第16話 ロザリーにて
「あらあら、ルビちゃんにジェリーじゃないの。どうしたのこんな朝早くから」
ルビを伴い、ジェラルドはロベルトのサロンに赴いた。閉店中の看板がかけられていたが、しつこくベルを鳴らし続けていると眠たげな目をこすりながら店主が現れる——このサロンが、店舗兼自宅だということは知っていたのだ。
「お前に話がある、ロベルト」
「またルビちゃんを変身させたい、っていうのなら半日後に出直してくれるかしら。私まだ眠いのよ」
「今日の用向きはそうじゃない——ロベルト、頼む」
ふあ、とあくびをしていたロベルトが目を丸くした。
「ジェリーがそんな顔するなんて珍しいわね……いいわ、お入りなさい」
ドアを開け、ロベルトはジェラルドとルビを招き入れた。早朝のサロンはまだ薄暗く、縫いかけの生地やデザイン画などがテーブルの上に散らばっていた。
「そこのソファに座って……あっ、でも、針が落ちてるかもしれないから気をつけてね。お茶? それとも珈琲がいいかしら?」
「結構だ」
すすめられたソファには座らず、立ったままジェラルドはロベルトと向かい合う。
「ロベルト、おまえがこのサロンを始めて何年になる?」
「そうねぇ……マグノリア王立騎士団を辞めてから五年、ってところだから、もうすぐ五周年になるわね。なあに、祝ってくれるの?」
「花束のひとつでもよければ贈ってやる——が、早朝からお前の顔を見にきたのはそれが理由ではない」
でしょうね、とロベルトは笑った。
「このサロンの顧客について聞きたい」
「あら、だめよ。それはいくらジェリーの頼みとはいえ聞き入れられないわ。信用商売だもの。紳士淑女の秘めた願望を叶える秘密の『サロン』、それがロザリーなの。誰が利用しているか教えたら、店主としての信用ガタ落ちじゃない」
ふん、と鼻を鳴らしたロベルトにルビが深々と頭を下げる。
「そこをなんとか、お願いできないでしょうか」
「ルビちゃん?」
「事情があるんです……実は、『私』は」
ルビはロベルトに自分が性別を偽って女人禁制の王立騎士団に入ったこと、そしてその目的が自らの兄にあることを説明した。
「あぁ……そういうことだったのね」
「驚かない、んですか?」
思いの外、ルビが女性であると知ってもロベルトは反応が薄かった。それどころか訳知り顔で頷いている。
「ええ、気づいていたもの。ルビちゃんが女の子だって」
「えっ」
「もう五年、このサロンを経営してるんだから訳アリのお客さまには慣れっこだもの。ジェリーが男装してる女の子を連れてきて、女装させろなんて言ってきたときは何かの遊戯かと思ったわ」
まあ、私はプロフェッショナルだから細かい事情を尋ねるなんて無粋な真似はしなかったけどね。そう頬に手をあてがいながらロベルトはつぶやいた。
「……ロベルトに言いたいことは山のようにあるが、いまはひとまず勘弁してやる。俺たちはルビの兄であるエメラルド……エメリーが、この店の顧客であると踏んでいる。情報をくれないか、なんでもいい」
「ジェリー、だからそれは出来ないと言ったはずよ」
「何も顧客名簿を見せろ、と言っているのではない。せめて手がかりだけでも教えてはくれないか」
頼む、とジェラルドはロベルトの眸を見つめ、訴える。ロベルトは深くため息を吐いた。
「仕方ないわね……可愛いルビちゃんのためだもの。エメリーもきっと許してくれるわ。そのお兄さんだけど、ルビちゃんと同じ茶色の髪で、双眸が紅の子よね?」
「っ、そうです」
ロベルトは神妙な顔つきで頷いた。
「エメリーには女性らしく見える化粧の仕方を教えてあげていたわ……ついこないだも近くに寄ったからと顔を見せにきてくれたの」
「兄様が、此処に……」
瞳を潤ませたルビを前に、ロベルトは「そんな顔されるとなんでもしてあげたくなっちゃうわね」と苦笑した。
「確か、いまは王都の西にあるリア湖のそばに建っているホテルでメイドをしているはずよ」
そういえば、と言いながら、ロベルトは戸棚から一通の手紙を取り出した。
「これがエメリーが送ってきた手紙。住所がそこに書いてあるでしょう?」
「っ、ありがとうございます、マージョリーさん!」
愛おしそうに封筒を撫でるルビを見ていると、胸の奥がむずむずした。良いことであるはずなのに素直に喜べない。
「ジェリーったら。実のお兄さんにまでヤキモチ妬いちゃって。カワイイんだから」
「なっ、勘違いするな! 俺は別に」
ルビは、ジェラルドとロベルトが話している内容などまるで耳に入っていないようすだった。「兄様の字だ……」と感慨深げにしている。
無性にむしゃくしゃしたので、ルビの手からさっと手紙を取り上げた。
「部隊長! 返してください」
「そうだな……もっと可愛らしくお願いすれば返してやってもいい」
なんですか、それ、と呆れたような目でルビはジェラルドを見てきたが自分でもよくわかっていない。うっかり口が滑ったのだ。
「部隊長……」
「っ、上目遣いで見ても駄目だ。俺には通用しない」
通用してるじゃないの、とロベルトが呟く。うるさい。
「……ジェラルドさま、その手紙は私にとって大切なものなんです。だから、返して、ください」
可愛い——いや、この程度で屈するわけには、と妙に意地になってしまった。ジェラルドが必死に唇を引き結んでいると、追い打ちをかけるように「ジェラルドさま」と切なそうに声をかけられた。
「うっ……」
完敗である。これ以上、ルビの笑顔を曇らせるわけにはいかない。渋々、手紙をルビに渡すと安堵したようにルビは微笑んだ。胸を押さえ、呻き声を漏らしたジェラルドをロベルトが「子供みたいな意地悪するからよ」と醒めた目で眺めていた。




