ハッタリもテクニック
現在、工房に居るのは職人のガルドと弟子のミユ、直接販売を行うジルベリア(工房長の奥方でもある)と、近所から販売要員として雇われている女達が数名だ。
工房長を含む他の職人たちは、素材の調達やら技術指導やらで暫く不在である。あと数日すれば戻ってくるとの事だが、それは少年の忙しさが緩和される事と同じではない。職人としての仕事と、徒弟として覚える仕事は別で、現在、徒弟として居るのはミユと少年だけだ。
採用後から数日の間、本住まいが用意されるまでの間、目まぐるしく時間が過ぎた。
緊張と忙しさで精神が昂っていたのもあるが、少年は覚えることの山を前に怖気づく事も無く必死に食らいついた。
職人頭のガルド以外の、販売窓口の従業員の名前、その仕事内容から、ガルドが指示する細かな雑用の数々は、若さ故の活力と柔軟性もさる事ながら、驚かれる程の集中力で覚えていった。
朝から昼間での雑用とミユに付いての用聴きやら配達が終わると、工房で護符に関しての勉強である。それは夕刻を知らせる鐘が鳴るまで続く。
これが、徒弟としての奉公に来た少年の仕事であった。
朝、毛布から覗く無防備なミユの肢体から釘付けになっている自分の視線を引き剥がしつつ、自分の下着を確認する。大丈夫だ、問題ない。ほっとしたリョウは仕事着に着替え始める。
「んゆ…朝?」
「うん、先に下に行ってるね」
「わかったぁ…ふぁぁ…。ぁあ、朝食はライスねぇ…」
若干低血圧気味な少女は朝食の付け合せに出るパンかライスの指定を伝えると、手だけ上げてひらひらと振った。リョウはそそくさと身支度を整え終えると、食堂に向かう。
宿を切り盛りするおかみが少年の足音に気付き、布巾を片付けながら顔を上げた。
「おはようございます」
「あら、やっぱり早いわね。朝定食を用意するから先に座ってて」
「ありがとうございます。ミユ姉もすぐに来ますので、2つ用意を。両方ライスで」
「はいよ。あんたー! 朝定食2つ!」
「おう」
厨房奥から野太い声が響く。宿の食事を一手に引き受ける旦那さん、通称”大将”である。一言二言しか喋らない寡黙な人物だが、腕は確かだ。若い頃はおかみと二人で探索者稼業をしていたらしい事を少年は聞いていた。料理は旅の間、各方面を食べ歩き、教えを受けた賜物だと言う。
「あふぁ…、おはよーございます…」
「ミユちゃんは朝、弱いねぇ。ほらほら、今丁度、ミソスープできたから」
身支度をどうにか整え終えたミユが降りてきた。ただ、髪は所々跳ねているし、衣服のきこなしもだらしない。おかみは苦笑しながら少女の衣服を整える。
「朝定、ライス付きお待ち」
大将がカウンターに定食2つを置く。トレーにあるのは、混ぜ焼き卵と焦げ焼きしたベーコン、軽く炒めた野菜が乗ったプレートと、丸皿に乗った白いライス、そして小さな器に入った茶色のスープだ。
「あんがと、おねーさん。うん、この香りよね、目が覚めるわぁ」
「前に出汁の作り方を教えてくれたでしょ、それから人気が出てね、定番に入れたのよ」
「そっか、他にも気に入る人が居たんだ…、良かった良かった」
妙にしみじみと言う少女。少年は目の前に出されたスープに不思議そうな顔をしている。村では食した事のない始めての料理だ。
「これってどんなスープ?」
「ああこれ? 妖精豆を煮て潰して塩と米麹を混ぜて発酵させて作る、調味料の味噌を使ったスープよ。風味が独特だけど、慣れると癖になるわ」
妖精豆とは、肉をあまり多く摂らない長耳族達がよく食す豆だ。乾燥させて保存する事ができ、粉にしたり、水で戻して煮たりと様々に用いられる。一部では、発芽可能な状態で無菌状態の暗所の栽培でモヤシという状態にまで育てた物を食したり、乳白色のトーフなる形に整形したものを食したりするという。
「へぇ、これがミソのスープなんだ」
村では青年先生の家でのみ作っていた味噌だが、国全体ではライスこと米の流通量が少ないのもあり、高価な調味料だ。自家製で製造コストを下げるにしろ、製法からして青年位しか知識がない。
