第23話 旅立ち
ルビが騎士団を辞める日は呆気ないほどに早く訪れた。
旅立ちの朝、王都の空は澄み切った晴天で、鮮やかな青が眩しいほどだった。鍛錬場の前を通り、背の高い門まで出ると見送りに来た騎士仲間たちが集っていた。
「さみしくなるよ」
「僕もだよ。ありがとう、クロード。親切にしてくれて」
同期入団のふたりが握手を交わしているのを、ジェラルドはすこし離れたところから見ていた。ユージーンが、冷やかすように肩を組んでくる。
「妬けるか?」
「……そうだな」
ぎょっとしたようにユージーンはジェラルドを見た。
「おまえ、いつのまに……」
「なんだ」
ジェラルドが素直に認めたのだがそんなに意外だったのか、ユージーンはあんぐりと口を開けている。そのとき、ぱちっとルビと目が合った。
「———」
数拍の間、言葉もなく見つめ合う。
先に目を逸らしたのは、ルビの方だった。
「それでは、そろそろ僕は行きますね——みなさん、本当にお世話になりました」
深々と頭を下げたルビが、くるりと背を向けたところでジェラルドが声をかけた。
「見回りのついでだ。マグノリア中央駅まで送ろう」
「えっ、でも……あっ」
躊躇うルビの手から大きな鞄を取った。
「荷物ぐらい持たせてくれ」
「……ありがとうございます」
いかにも親密に見えるふたりのようすに、興味津々といったようすでユージーンが「なあ、ジェラルド。俺もついて行こうかな」と声をかけてきた。
「悪いが遠慮してくれ」
「はは、了解……他の連中が、尾行しないように見張っておいてやる」
ユージーンは片目を瞑って、こう叫んだ。
「諸君、せっかくだから俺が稽古をつけてやろう。すみやかに鍛錬場に集合すること!」
まだまだ新人の騎士たちから悲鳴が上がる。ユージーンの鍛錬は厳しいことで有名なのだった。そんなようすを見て、ルビがくすくす笑っていた。
騎士団の詰め所から駅までは大通りをまっすぐ進むだけで辿り着いてしまう。歩いてもさほど時間はかからない。ろくな会話もなく、ふたりはただ道を辿った。
騎士服姿のジェラルドを見て、声をかけたそうにちらちら視線を送る女性もいたがまったく視線が合わないことから諦めたようだった。ジェラルドの眼差しは常に傍へと向けられていた。
汽笛が唸り声のように鳴り響いている。
黒煙を上げる列車の前までルビを送り届けた。これで、カルセドニ第二部隊長の役目は終了である。
「部隊長、本当に……ありがとうございました」
「いや、俺は何もしていない」
エメリーとはこれからもひそかに交流を続けるようだった。ルビは自らの手で、大切な存在を取り戻したのだ。
無茶ばかりして目が離せなかったところはあるが、ジェラルドは部下としてもルビを信頼していた。
「騎士団に入らないか——今度は、シルビア・ブラックフィールとして」
王立騎士団も変わる時が来ているのかもしれない。ルビのような優秀な女性を起用すれば、王国のために力を尽くすという大義を果たすことにも繋がるだろう。
「有難い申し出ですが、辞退させていただきます。さすがにみんな驚くでしょうし……でも、女性騎士にも王立騎士団への道が開かれるといいな、とは思います」
苦笑するルビを見ていると、胸がどくんと波打った。落ち着け、と言い聞かせているうちに汽笛が再度鳴った。
別れの時が近づいている。
ジェラルドはそっと息を吐いてから、ルビの掌にそっと小さな包みをのせた。
「……受け取ってくれないか」
「開けても、いいですか」
こわごわ包みを開けるルビを見ていると鼓動がますます騒がしくなってくる。
腕輪を目にした途端、ルビは「そんな、いただけません……」と胸が締め付けられるようなか細い声で言った。
「こんな高価そうなもの……」
「餞別なのだから受け取ってもらわねば俺が困る——大体、この俺の腕にそれが嵌まると思うか?」
ずい、と腕を見せつけるように前に出すとルビは「あはは、これは確かに女性ものですけど」とようやく笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます。大切にします」
大事そうにルビが腕輪を胸に抱くのを見て、ジェラルドは胸の内側がふわりとあたたかくなるのを感じた。自分のなかにこんな感情があることを初めて知った。
すべて、ルビのおかげだ。
「部隊長……」
「行け、列車が出てしまうぞ」
何か言いかけたルビを追い立てて列車に乗せる。そのときちょうど、汽笛がひときわ大きく鳴った。黒煙を上げて列車が動き始める。
「ジェラルドさま!」
背を向けた途端、駆動音に混じってルビの声が耳に届いた。がたん、ごとん、と揺れ動きながら列車が遠ざかっていく。思わず追いかけていた。
「ルビ!」
「ジェラルドさま、私も…………が…………」
ホームの端まで走り続けたが、彼女が最後に何と言ったのかはわからなかった。みるみるうちに小さくなっていく列車をジェラルドは呆然と見送っていた。




