第21話 あいしている
ホテルのレストランで食事をとったあとで、ルビはもう少しエメリーと話したいことがあると言って部屋の前で別れた。
ひとり部屋に戻ると食後に愉しむ用の酒と、ナッツが用意されていた。従業員からのサービスだろうか。普段は仕事柄翌日に響くのを恐れて飲酒を控えているが、嗜む程度には飲めはする。ソファに腰を下ろし、サイドテーブルの上に置かれた酒瓶を睨む。
「たまには悪くない、か……」
琥珀色の液体をひと息にあおれば、喉が焼けるような独特の感覚がある。なかなか強い酒のようだ。どうせルビは帰ってこないだろう。久々の兄妹の再会に、ジェラルドが水を差すわけにはいかない。何度も自分に言い聞かせた内容を、ふたたび酒と共に飲み込んだ。
酒精を帯びたはいいが、久々に飲んだせいかどうにも身体が熱っぽく、気だるい。
みず、と呟いたところでグラスに入った冷水が目の前に差し出された。受け取ったそれをひと息に飲み干す——気持ちがいい。
「ルビ……?」
ふわふわとした頭のまま、ジェラルドは心配そうにこちらを覗き込んでいるルビを見つめた。いつ帰ってきたのかもわからない。不覚にも気づかなかった。
「大丈夫ですか? 顔が真っ赤です。目もとろんとしていますし」
「心配してくれるのか……? ふふ、可愛いな、お前は」
ルビは数拍の間ののちに、呆れたように口にした。
「酔ってますね?」
「……酔ってなどいない」
ルビはジェラルドから酒が入っていたボトルを取り上げた。
「酔っているひとほど酔っていないって言うんですよ……あっ、もう空だ。部隊長、飲み過ぎです! これ以上はぜったいにだめですよ」
子供に言い聞かせるようにルビは言って、もっとお水飲んでください、と水差しからグラスに注いだ。
「水はもういい……あつい」
「いいえ、飲んでください。少しは楽になりますから」
シャツの襟元を緩めると、呼吸がわずかに楽になった。促されるまま水をひとくち含むと、何故かやけに甘く感じた。くるくると回る視界のなかでルビだけがやけに鮮明で——いとおしかった。
「ルビ、こっちへ来い」
「はいはい、わかりました……っ⁉︎」
おもむろにルビの手を引いて、体勢を崩したところを膝の上で抱き上げる。ジェラルドが背中に腕を回して抱きしめると、じたばたと暴れた。
「ちょ……部隊長っ、離してください!」
「いやだ」
「っ、なんで」
ルビを抱く腕に力を込めると「ひぁ」と弱々しい悲鳴が上がる。深く息を吸い込めば、首筋から甘い果実のような香りがした。
「香水、つけているのか?」
「えっ、あ……マージョリーさんからもらったものを、少しだけ」
瑞々しい果実に歯を立てれば、どんな反応が返ってくるだろう。そんな妄想が頭をよぎる。不埒な考えを見透かしたように、ルビが「やめてください」と釘を刺してきた。
「もう、酔っ払いはこれだから……」
「やけに、慣れているんだな」
「えっ……あぁ、『大鍋亭』でお手伝いをしているとき、お酒を飲み過ぎてしまったお客さんの相手をしていたので」
そういえば。ルビは客たちからよく絡まれていたが、相手を不快にさせることなく軽くあしらっていた。いまもジェラルドを——そこまで考えたところで、ルビが「そろそろ気が済みましたか?」と恐る恐る尋ねてきた。
「まだ全然足りていない」
「そ、そうですか……」
緊張しているのか強張る身体を抱きしめると、居心地が悪そうに身動ぎする。
「ルビ」
「はい、なんでしょう」
「好きだ」
ほろり、と胸に刺さっていた棘が抜けて落ちるように口をついて出たその言葉は、ルビをすこしは動揺させられただろうか。これも酔っ払いの戯言としてあしらわれてしまうのだろうか。
「部隊長……あの、それ、は」
「お前を愛している」
蓋をしていた感情がとめどなく溢れ出る。怖がらせてはいけないと頭ではわかっていても理性の制御がまるで効かなかった。
困っているのだろう、ルビは石のように硬直している。
「この感情がなんなのか、ずっと考え続けていた。最初はただ気に入っている見習いにすぎなかったのに、お前のことを知れば知るほどに……愛おしいと、感じるようになった」
兄を探すために騎士団に入る無鉄砲さも、困った人を放ってはおけない優しさも何もかも、ルビを構成するあらゆる要素がジェラルドを惹きつけてやまない。
「部隊長、私には、その、身に余るお言葉です……」
困らせることぐらいわかっていた。それなのに、今日は我慢ができなかった。旅先という非日常ゆえ、だろうか。それとも、ルビとの別れが刻一刻と近づいていることを肌で感じているせいだろうか。
ルビはもう兄を探すという目的を達成してしまった。これ以上、性別を偽って騎士団にいる必要はない。これからどうするつもりなのか、尋ねることさえできない己の臆病さには呆れてしまう。
「返事はいらない……あとすこしだけ、このままでいさせてくれないか」
「は……い」
腕の中の体温を感じながら、ジェラルドは軋むような胸の痛みを堪えて目を閉じた。




