッケージとして作る護符の刻印では、必要なプログラムが含まれていないため動きません。
少年の意識下に置くことで、高度命令に対応した高出力化魔力が生成され、それが専用護符に流れる事ではじめて、動作する訳です。




