第15話 手がかり
話がある、と声をかけられたのは就寝前のことだった。同室暮らしも慣れたもので、可能な限りルビが使うスペースを侵さないようにジェラルドは気を配っていた。
部屋の左右にベッドが配置されて、その他私物を置けるように棚がふたつ。中央にはソファとテーブルがあり、共有の場となっている。着替えをするときなどは、声をかけられている間、お互い壁を見ていることが暗黙の了解となっていた。
「カルセドニ部隊長、今日は私が迂闊な行動を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
ソファに並んで座っていると、まるで——恋人同士のような錯覚をおぼえるが、断じてそのような関係ではない。上司と部下という実に単純明快な間柄である。たえずそれを意識していないと、理性が保てそうになかった。
「リリアーヌ嬢の暴走だろう、お前に非はない」
リリアーヌはルビの性別について、公にすることはないと言ってくれた。それに今後、ジェラルドに結婚を迫るようなこともしない、と。
それで今日の件は解決したかのように思われた。
「リリアーヌ様が、面会に来られたときに仰られたのですが——エメリーとよく似た風貌の人物を見かけた、と」
詳しく話をしたいから、ケイン家まで来てほしいと言われてルビはリリアーヌに同行したのだという。
「リリアーヌ嬢のことだ。お前を誘き出すための嘘だったのでは?」
「しかし、エメリーの特徴……目の色や、背の丈などもことごとく一致していたのです。きっとこれは手がかりに違いない、と」
ぐ、と膝の上で握った拳をルビがひらく。
「その結果、部隊長にもご迷惑をかけてしまって……」
しゅん、としおれた花のように項垂れたルビを見ているとなんとかしてやりたいと思ってしまう。こういうのを、おそらく——惚れた弱みというだろう。
もう、認めざるを得ない。
ジェラルド・カルセドニは、ルビ・バトラーに恋をしている、と。
「それで……エメリーについて何がわかったのか?」
「はい、ええっと」
ルビが言い淀んだのを、ジェラルドは不思議に思った。視線で促すと、ルビは慎重に言葉を選びながら続けた。
「リリアーヌ様は私がエメリーのことを探して街で聞き込みをしていたのを見ていたようで……その、私と雰囲気が似た『女性』を見た、と。仰られたのです——」
「それは、シルビアのことだろう? 俺が偽恋人として連れ回しているのをリリアーヌ嬢は知っているはずだ」
ジェラルドが言うと、ルビは首を横に振った。
「でも、眸は紅色だったと……ただ、私の注意を引くための虚言だったのかもしれませんが」
うーん、と唸るルビはそれでも思うところがあるのか「部隊長はどう思われますか?」と尋ねてきた。
「ルビとよく似た印象の、紅い眸の女性か——俺はお目にかかったことはないが。どこで見たと言っていた?」
「王都の噴水広場だ、と。そこから裏通りに入っていったそうです」
頭の中に王都の街並みを思い描く。
噴水広場から裏通りに向かって歩いていくと、ひとの通行は限りなく減る。犯罪が横行しているとまでは言わないが、あまり治安がいい場所ではない。女性の一人歩きには向かない地域ではある。
いや、しかし——あのあたりなら。
「ちょうど、ロベルトの店があるあたりじゃないか?」
ジェラルドの言葉に、ルビはきょとんとした表情を浮かべる。
「『ロザリー』のことですか? 言われてみれば確かに……っ、あ、まさか」
「落ち着け」
ソファから立ち上がり、いますぐにでも部屋を飛び出そうとしたルビの腕を捕らえた。
「ですが……」
「明日、一緒に行ってやる。だから今日はもう休め」
それでも納得がいかないように唇をきゅっと引き結んだルビを、ジェラルドはおもむろに抱き上げた。
「ひゃっ、ぶ、ぶぶ、部隊長っ!」
そしてそのままルビのベッドへと運んでやる。
御伽話の姫君にそうするように、恭しく寝かせてやった。
「いいからさっさと寝ろ。それとも添い寝が必要か?」
すこし屈んで覗き込むと、ルビの頬は真っ赤に染まっていた。手をつけば、ぎぃ、と悲鳴のようにベッドが軋んだ。
「お……おやすみなさいっ!」
そう言うなり、ふい、と壁際に顔を背けてしまった。もう少しからかってやりたかったので、惜しくもある。
肩先に伸びた髪をひと房手に取って、ジェラルドはそっと口付けた。
勘のいいルビが「いま何かしましたか?」と不思議そうに振り返ったが、とぼけることにした。




