プロローグ
ルビ・バトラーを特別美人だと思ったことはない。
ちょっと気が利くだけのただの後輩であって、ジェラルドにとってはそこらに転がっている芋どもと大差ない――そのはずだった。
マグノリア王立騎士団の詰所。部隊長の特権で与えられた個室へ、淹れたばかりの茶を運んで来たルビをじいっと見つめていると、同年代の騎士見習いたちよりもすこし高い声で「なんでしょうか」と尋ねてくる。そういうところがどこか彼を中性的に見せていて、十七歳という年齢のわりに青年というよりかは少年らしくみせている。肩までの茶色の髪をまるで尻尾のように紐でくくった髪型が子供っぽいせいかもしれない。
だからこれはほんの気まぐれであり、気の迷いに過ぎなかった。
「……お前、俺の婚約者になってみないか?」
ルビの緑の両目が大きく見開かれたのを、ジェラルドは、ああ、こいつの顔はやはり案外悪くはないな、と思いながら見ていた。そこに大した感慨はない。単純な事実だけがそこにある。
ちょっと待ってください、とかたかた震える手でお茶をテーブルに置いてから、ルビは言った。上官であるジェラルドの執務室で熱々の茶が入ったティーカップをひっくり返すという粗相をしないようにしたのだろう。
そういうところが律義で、好感が持てる。だからこいつに頼もうと思ったのか、と後になってわかったような気がした。
「こ、婚約者……」
「そうだ。と、言っても婚約者の振りなのだがな。無理を言っているのは承知の上ゆえ給金は弾んでやる。長時間拘束することになる場合もあるだろうから、手当の他にも希望があれば優遇してやろう。俺の寛大な心に感謝するがいい」
そういう問題じゃなくて、と蒼褪めた顔でルビは言う。
「なんで僕が、カルセドニ隊長の、婚約者、なんですか! こう見えて僕、お、男なんですよ……?」
「ひとつ」
ジェラルドは、指をルビの前にずいと突き出した。
「俺は女が嫌い、だ」
低く醒めた口調で言い切ったジェラルドを見て、ルビは息を呑んだ。
「ふたつ。実家であるカルセドニ伯爵家が次男である俺に身を固めさせようと躍起になって、とびきり頭の悪そうな女を押し付けようとしている。正直、そんな奴の相手をするのは面倒なことこの上ない」
はあ、と気のない返事をしたルビのために仕方なく、言葉を追加してやった。
「つまり身代わりが必要だということだ、俺には心に決めた相手がいます、という建前がな」
具体的に言えば夜会などに連れ歩いて親密な関係にある相手だと紹介すれば、父母も観念するに違いない、との判断である。結局、あいつらは次男であるジェラルドが誰と結婚しようが構わないだろう。大事なのは可愛い長男様なのだから。
「隊長、女性が嫌いというわりに外面は良いですもんね……。しょっちゅう詰所にもお手紙や贈り物が届けられているのを見かけます」
納得したように頷いたルビにジェラルドは、ぴくと眉を動かした。そこまで言われる筋合いはないので、ルビの採点表から密かに減点してやることにする。
「でも、どうして僕なんですか?」
「ああ……それは、ちょうどユージーンと話していたんだ。お前は小柄だし悪くない顔している、とな。格別の華はなくとも及第点というところだろう。女装でもさせれば、そこそこ見栄えはするのではないか」
すこぶる嫌そうに顔をしかめたルビの頭をぽんぽんと撫でてやる。
「何だ、そんなに女の子のように扱われたのが不満なのか? ふっ、可愛いじゃないか——無論、誉め言葉だぞ。このむさくるしい騎士団にお前みたいなのがひとりいるのといないのとでは大違いだ」
ぶるぶると震えたルビは生意気にもジェラルドを睨んできた。どうやら怒っているらしいが、小動物が必死に威嚇しているようにしか見えない。
「念のため言っておくが……これは命令だ。お前に拒否権はない」
びくっとルビの肩が跳ねるのが見えた。
生意気に吠える部下を屈服させる瞬間がたまらなく好きだ。生きている、と思える。
「わかったら、はい、と言え」
「……はい。承知、しました」
渋々と言った表情で承諾したルビを見下ろしていたときには思いもしなかった。
ルビ・バトラーが、こんなにも「化ける」だなんて。