「味噌だけだと味に深みが無いから、色々な風味や旨味を溶かしたスープに味噌を溶いて入れるのよ。
っとと、講釈垂れてないで早く食べましょう、冷めると美味しくないわ」
各々、食事前のお祈りをして食事を開始する。少女が最初に味噌のスープに口を付けたのに倣い、少年もスープを口にする。
独特の風味はあるが、水分が不足した起き抜けの身体には、塩気と水分が身体に染み渡る感じと、隠れた旨みが言い様のない感動を呼ぶ。プレートの料理とは若干合わないが、ライスと一緒にスープを飲む間隔は少し、病み付きになりそうだと少年は思った。
「流石ね、おやじさん」
「ん」
スープを一口飲むなり親指をぐっと立てるミユ。カウンター前ではそれに答えるように親指を立てる大将の姿がある。
「今度は太海草の乾燥させた奴も、出汁に使ってみて。あと、丁度いい具材のチョイスも後でリストにしとくから」
「ほう…」
味の探求はまだ奥深い。もっと美味くなるのかと妙な所で感心しつつ、少年は食事を続けた。
食事を終え、工房の朝からの仕事を済ませたリョウは、今日は得意先への挨拶というのも兼ねて、ミユの用事に同行していた。主に金の余裕がある人々の住む地区を巡り、今はその中でも一際大きな邸宅にある一室に二人は居た。
「ご注文の品、以上で宜しかったでしょうか?」
言動も闊達でともすれば幼い容姿のミユであったが、仕事と弁えての丁寧な口調は、流石は先輩格といった落ち着き。少年の方と言えば、緊張でガチガチに固まっている。
何しろ、目の前の老人は村ですら伝え聞く、魔道具製作の高名な研究者なのだ。今は中央に残した弟子に地位を譲り、きままに自分の研究に没頭している。
「うむ、間違い無い。流石は筆頭のガルドよの、期待以上の出来栄えだ」
街でも名士として数えられる老人は、出来上がった護符を座っている魔道具に差し込んだ。魔力を通して作動させると動力が伝達され、腰と肩へ心地よい振動が伝わってくる。
これは魔力を動力として使うマッサージ器具だ。老人が以前から開発していたものだが、少ない魔力で継続して動力として機能する護符の製作には、かなりの試行錯誤が必要だった。それに根気よく協力してくれたのが、工房のガルドだった。
心地よさに目を細めつつ、前に控えている工房からの遣いに顔を向ける。
「ようやく、満足の行く代物となった。約束通り手形を用意させる」
「はい、ありがとうございます。今後共ご贔屓に」
ミユが頭を下げると、それに続いて少年も頭を下げた。その後はガルドに直接オーダーメイドの護符を依頼してきた顧客達への配達と挨拶である。
歴戦の傭兵や探索者の他、セレブな住まいの人々が主だった顧客であったが、不思議と高圧的な態度を取る相手は居ない。むしろ、好感を覚える人物が多い。この辺りが、工房が街において名声を保つ要因になっているのかもしれないと少年は感じていた。
工房近くの大衆食堂。主に労働者向けで、朝から夕方までの営業をしているその店に、ミユとリョウ、二人の姿がある。既に注文したものは平らげ、食後の時間を使って雑談をしている。
「色々できるんだなぁ、護符って」
同室となった際は面食らったが、その内慣れて適切な距離感を保てるようになり、また話す機会が多い事と先輩少女の許諾から、少年の言葉遣いは年頃の若者らしい地が出ている。
「魔力量を気にしなければ、ある限界までは効果は大きくなるけどね。うちは逆よ、魔力量が少ない人でも扱えるようにするのが得意なのよ」
「ミユ姉は、どの位までは作れるの?」
「私はまあ、こっちで言う中級魔法と同じ効果の物はいけるかな。でも、護符に使う刻印は使用言語が雑多で沢山でね…、いくつか言語別に解析はしてるけど、整理だけでもう大変。同じ名前の関数でぶつかったり、エディタで動かすマクロ文だったり…」
「ゲンゴ? カンスウ?」
