第1話 秘密のサロン
ジェラルド・カルセドニはそれなりの容姿をしている。誰もが羨む絹糸のような白銀の髪を持ち、神秘的な湖水の青を讃えた双眸はときに甘く、ときに鋭く相手を捉える。
背こそ標準的な男性のそれで、ガタイの良い連中が集まる騎士たちの間では埋もれるかと思いきや、すらりと長い手足が目を惹いた。細身に見えるというのに程よく筋肉がついていて、背筋を伸ばした姿を見た著名な画家に絵のモデルを頼みたいと声をかけられたこともあった。丁重にお断りしたが。
おまけに王都じゅうの女性たちが憧れるマグノリア王立騎士団の部隊長という地位を得ている。街を歩けば、ひるがえる紫紺のマントに包まれてみたいと甲高い悲鳴が上がり、詰め所には毎日のように贈り物や愛を綴った手紙が山と届けられる。
思い上がってもおかしくないというのに振る舞いは謙虚そのもので、誰を相手にしていても微笑みを絶やさない姿はまさに紳士の鑑だと名声はさらに高まるのだった。
「カルセドニ隊長、待ってください! あの、やっぱり出来ません。僕には無理かと……」
「無理、出来ない。ぜんぶ俺の嫌いな言葉だ、覚えておけ。これ以上みっともない泣き言を言うようなら担いで連れて行くことにするが?」
この期に及んでまだ抵抗しようとしていたルビを外面が良いと言われる所以の鉄壁の笑顔で黙らせ、騎士団の詰所を出た。いくつか店は見繕っていたが、できる限り口の固いところがいい。なにしろ少年を娘に仕立て上げるのだ。それに実家と懇意の店もよろしくない――となると。
王都の噴水広場を横切って、にぎやかな街並みを避け、裏路地に入ったジェラルドの後を追いかけるようにして軽い足音が続く。振り返ればルビはきょろきょろと物珍しそうにあたりを見回していた。
「わ、僕、このあたり初めて来ました……」
「おいこの田舎者。見習いとはいえマグノリア王立騎士団にいるんだから、街の地理ぐらい完璧に頭に叩きこんでおけ」
そう言うジェラルド自身もさほど馴染みがある場所ではなかったが、見回りで何度か訪れたことがある。そして目的地である店の看板が見えたところで息を吐いた。気は進まないが、店主の腕は確かで信用がおける。
ぎ、と軋む木のドアを開けると同時にふわりと甘い花の芳香が漂ってくる。むせ返るほどではないが、まるで花畑の真ん中に置き去りにでもされたような心地だった。相変わらず良い趣味をしている。
「はあい、いらっしゃいまし! ようこそ淑女のための秘密のサロン、ロザリーへ……って、なぁんだジェリーじゃないの! 冷やかしなら帰りなさいな」
店の奥から現れたのはジェラルドより頭ひとつぶんほど背の高い男だった。ただひとつ、特異であるのは目が覚めるような赤のドレスを身に纏っている点だろう。しかも迫力はあるが似合ってはいる。
「いいやロベルト。冷やかしではない。今日の俺は客だ」
「やんっ、ロベルトなんて呼ばないでっ! いまのあたしはマージョリー! 何回言ったらわかるのかしらっ」
きーっと声を荒げて憤慨するロベルトを前にして、呆気に取られていたルビに、「こいつは俺の元同期でお前の先輩にあたる」と端的に説明してやった。
叩き込まれた礼儀で反射的に頭を下げたのは及第点だが、状況が飲み込めていないらしく困ったようにジェラルドを振り返る。減点対象だ。
そのとき、わっふるわっふる、と奇妙な鳴き声が店の奥から響いてきた。うっ、と思わず後退ったが間に合わず、薄汚れたモップみたいな生物が足にまとわりついてきた。
「あら、クレープは相変わらずジェラルドがお気に入りねぇ。嫉妬しちゃうわ」
「おいロベルト! このわんころ、早く俺から引き剥がしてくれ! 暑苦しいったらない……っておいこらベロベロ舐めるなっ」
「クレープちゃんって言うんですかこの子」
目をまんまるにしてルビはジェラルドにじゃれつく犬を見つめる。なんですこし羨ましそうなのか理解に苦しむが、小動物とかが好きなのだろう。ふわふわ、と呟くルビのほうにクレープを押しやると、おっかなびっくりその茶色の毛並みを撫でていた。
「あら、クレープがおとなしいなんて珍しい。女の子とジェリーにしか懐かないのに……うふふ、初めましてよねぇ。あたしはマージョリーよ」
「は、はいっ、マージョリーさん。僕はルビと申します。たいちょ……カルセドニ部隊長の下で見習いをしています」
「まあカワイイ子ね〜! ジェリーって気難しいし意地が悪いくせに外面だけはいいから、苦労しているでしょう」
「い、いえ。そんなことは。とても立派な……尊敬できる方、にお仕えできて、幸せだと思ってます」
ジェラルドの視線に気付いたのか、ルビはぎこちなく褒めちぎった。九割忖度だろうが、悪い気はしない。仕方ない、加点してやるとしよう。
「今日俺が此処に来たのはな、ロベルト」
「マージョリーよ」
逐一訂正してくるロベルトが鬱陶しいが、今日は頼み事があって来たのだから無視をするわけにもいかない。
「ああもうわかった、マージョリー。……お前の目から見てこいつはどうだ?」
「どうって……そうね、磨けば光りそうだわね。お肌も白くてスベスベだし、にきびもそばかすもない」
ロベルトはルビの顎を掴んでじっくり観察し始めた。
「うーん、髪の色は地味だけれど目が綺麗ね。そうだわ、ちょうど新しく仕立てたドレスがあるのよ。着せてみてもいいかしら?」
「えっ、あの」
「任せた。ついでに化粧もしてやってくれ」
「ふっふっふ、腕が鳴るわね」
ロベルトに連れられて店の奥に案内されるルビを見送り、ジェラルドは来客用のソファに長い足を組んで座ったのだった。




