第22話 別れ
「ジェリーってば、物憂げな表情でどうしちゃったの? クレープが膝の上に乗っても無反応だし」
わっふる! とモップのような毛がふさふさの小型犬が主人に同意するように吠えた。何気なく犬の毛並みを撫でていると、どうしてだか心が穏やかになるような気がした。自分以外の体温というのはどうしてなかなか心地がいい。一方で、ふと頭によぎった不埒な妄想を首を振って掻き消した。
ジェラルドは見回りの途中で、報告がてらロベルトのサロン、ロザリーを訪ねていた。ルビが気に入っていたリアバスの鱗入りクッキーを手渡すと、ロベルトは「なあにこれ、センス悪ぅ」と不満そうな声を上げる。
「ロベルト」
「マージョリーだってば。……で、なぁに、さっきからずっと顰めっ面しちゃって。エメリーとルビちゃんが無事再会できたんだから、めでたしめでたし、っていう感じじゃないの」
あら、意外とこれ美味しい。鱗入りクッキーを齧りながら、首を傾げる。
「どうやら、俺は愛の告白をしてしまったようなんだが」
ジェラルドがそう言って数拍の間、時間が止まったような沈黙が訪れた。まじまじとロベルトがジェラルドの顔を見つめて、次の瞬間「えーっ!」と大声で叫んだ。
「えっえっ。それって、ルビちゃんに⁉︎ やだ、やるじゃないジェリーったら! いい年齢してめんどくさい拗らせだと思ってたのに、油断も隙もありゃしないっ」
大興奮でロベルトはジェラルドの肩を揺さぶった。体力づくりも熟女の嗜みよ、と言って騎士団を辞めたのちも鍛錬を怠らないおかげで、やけに力が強い。振り払うにも苦労した。
「離せ、暑苦しい」
「暑苦しくもなるわよ! あの女嫌いのジェラルドについに本物の恋人ができたんだから。記念にケーキでも焼こうかしら」
浮かれたようすでジェラルドの背中をばしばしと叩く。痛い。それにどうやら勘違いをしているようだった。
「恋人など出来てはいないが」
「……はい? えっ何? 聞き間違えかしら? いまルビちゃんと恋人同士になっていない、って聞こえたんだけど」
「その通りだ。何度も言わせるな」
ロベルトが、信じられないという顔でジェラルドを見た。
「ジェリーったら、一緒に旅行にまで行っておいて、告白までしておいて……ルビちゃんを落とせなかった、ってコト?」
これ以上何も言う気にはなれなくて舌打ちで応えると、ロベルトは哀れみの目でジェラルドを見てきた。
「あのね、どんなふうに告白したのかお姉様におっしゃい」
言うまで帰さない、と言わんばかりに肩を掴まれてジェラルドは渋々口を開いた。
「……あの晩は、酒を飲んでいてやけに口が軽くなって」
「ちょっとやだ酒の勢いで告白したってこと⁉︎ それじゃあ冗談や軽い気持ちで言ったと思われちゃうかもしれないじゃない」
自分でも酔いが醒めてから思ったことを指摘されて、ジェラルドは思わず胸を押さえた。
「だが、俺は紳士的に……ルビを強引に自分の言いなりにしようとはしなかった」
返事はいらない、とまで言ったのだ。押し付けた気持ちを受け取る必要もない、と逃げ道まで用意した。
「あら。それ、ジェリーに取っての逃げ道じゃない。拒絶されて振られるのが怖かったんでしょ、この臆病者」
ぐさり、と致命傷を受けてジェラルドはそのまま蹲ってしまいそうになった、が、騎士の誇りでなんとかその場に踏みとどまった。
「……貴様に何がわかる」
「あら、わかるわよ。ジェリーの友達何年やってると思ってるの」
はあ、とため息を吐いてロベルトはジェラルドの頭をよしよしと撫でた。
「ルビちゃん、退団の日が決まったんだってね。挨拶に来てくれたわ」
ルビはあと一週間の勤務ののちに、王立騎士団を辞めることとなった。実家に戻ることにした、とは本人の口から聞いた。
あの告白などまるでなかったかのように、ルビは以前と変わらずジェラルドに接していた。ひりついたような空気ではなく居心地が良い関係だけがあり、それはそれでいいか、と思い始めていた矢先に退団を告げられた。
「これ以上、部隊長にご迷惑をかけられません」
ルビは笑顔で「本当にお世話になりました」と頭を下げた。引き止める言葉も出てこなかった。さみしいと思っているのは己だけだと思い知らされたようだった。
見回りを終え、寮の自室に戻るとルビはまだ戻っていないようだった。机の引き出しを開け、奥の方に仕舞い込んでいた包みをひとり眺める。
そして、ひとつ、小さな決意を胸にその包みを手に取ったのだった。