エディタとマクロという言葉は、稀に自分の師から零れた単語に似ている。だが先の2つについては聞いたことが無い。
「あ、気にしないで、私の使う魔法式での概念だから。まあ、自分なりに作れる範囲だと、木札と陶器の中級式までかなぁ」
上達速度は工房の中では早い。だが、これまで扱ってきた自身の魔法式と余りにも違う為、苦労しているのだという。
「そう言えばリョウはどれ位、魔法式は知ってるの?」
「俺は大抵の生活魔法は教わったよ。旅魔法もいくつか」
旅魔法とは体系化されてはいないが、少なくとも数日を跨ぐ旅の際、重宝される効果を持った魔法式の事で、生活魔法と被る。
参考までに代表的なものを列挙する。
<水濾過>:水から余分な成分を選り分ける。最も簡単な式だと純水化するので水としては不味い。
<持続光>:継続する明かりを灯す。
<保存>:かけた瞬間の状態を効果時間が切れるまで維持する。
<洗浄霧>:目標の生物から離れた垢や汚れを溶かし落とす魔法の霧を発生させる。
<脱水:木>:魔力の失せた木から水分を分離する。薪を作る際に使われる儀式型。
<雨除け>:設定速度以上で飛んでくる水分、即ち雨や泥跳ね程度から対象を保護する力場を発生させる。
※少年のものと魔法式構造が同じとは限りません。
「へぇ、その歳にしては凄いじゃない」
関心しつつ、手元の木茶をすする。
「そうかなぁ? 俺、こっちで買った魔法式の本、書いてある式はどれも見たこともないし、どれも”いじれないし組み合わせられない”し…まだ全然、自分用の魔法書、ページが増えてないよ」
ミユは驚きに口から茶を吹き出しそうになった。危うく止めたが、鼻の奥に水気を感じる。慌てて懐のハンカチで鼻をおさえた。
「も、もう一回言って貰える? リピートアフタミー!」
「りぴーと?? あ、ううん? 見たこともないし…」
「いやその後よ」
「どれも”いじれない”し…」
残念そうに言う少年とは裏腹に、ミユは内心、驚きを隠せない。いや内心どころか、顔に出すぎて逆に無表情だ。
(普通、魔法式の効果を変えるだけなら、強くするか弱くするか”その程度…”、でもこの子はいじる・組み合わせると言った)
大抵の魔法式は、事前に設定していた範囲でのみ、効果を変化させられる。一度に複数の魔法式を使う場合も、それぞれ別の効果が発揮されるが、基本的に混ぜあわせたりはできない。式を不用意に近づけた状態で起動すると、式崩壊と暴発が起きる可能性もあるからだ。
例外としては、発生した効果を組み合わせて混合魔法として色々な効果に派生させる”魔術”があるが、こちらは難易度が高いし、何より式自体は標準的なものなので魔法式を組み合わせる事とは別だ。
少年は「いじる・組み合わせる」と言った。そんな言葉を聞いたのは、自分の母親の教えと、工房の護符作成時だけだ。通常使用されている魔法式では使われる言葉ではない。後は中央の魔法研究所に居る魔法式開発の上級魔法使いか、戦闘技術の洗練に余念のない城勤めの上級騎士だろうか。
「…興味深いわね。仕事の後、時間取れるかな、覚えてる魔法式、私も教えて貰っていい?」
「いいけど…、何で今更? ミユ姉は上級魔法も使えるでしょ?」
「いいの、護符の作成でモノを言うのは、色々な魔法式への理解だもの、知識を得るのは当然の事よ」
「そっか、いいよ! 先生も、教えてくれた魔法式に興味を持つ人が居たら、見せていいって言ってたし」
先ほどの陰りは鳴りを潜め、誇らしげに言う。余程、その”先生”を尊敬しているのだろう。ミユは時計を見て、テーブルから立ち上げる。
「さて、私は最後の用聞きに行ってくるから、また後でね」
「うん、俺は工房に戻ってるよ、それじゃ!」
歳相応に元気よく答え、リョウは工房へ向かった。
他の配達と用聞きは概ね滞り無く終わった。後は工房で報告し、掃除や片づけをすればいつもと同じ終わりである。
だと言うのに、目の前に立ち塞がった男達はなんなのだろう?
