第8話 突然の任命
ルビが待ち合わせに指定してきたのは、食堂から少し離れたところにあるちいさな空き地だった。人気はなく、ジェラルドがひとり立っていても見咎められることはない。職業柄、待つことには慣れている。ルビが姿を見せるまで待機するぐらい苦ではなかった。
「カルセドニ部隊長」
お待たせしました、と声をかけてきたルビは先ほどまで着ていたような町娘のような格好ではなく、見慣れた見習い騎士用の服を身に纏っていた。それを少し残念に思う自分に呆れてしまう……何を考えているんだ、俺は。
「ルビ、お前はいったい」
何を考えているんだ、たまの休みに。しかも女装をして食堂で給仕をしているとは——言いかけたジェラルドの声を遮るようにして、ルビは「申し訳ありません!」と勢いよく頭を下げた。
「お休みの日にあの食堂で時々お手伝いをしているんです……働いていた方が急に辞めてしまったらしく、このままでは店を閉じるしかないと」
「——王立騎士団において副業は禁止されている」
ため息を吐くと、ルビは鎮痛な表情で項垂れた。
「はい……先ほど、お店にも事情を話してもうお手伝いはできない、と話してきました。どんな処分も受ける覚悟です」
「結構。お前の処分は既に決まっている」
ルビ、と名前を呼ぶと背筋を伸ばした。相変わらず律儀で真面目な部下だ——手放すのは惜しいほどに。
「ルビ・バトラー。お前を俺の専属秘書官に任命する」
「……は、い?」
きょとんとした顔つきでルビは首を傾げた。何を言われたのかわからない、そんな表情をしている。
「本来なら、騎士団を辞めてもらうところだが……お前にはまだ利用価値がある。それならば余計なことが出来ないように手近に置いて、監督する方がマシだろう」
「えっ、えっ、と……ぼ、僕はこれからどうなるんですか?」
「そうだな……まず、寮の部屋を移れ。俺の部屋に置いてやる——光栄に思うがいい」
それから、ルビには細々とした事務作業の手伝いや、見回りの同行などを命じるつもりだ。片時も離れるつもりはない——あくまでも仕事として、であるが。
呆然としているルビを前に選択を迫った。
「いいから受け入れろ。悪いようにはしない……まあ、俺の気分次第ではあるが」
「わ、わかりまし、た……」
よろしくお願いします、と頭を下げたルビを見て、ジェラルドは笑みが込み上げてくるのがわかった。まるで全てを手中に収めたような気がしていたのだ、このときまでは。
「勿論、偽恋人の役目も果たしてもらうからな。どうやらお前は女装が気に入っているようだし」
「ち、違います、あれは食堂の制服が女性ものしかなかったからで……あっ、新しい給仕さんが見つかったらしくお店は続けるそうなので、よかったら通ってあげてください」
ルビの言葉に脱力する。どこまでお人よしなのだ、この部下は。
「いいから帰るぞ。そしてすぐに寮の部屋を片付けろ」
「はい、承知しました! えっと、その……これからも、よろしくお願いいたします。部隊長」
ぺこりと頭を下げた部下の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜると、日が傾きかけた王都の街を二人並んで歩き始めたのだった。




