第13話 予期せぬ面会者
「失礼。ルビ、君に面会希望の申請が来ているよ」
「僕に、ですか?」
ジェラルドの執務室をユージーンが訪ねてきた。
心当たりがまるでない、というようすでルビが椅子を引いて立ち上がる。
「確か、ケイン商会のご令嬢だったような……そうそう、ジェラルドの熱狂的なファンの」
「リリアーヌ嬢が?」
ユージーンの声に、ジェラルドが眉を上げる。嫌な予感がする——さりげなく後をついていこうとすると当のルビに制止された。
「カルセドニ部隊長は執務室で待っていていただけますか?」
「何故だ」
「話がややこしくなりそうですから。僕の女装がバレる危険性も高くなりますし」
もっともらしいことをジェラルドだけに聞こえるように小声で言い置いて、ルビは面会室へとひとり向かってしまった。執務室にはユージーンとジェラルドが残される。
「なんかさ……ふたり、雰囲気変わったな」
「——そうか?」
「うん。何か進展でもあった? もしかして告白でもした、とか」
「何を言っているんだお前は」
じろりと睨むとユージーンは楽しそうに言った。
「そうだなあ、こう、お互いのあいだを流れる空気が妙に甘ったるい。本物の恋人同士みたいだ」
ジェラルドの机の端にもたれかかり、ユージーンはくすくすと遠慮なく笑う。一刻も早く追い出したいところだが、ユージーンは「お茶の一杯でも出してくれないかなぁ」とずうずうしくも居座るつもりのようだった。
勝手知ったる他人の部屋、とばかりにかちゃかちゃと棚を漁って来客用のティーセットを引っ張り出してきた。ちょうどルビが茶を淹れたところだったので、ポットの中にはジェラルドのお気に入りのブレンドティーがあった。
おそらく香りで気づいていたのだろう。優雅な手つきでポットから茶を注ぐと、芳醇な香りを楽しみながらユージーンはカップを傾ける。
「で、キスはしたの?」
「帰れ」
いますぐにでも。
さもなければ追い出す、の勢いで詰め寄ると「ちょっと、いまお茶を飲んでるんだからじゃれつかないでよ」と、まるで此方が悪いかのようなことを言ってくる。
だんだん、この男と友人でいるのをやめたくなってきた。
「気になって当然じゃないか! 女嫌いのジェラルドが、初めて好意を寄せた相手がまさか同性とは思わなかったんだから」
ルビが、性別を偽って騎士団に在籍していることはジェラルドしか知らない。上席への報告義務も怠って、完全に自分の胸のうちに留めていた。兄であるエメリーの問題が解決したら可能な限り、穏便に済ませてやりたい。
「ルビに、関心を持っていることは否定しない——が、ユージーン、お前が思っているような浮ついた感情では」
「もう、強がるなって。あ、お茶菓子はないの?」
本当に面倒な男だ——叩き斬ってやろうか。舌打ちすると、棚から茶色の箱を取り出した。
中には王都一と呼ばれるショコラティエが作った、とっておきのトリュフチョコが入っている。あとでルビと一緒に食べようと思って大切に取っておいた一品だが、またユージーンに室内を荒らされるよりかはマシに思われた。
「茶を飲んだらさっさと出て行け」
「はいはーい。うわ、このチョコレート美味しい……」
ユージーンが出て行ったのはさんざんジェラルドを揶揄い倒してからのことだった。入れ違いに面会を終えたルビが戻ってきた——かと思ったのだが、現れたのは想定していなかった人物だった。
「失礼いたします、カルセドニ部隊長」
入室してきたのは見習い騎士から昇格し、第二部隊に入隊したばかりのクロードだった。確か、ルビと仲が良かったような記憶がある。彼がルビと接していると、胸のあたりがもやもやとするような感覚があったことを思い出す。
「何だ、クロード。宿直の変更ならばルビに言え——あいにく、いま不在にしているが」
いままでジェラルドを煩わせていたこまごまとした雑務はルビがこなしてくれている。まだ所属が決まったばかりの隊員が、ジェラルドに用があるといえばそれぐらいしか考えられなかった。
「その、ルビのことなんですが、先ほど、言伝を頼まれまして」
「……そうなのか?」
「少しの間、詰所を抜けると——着飾ったご令嬢と一緒に出て行きました。おそらく面会に来ていた女性かと」
「何?」
クロードの言葉にジェラルドは眉を顰めた。ルビが、リリアーヌ嬢と……嫌な予感がする。がた、と椅子を引いて立ち上がった。上着に袖を通し、支度を整える。
「クロード、俺は所用で出る。第二部隊の連中の報告はお前が聞いてまとめておけ」
「えっ、俺がですか?」
戸惑うクロードを執務室にひとり残して、ジェラルドは詰所を離れた。ケイン家を訪れたことはないが、王都でも名の知れた人物の居宅なので場所は知っている。
急ぎ向かうと、門の前で使用人が待ち構えていた。まるでジェラルドが来ることをわかっていたかのようだった。
「お約束はございますか、カルセドニ様」
「約束はしていません。至急、リリアーヌ嬢にお会いしたく馳せ参じました……どうか、機会をいただけますでしょうか」
言葉自体は柔らかくても、有無を言わせぬ強い口調で言い切ったジェラルドに使用人は怯んだようだった。確認してまいります、と屋敷の方へと踵を返したところで「お通ししなさい」と粘りつくような甘ったるい声が響いた。
「リリアーヌ嬢……」
「お待ちしていましたわ、ジェラルド様」
どうぞ、中へ。
リリアーヌの言葉に従い、ジェラルドはケイン家へと足を踏み入れたのだった。