3人が、狭い路地の前で少年の前に立ちふさがっている。自然体ながらじりじりと動き、少年は逃げ道を探していた。
「おうボウズ、見ない顔だな」
「な、何か御用でしょうか?」
最初から喧嘩腰なのは避けたが、今の状況では悪手だった。相手が目に見えて図に乗るタイプのチンピラだったからだ。
「俺たちよぉ、ちょーっと金に困ってんだ、少しばっかり貸してくんねー?」
「そうそう! ほんのちょっとでいいんだよ、なぁ?」
村で教わった青年の奥方による鉄則に従うなら、この手合とは関わらない、あるいは一気に制圧、または逃亡していいとあった。
その為、少年は逃げ道を探している。体格差からして、トップスピードになれば逃げ切れない事は無いだろう。ただ、いかに虚を突いて逃げるか、という点については経験が不足している。
「すいません、今持ち合わせが無いんです」
「おっとおっかしーな、そっちの商店から通し銀で貰ってたじゃねーか」
通し銀とは、半銀貨と同じ銀を含む少し純度の落ちた銀貨で、半銀貨と同じ価値で取引される。真ん中に穴があるため、紐を通すことで束として持ち歩く事ができる。
「だめなんです、仕事場の預かり金なので」
「ちっとくらいいーじゃねーか、なあ」
「そうだそうだ、あの束なら一枚か二枚位、どうってこったねぇって」
男達はどうあっても金を奪う気だ。だが懐にあるのは工房の大事な売上金である。手を付ける訳にはいかない。
困り果てた少年。できれば暴力による解決は避けたい。でもどうやって? 何かちょっと驚かせる魔法で虚を付けば…うん、それでいこう。
意を決して、自分で構成を色々変えた魔法式の内、持続時間をほぼ一瞬にして、空いた余裕を光量の増加にあてた元<持続光>の魔法式、通称<瞬光>を脳裏の仮想領域に呼び出した。
しかし、転写を行おうとした矢先、鋭い声が路地に響く。
「何してやがんだチンピラ共! 俺らのシマでカツアゲか!?」
「あぁ!? …へっ、なんだ糞ガキ共、大人への口がなっちゃいねぇな!」
少年ことリョウが振り向く。その間も警戒は欠かさない。
そして声がした方向に居たのは、年の頃はリョウより少し上の、似たような容姿の少年と少女だ。腰には二人共、布を巻きつけた棒と、妙な革袋を下げている。
「んだとコルァ! どーせてめぇら、程度悪すぎて厄介払いされた構成員崩れだろ!」
「ぐっ、何か知ってる風情だが、ガキ共、こっちが手ぇ出さないと鷹括ってやがんな!?」
図星だったのか、一人がズカズカと早足で少女の方に歩み寄り、乱暴にその肩を突き飛ばす。少女はその勢いで尻餅をついた。
隣の少年は男に掴みかかろうとしたが、飛んできた拳に殴られ、壁に吹き飛ばされた。すぐに立ち上がろうとするが、男が懐から抜き出したナイフに息を呑む。男達は冷静な判断力を失いつつあった。
タイミングが悪かったと言えばそれまでだろう。だが、リョウはわざわざ助けに来た二人を置いて逃げ出す事はしなかった。
村で、青年の奥方から教わった鉄則の一つにこうあった。
『助けたいと思った人が居るなら、今ある全力を注ぎ込め。後悔するのは後でいい』
その言葉に忠実に、リョウは従う事にした。
覚悟を決めれば、後は早い。興奮気味の心を抑え、冷静に魔法式を選ぶ。
脳裏の仮想領域へ、熱量は低くとも範囲と長さを拡大した<火口>の魔法式を呼び出す。更に先ほど呼び出し済みの<瞬光>も準備。そして、洗濯物か乾かす時や火起こし、部屋の空気を入れ替える時に使う<微風>を変化させた<強風>を用意した。
「やめろ、これ以上は冗談じゃ済まない」
先ほどとは打って変わって強い口調。前を塞ぐ男二人はぎょっとして少年の顔を見る。
「なんだガキ、いきなり粋がってんじゃねぇぞ!?」
「…あんたらみたいな手合に、うん、容赦する必要って元々無かったね」
奇妙に落ち着いた少年の言葉に、男達が何かを感じてたじろぐ。覚悟を決めた人間、それに特有の眼だ。
ナイフを取り出した男も何事かと振り返る。
チャンスは今。視点が少年に集まっている。先ほど倒された二人については、ナイフを構えた男の影になっている。
「位置はばっちり。あのさ、お互い運が悪かったって諦めろ。やったらやり返されるって、想像力は働かせようぜ?」
「てめぇ、何を言って…」
脳裏に展開した魔法式の内、<火口>を指先で実行。魔法式が転写される。
「<火口>!」
効果発動に設定した言葉はいつもと同じ。だが、男達はそれに気付けない。目の前にできたのが人の頭程もある火球だったからだ。
「くそ、魔法使いだ!?」
慌てて距離を取る男達。少年は準備した魔法式を、設定してあった連続実行用の式内に用意。脳裏から現実界面へ転写。
規模としては合計4つの生活魔法だが、発動句の設定をしなかった事もあり、視界に少し歪みが生じて必要魔力量が増大している事はわかった。だがここで止めてはならない。転写された魔法式に気付き、その大きさに男が驚愕に目を見開いた。
