第6話 追跡
「聞いたか、カルセドニ部隊長の恋人の噂」
ジェラルドが所属する第二部隊は王都の見回りを主な仕事としていた。二人一組となり、王都を巡回して諍いを仲裁したり、悪事を働いた者を捕縛したりする。
今日はさほど大きな事件もないために気が緩んでいるのか、巡回の途中で雑談をしているらしい。当のジェラルド本人が近くにいることも気が付かずに。
非番のジェラルドはひとり、行きつけのカフェのテラス席で珈琲を飲んでいた。新聞を広げていたせいでちょうど顔が隠れていたこともあり、べらべらと余計なことばかりを部下達は喋っている。
「夜会でとある令嬢をエスコートしたって」
「その前も親密そうに街を歩いている姿を見かけたらしいぞ……部隊長ってモテるのに特別な相手を作らないことで有名だったのに」
「俺らの隊長にもついに、春がきたってわけか」
足音が遠ざかるのを待ってから、ジェラルドは新聞をゆっくりと時間をかけて折りたたんだ。冷めた珈琲は酸味が強くなり、気に入っているはずの豆だというのに飲めたものではなかった。
支払いは済ませてあったので、そのまま立ち上がって王都の街中に身を潜ませた。ジェラルドの容姿は人目を惹くが、鍛錬のおかげで気配を消すことは得意だった。ふだんとは髪型を変え、服装も地味なものにするなどちょっとした変装をすれば騒がれることもなく休日を過ごせる。
部下にも気づかれなかったくらいなので、その効果は疑いようもないほどだ。
ふと通りがかりにさまざまな硝子細工が並ぶショーウィンドウが目に入った。いつもなら気にも留めない品々だったが、妙に心惹かれるものがある。理由もわからないうちにぼんやりと眺めていると、いかにもひとの良さそうな店主が「よかったら手に取ってみてみませんか」と店内に誘った。
そこはいかにも女性が好きそうな細工物が並んでいて、ジェラルドひとりではとてもじゃないが入る気にはならない場所だった。触れたら壊れてしまうんじゃないかと思うほどに繊細そうな置物や光の加減で輝くアクセサリーが陳列されている。まるで宝箱の中にでも入ったみたいな心地になった。
ジェラルドが惹かれたのは数多くある細工物の中でも、いちだんと華奢な腕輪だった。中央に大きくはないものの緑色の宝石が嵌め込まれていて、シンプルなデザインながら、品がある。特に、ぐるりと一周するように彫り込まれた、蔦が絡まるような模様が気に入った。
「贈り物ですか?」
「いや……そういうわけでは、ないのだが」
この腕輪はジェラルドがするには小さすぎる。それに宝飾品を着けるのは性に合わないから、持っていても仕方がない。だとすれば贈り物だと考えた店主は間違ってはいないのだが——誰に贈ることを、いま俺は考えていた?
「ありがとうございました」
気がついたときにはその腕輪を包んでもらっていた。微笑む店主に見送られ、店を後にする。歩き始めてから、思わずため息を吐いていた。引き出しにしまっておくことしかできそうにない。持て余すことは目に見えているのにどうして買ってしまったのか。
——想像を、してしまったのだ。
ルビの細い腕に蔦が絡みつくようにして嵌められた腕輪。まるで、所有者が誰であるのかを示すかのような……そこまで考えたところで大きく頭を振った。
こんな女性が好みそうな装身具を贈ってどうする。女装したときにでも着けろ、と強要するつもりなのか。ああ、自分でもよくわからない。わからないが、押し付ける相手に他に心当たりなどない。
「……ルビ?」
そんなことを考えていたせいか、当の本人の幻まで見えてきた。しかも女性ものの衣服を纏った姿で。思わず物陰に隠れ、歩いてきたその姿をじっと観察する。
見習いとして騎士団に詰めているときには尻尾のように結わえている髪は解かれて、その代わりに頭巾をかぶっていた。ロベルトに仕上げてもらうときとは違い、化粧っ気もない。服装もレースやフリルで飾られたドレスではなく、町娘が好んで着るような質素で機能性を重視したブラウスと動きやすいスカートにエプロンを着けている。
石畳の道を足早に歩き去るルビの姿をジェラルドは呆然と見送った。
王立騎士団には宿舎があるが、ジェラルドがそうしているように休日などは好きに外出しても良いことになっている。だからルビも……そこまで考えたところで、いや、と自分の思考に待ったをかける。
ルビは、あくまでジェラルドの命令にしたがっているだけで、好き好んで女装をする理由はないはずだ。だったら今の姿はなんだというのか。ロベルトと同様に女装が趣味だとでも?
遠ざかっていく背中を見つめながら、数拍、逡巡した。裏を返せば迷ったのは一瞬だったともいえる。ジェラルドは足音を可能な限り立てないように気をつけながら、対象から一定の距離を保った。
尾行、である。
いやこれは部下を管理する一環であって、決して不純な目的からするものではない。自分に言い聞かせて、ジェラルドはルビの後を追った。




