第12話 顔合わせ
屋敷に到着してすぐに、出迎えた使用人たちから値踏みするような視線を向けられた。馬車で軽く打ち合わせしていた内容が吹き飛ぶほどの緊張感に、ルビはぎこちなくジェラルドの腕を取った。
通された応接室にはリリアーヌ嬢も招かれていた。
「ごきげんよう、ジェラルド様」
完全にルビの存在を無視して、ジェラルドのみに声を掛けてくる。いかにも金がかかっているとわかるドレスと装飾品だが、趣味があまりよくない。かえって、ルビの清楚な美しさが引き立つくらいだった。
「おや、貴女もいらっしゃったとは……ごきげんよう、リリアーヌ嬢。今日は、私の恋人を両親に紹介する日とばかり思っていました」
形式上の挨拶をすると、リリアーヌの表情が凍りつく。そのままジェラルドはこの状況を仕掛けたであろう母に視線を向けた。
「っ、ジェラルド! リリアーヌ嬢に失礼でしょう⁉︎」
激怒した母を宥める父——カルセドニ伯爵を見遣りながら、ジェラルドは応接室の長椅子に腰を下ろした。ルビの手を引いて、さっと自分の隣へ座らせる。部屋中の視線が自分に集中しているのを自覚しながら、ジェラルド長い脚を組んだ。
「ジェラルド、此方が……」
こほん、と咳払いをした兄を一瞥し、ジェラルドはルビの肩を抱いた。
「ええ。シルビアです——シルビア、私の家族の両親であるカルセドニ伯爵夫妻と、兄夫婦。それから何故かご同席いただいているリリアーヌ嬢」
「——はじめまして、シルビア・バトラーと申します」
集まった人々の視線が集中する中、ルビの声音ははっきりと室内に響いた。容姿の面では非の打ち所がないことは認められたらしい。母が不満げに息を吐いたことにジェラルドは気づいた。
「ご出身は? どちらのお家の出かしら?」
「王国の南西部にあるエディリン地方です、奥様。代々騎士の家柄で……父も、兄も騎士をしています」
あら、そう——と、ルビの淡々とした説明に母は黙ってしまった。エディリンという田舎の地方騎士。家格としては釣り合わないが文句が付け難いのだろう、騎士であるジェラルド自身も否定することになってしまう。
ルビは、何故かリリアーヌのことを食い入るように見ていた。リリアーヌも負けじと見つめ返している。ひりつくような空気が応接室に漂っていた。
「私はシルビアと結婚するつもりです」
しばしの沈黙を破ったのは、ジェラルドだった。
「ジェラルド! ですからそれは……認めない、と言っていたでしょう?」
ちら、とルビのようすをうかがいながら、母が声を荒げた。
「爵位を継ぐわけでもない私個人が、どのような相手を選んだとて、皆様方に文句を言われる筋合いはないでしょう? 許されないともあれば、そうですね……」
ルビの強張る頬をそっと撫でて、甘く囁くようにして言った。
「王立騎士団部隊長の地位も何もかも捨てて、駆け落ちでもしましょうか? その方が醜聞でカルセドニ伯爵家の名に傷がつきかねませんが」
「な——言っていい冗談と悪い冗談がありますよ、ジェラルド!」
「誰が冗談だと言いましたか? 私は本気ですよ母上……いえ、カルセドニ伯爵夫人」
他人行儀な言い方を選んだのは、いつだって縁を切っても構わないという覚悟の表れだった。それほどにジェラルドは、彼女を愛している——そういう、演技に、すぎないのだけれど。思いの外、自分の声音に真実味があったことに驚いていた。
「もういい……ジェラルド。好きにしなさい」
「あなた!」
カルセドニ伯爵の一声に、夫人が抗議の声を上げる。
「すまないね、リリアーヌ嬢。私の息子は頑固なところがあるんだ……よほどのことがない限り、覚悟は揺らがないだろう」
「さて、話は終わったようですね。シルビア、いきましょうか」
ルビを長椅子から立たせると、ジェラルドは足早にカルセドニ邸を後にした。
「……これで、私もお役御免ですね」
ぽつりとこぼしたルビの声が、夕闇に染まる街に溶け込んで消えていく。少し寄りたいところがある、というルビの申し出に従って馬車を断り、王都の街を並んで歩いた。
「何?」
「だって、そうでしょう? 私は……僕は、部隊長の望まない結婚を阻止するための偽恋人なわけですし」
「——もし」
ジェラルドが立ち止まったことに気づいて、ルビが足を止める。振り返ったルビはオレンジ色の光に包まれていた。
「まだ続けてくれ、と言ったら、お前は嫌か?」
「えっ……あ、いえ、カルセドニ部隊長には兄の捜索でお世話になっているし、自分にできることならなんでも」
ルビの兄、エメリーの行方はいまだ見つからないままだったが、騎士団や実家の情報網を使うなどして手を尽くしているところだった。そのことを、律儀なルビは恩義に感じているのだろう。
かすかに頬を染めて俯いたルビを見て、ジェラルドは安堵の息をこぼした。
「そうか、感謝する。それなら、もうしばらく付き合ってくれると助かる」
「はい、承知しました」
ジェラルドが一歩ルビの方に近づくと、長く伸びた影が数歩先にいるルビを捕らえた。このまま手を伸ばせば実際に触れられる。
それがわかっているのにできないのは、まだ自分に覚悟が足りないからだ。嫌われるのも怖いし、弱みにつけ込んで、己でも持て余し気味のこの衝動をぶつける勇気もない。
「もういちど」
「えっ?」
「もういちど、名前で呼んでくれないか」
ジェラルドの懇願をルビはすなおに受け入れた。
「ジェラルド、さま」
「……ありがとう、ルビ」
かすかに頬の筋肉を緩め、笑みを形づくる。するとルビがぱっと勢いよく顔を背けた。
「ルビ?」
「い、いえ、なんでもないです……あっ、えっと買い物、したかったんです。ちょうど石鹸とかの日用品が切れているから街に出るなら買ってきてほしい、と同期から言われていて」
雑貨屋に入って行こうとするルビに、先に行ってください、と促されたがジェラルドも後に続いた。
「荷物持ちぐらいにはなってやる……何が買いたいんだ」
「そんな、恐れ多いです」
「恋人に荷物を持たせる男がどこにいる」
「っ、こ、恋人……」
ルビが何かを堪えるようにきゅっと口を引き結んだ。
「いまの俺たちは、そうだろう?」
部下と上司ではなく、ただの、どこにでもいるような恋人同士。ただのごっこ遊びのようなものだが、両親さえも騙したのだからそれだけ真に迫っていたということだろう。
ルビの指にそっと指を絡ませれば、びくっと手を引っ込めかけたが——そのまま、ジェラルドを受け入れた。朱に染まった横顔を眺めているだけで喉が鳴る。
「ジェラルド、さま……お戯れは」
「本気だと言えばいいのか」
耳朶に吐息が触れるような距離でささやけば、ルビが涙目で首を横に振る。そんな反応をされると、もっといじめてやりたくなるだけだというのに。
「なにかお探しですか?」
こほん、と店主の咳払いが聞こえ、慌ててルビはジェラルドの手を振り解いた。しわくちゃのメモを取り出して店主に品物を取ってもらっているのを、ジェラルドは不満をあらわにして見つめていた。




