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第19話 リア湖の散策


 日差し避けに帽子をかぶったルビと共に、ジェラルドはゆっくりとホテル周辺を見て回った。湖のほとりに建っているため、観光するのにも都合がいい。

 湖をぐるりと一周できる遊歩道もあるようで、ルビを誘うと思いの外乗り気で「行きましょう!」と食いついてきた。

 青と緑が混ざり合ったような湖面を見ながら、整備された桟橋を歩く。王都の雑雑とした雰囲気とは異なる、静かで雄大な自然を前に心があらわれるような思いだった。黄金が沈んでいるとされる水面は間近で見るといっそう美しく、幻想的である。きらきらと光の雫が複雑な模様を描いているようだった。


「部隊長、見てください! お魚です」

「ああ——これはリアバスだな。リア湖に多く棲息しているらしい。背鰭のあたりに赤い模様が見えるだろう? その大きさや形で互いに縄張りを主張し合うらしい」


 子供の頃、図鑑で見た知識を披露すると、ルビは目を丸くした。


「すごい! よくご存知ですね……」

「玉髄地方のカルセドニ伯爵邸——つまりは実家の近くに渓流があってな。よく兄上と釣りをしたものだ」


 マグノリア王国北西部にある玉髄地方は寒冷だが自然豊かな場所だった。王都の寄宿学校に入るまでは、乗馬をしたり川遊びをしたりと自然に親しんでいた。雪も深く積もることから、雪遊びなどもよくした記憶がある。

 そんな話をすると、ルビは「そういえば」と何かを思い出すように顎に手を添えた。


「部隊長の昔の話って、あまり聞いたことがありませんでしたね」

「つまらん話をしてしまったな」


 どうにも気恥ずかしくてひねくれた態度をとったにもかかわらず、ルビは「いえ、聞きたいです。もっと何かないですか?」と好感触だった。


「子供の頃のやんちゃな失敗談とかは? 男の子ですし!」

「やんちゃ……冬眠中の蛇を捕まえて、乳母の部屋にそっと放ったことがある」

「い、陰湿だ……」

「毒もない小さな蛇だったし、他愛もない子供のいたずらだろう。それなのに、ひどく叱られて一週間おやつが与えられなかった」


 あのときはもう乳母を揶揄ったりはすまいと誓ったものだ。本当にこんな話でいいのか疑問に思いながら口にすると、ルビはくすくすと笑っていた。


「私はさすがにそんなことはしなかったですけど、子供の頃、お茶の時間のために用意されたお菓子のつまみ食いはしょっちゅうしてましたね」

「その頃から食い意地が張っていたのか」

「その頃からってどういうことですか、大人になってからは理性で我慢してます!」

「お前は俺が菓子を用意していると目の色を変えて喜ぶだろう?」

「なっ、それは、部隊長セレクトのお茶菓子がいつも美味しいからでっ!」

 

 そんな話をしながら歩いていると、ちょうど湖の外周の半分くらいまで来ていた。

 ジェラルドたちの他にも、湖を眺めている観光客らしき男女はいたが、誰も彼もが湖を眺める体(てい)で、お互い身体をぴったりと密着させたり、何か囁き合ってはくすくすと笑っていたりで完全に目のやり場に困っていた。

 それはルビもおなじようで、恥ずかしそうに俯いて、恋人たちが集まっているあたりを足早に通り過ぎようとしていた。


「ルビ」

「ひゃ、ひゃいっ」


 どうかしましたか、と震える声で応えるルビに「見てみろ」と湖上を指差した。

 そのとき、純白の水鳥の群れが甲高い声を上げながら、一斉に水面に降り立つのが見えた。


「うわぁ」

「あれはマグ鳥(ちょう)だな。翼を広げた姿が優美なことから白き貴婦人と呼ばれる」

 

 感嘆の声を上げたルビにすかさず解説すると「それも図鑑ですか?」と鋭い指摘が入った。


「そうだが——おい、何を笑っている」

「興味津々で図鑑をめくっているお子様の部隊長を想像したら、つい、可愛くって」


 堪えきれず声を上げて笑ったルビには先ほどまで漂っていた気まずそうな緊張感はまるでなく、気が抜けたようすだった。

 そのあとも、ルビは機嫌良く散策を続けていた。


「見てください、これ、第二部隊のみんなへのお土産にどうですか?」

「なんだこれは——リアバスの鱗が入ったクッキー? やめろ趣味が悪すぎる。だいたい何故あいつらのために土産など用意せねばならない?」


 えー。部隊長、冷たい……とルビが冗談半分に言ってきたのをさらりと受け流した。その他にも湖のそばで産出された鉱石を使ったアクセサリーなどが土産物店の棚に飾られている。

 そのとき、ふ、と頭をよぎったのはいつかのときに購入した腕輪のことだった。贈る相手もいないのに思わず手に取ってしまったあれは、未だ、王都の寮室に備え付けられた机の引き出しに仕舞ってある。

 いまなら——渡しても、許されるのだろうか。

 楽しそうに店先を冷やかしているルビを見ながら、ジェラルドは奥歯を強く噛み締めた。

 

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