「こ、こんガ…!」
このガキが! と言いたかったのだろうがもう遅い。魔力は充填されている。実行条件が整うなり、連続魔法式は記述に従い、魔法式を実行する。
瞬間的に路地裏へ、膨大な光が生まれる。少年は事前に目を閉じていた。瞼の裏が真っ白になったがすぐに終息。続いて火柱が男達の顔を一瞬焦がした。火傷を負うほどでないが、これが<火口>だとだれが気づくだろうか。ひげや髪の毛が焦げる嫌な臭いが立ちこめる。
そして最後に<強風>が発動。子供ですらしっかりと構えていれば何のことは無い一瞬の強風だが、視界を潰され、何をされたかわからないまま頭を焦がされた男達は、突き飛ばされたかのように仰向けに倒れた。
連続魔法式は定められた行程を終えた。同時に仮想領域から破棄すると視界の歪みと狭まりが正常に戻る。いくつかの術式はすぐ転写できるよう身構える。
「め、目が、目が!?」
「俺、死ぬ、戦闘魔法食らって死んじまう!?」
「みえねぇ!? お、おがーぢぁーん!?」
使われたのは何のことは無い元生活魔法なのだが、視界が塞がれ、焦がされ、吹き飛ばされたショックは大きかったようだ。
止めではないが、ツボマッサージなどに使う<弱雷>の魔法式を呼び出し、男達に直接触れて彼らの爪を発動位置として登録。これで、男達の視界が戻り立ち上がっても、意識から外すまで捕捉し続けられる。
実行。
「「「みぎゃっ!?」」」
奇妙な叫び声が響く。そしてこの世の終わりかのように、体躯をじたばたさせて情けなく叫ぶ。
(冬に金物とかでパチってなる、あれ位なんだけどなぁ)
リョウは苦笑してその横を過ぎると、呆然とした顔でこちらを見ている少年と少女の二人に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「あ、ああ…」「うん、無事…」
光って燃えて風が吹いた。文字にすればその程度の事だが、魔法を使った事はわかってもどんな魔法式を使ったのかまったく理解できない状況である。
少年と少女は、目の前の出来事を整理しきれず呆然としていたが、差し出された手をそのままにする訳にも行かず、手を取って立ち上がる。
「おい、何があった!?」
押っ取り刀で巡回の衛兵が駆けつけた。どうやらチンピラ達がリョウを追った事に気付いて、近くの商人が通報していたらしい。
「お疲れ様です、衛兵さん。こちらの人達が、お店の売上を巻き上げようとして来たので、通りすがりのこちらの二人はそれを止めようとしてくれたんですが突き飛ばされてしまって」
衛兵はリョウと、少年と少女の二人を交互に見る。足元には情けなく転げまわる男達がまだ呻き声をあげていた。
「ふむ? それで間違い無いか?」
「ああ。んで、刃物を取り出して来たから、そっちに兄ちゃんが光る魔法でこいつら驚かせてさ、で、今こうなってる」
「光る魔法?」
街中において、殺傷効果のある戦闘魔法の使用については、街の法律で厳しく制限されている。
「えっと、光を強くした<持続光>だったんですよ、びっくりさせるだけだったんですが…」
「今、使って見せてみろ」
リョウは少し迷って、少々強め程度の光量にした魔法式を呼び出し、実行した。再び見えぬ視界に光が挿した事から、男達は再び世もなく泣き叫ぶ。
「うむ…目眩ましには十分か。恐らく、戦闘魔法を知らず驚いたのだろうな。情けないと言えば情けないが、外を知らぬなら仕方あるまい」
「そうなんでしょうかね。あ、身分証はこれです、まだ仕事が残ってるので、呼び出しは後にして貰えないでしょうか」
申し訳なさそうに言う。村で教わった、礼儀作法についてはほぼ完璧だった。
ともすれば礼儀のれの字も知らない口調が多い中、身なりはともかくきちんとした態度で接する少年の姿に衛兵は好感を覚える。
基礎的な礼儀作法は、知らぬ他人同士が余分な摩擦を産まない為の技術である。誠意を持って礼儀もあるなら、これを邪険にする者は殆ど居ないと言っていい。
少年から提示された街の身分証を確認するなり、衛兵の顔が綻んだ。
「おお、工房の徒弟なのだな、ならば魔法式への理解は当然の事だ。大丈夫、咎める事は何も無い。後は任せておきたまえ」
「お手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした。では」
衛兵に挨拶して場を辞そうとした所で、機会は悪かったがわざわざ助けようと出てきてくれた二人を見る。
「僕は工房で働いてるリョウだ。二人もありがとう」
「お、おう…」「あ、ありがとう…」
曖昧な表情で返す二人はそのままに、今日の仕事も終えたリョウは工房へ戻ることにした。
ルビ回りとか修正。あと少年の口調も。




