第17話 休暇と旅行
「まさかこんなに簡単に休暇が取れるとはな」
ジェラルドとルビは王都を離れ、馬車に揺られていた。
ロベルトのサロンを出て、すぐに団長へ休暇の申請をするとあっさり承認されてしまった。いわく、ジェラルドは働きすぎらしい。よく考えてみれば入団して以来、長期でまとまった休暇を取ったことなど一度もなかった。用事を済ませる程度ならたまにある休日で事足りたのである。
ルビの休暇についてはジェラルドが決定権を持っているからより楽に都合することができた。また部下たちの中には、ルビとの仲を勘ぐるものが出てきそうだが仕方あるまい。ジェラルドが不在の間、ユージーンが第二部隊の面倒を見ることになったので、土産のひとつでも買っていかねば文句が出るだろう。名家出身のあいつ好みの甘味が、リア湖周辺で見つかるといいが。
車窓を流れる景色に目を遣っていると、はあ、と深いため息が車内を満たした。
物憂げな表情のルビに、ジェラルドは声をかけた。
「せっかくの休暇なんだ——楽しめ」
「そう言われても……緊張、してしまって」
ジェラルドとのふたり旅に緊張しているのではない。そうわかっていても、切なげな表情を浮かべたルビにどぎまぎしてしまう。
「兄様……エメリーは私と会いたくないんじゃないか、って。実家とも縁を切りたかったようだし、もし声をかけても知らないふりをされてしまったら」
立ち直れない、とばかりに想像だけで落ち込んでしまったルビは可哀想で可愛い。そんなことを考えているとは気づかれないように、ジェラルドは平静を装った。
「俺がお前の兄だとしたら……嬉しいと思う」
気の利いた励ましも思いつかず、それぐらいしか言えない己を歯痒く思ったが、ルビは「ありがとうございます」とはにかむように笑った。
会話が途切れることもあったが、ぽつりぽつりとルビは道中、自分のことを話してくれた。ルビは幼くして母を亡くし、父であるブラックフィール家の元に身を寄せたらしい。バトラーというのは母方の名だという。
引き取られてすぐは家に馴染めず泣いてばかりだったルビに、優しく声をかけてくれたのが異母兄のエメリーだった。エメリーの指導の下、ルビは剣術を学び、難関と言われる王立騎士団の入団試験を突破するほどの腕前となったようだった。
「ブラックフィール家の方々は私に親切にしてくれましたが、やはり以前の下町で暮らしていた生活とはかけ離れすぎていて……騎士の家ということで、部隊長ほどではないにせよ社交の場に出ることもありましたし」
ご令嬢たちが集まる茶会などでは、しばしば厳格な騎士である父の品位を汚した愛人の子と蔑まれました。けろりとした表情で語るルビにジェラルドはぎょっとした。
「それでも顔を上げていられた。兄様が『ルビは僕の大事な妹だ』と、いつも言ってくれていたから……それだけが私にとっての誇りになりました」
「ルビ……」
「えへへ、実は『ルビ』というのも、兄様がつけてくれた愛称なんです。ほんとうの名前は、シルビア・ブラックフィール——部隊長が仮でつけてくださった名前とおんなじなんですよ」
単なる偶然ですが、びっくりしました——くすりと笑ってルビがスカートのしわを丁寧に伸ばした。旅に出る前にサロンに立ち寄り支度したルビは、いつにも増して可憐だった。ロベルトも気合い入れちゃった、と言っていたほどだ。若草色のドレスに茶色のジャケットを合わせた姿は、ルビの目の色にも合っていてよく似合っていた。
「エメリーは、剣術よりも本を読むのが好きで……でも、騎士の家に生まれたからには騎士にならなくては、と。父の勧めで王立騎士団に入団することになりました。本当は嫌だったのかもしれません、だから……」
座面に置いたルビの指が震えていた。そっとそのうえにジェラルドは自らの手を重ねた。冷え切っていた指先に、じわりと体温を伝える。
「直接会えるんだ、聞いてみたらいい。いまは思い悩むな」
「ありがとう、ございます」
ルビは祈るように目を閉じて、深く息を吸って吐き出した。そんな彼女を抱きしめられたら、という衝動に駆られる。でも、きっと困らせるだけだとわかっているから、窓の外に視線を逃して自分の身勝手な願望をなかったことにした。




