第11話 実家からの呼び出し
『今度の休み、顔を見せにきなさい』
突然の実家からの呼び出しに面食らいながらも、ジェラルドは急遽、王都にある屋敷に出向くことにした。
満面の笑みを浮かべた父母と兄が玄関ホールで待ち構えていたときから嫌な予感はしていたが、ジェラルドの好物である林檎のパイをすすめ、気に入っている茶葉で淹れた茶を出してきたときには、確信していた。この機嫌取りには何らかの思惑があるに違いない、と。
母がティーカップを優雅に傾けながら、ジェラルドに言う。
「ジェラルド、貴方の結婚相手が決まったわ」
「……は? 何を仰っているんですか、母上」
すでに耄碌したか、と喉まで出かかった暴言を押し込めて努めて平静を保った。広い居間に怒声を響かせることもやぶさかではないのだが、いちおうジェラルドは大人である。理性だって存在する。
「かねてから先方のご両親とはお話ししていたのよ。貴方も覚えているでしょう? リリアーヌ・ケイン嬢ですよ」
リリアーヌ嬢と言えば、何かの催し物に参加するたびにしきりにジェラルドに話しかけてくる、あの——ジェラルドが苦手とする「女性」の代表のような彼女のことであろう。周囲にどう見られるかばかりに気を配り、口を開けば他人を見下すような発言ばかり。ジェラルドにわざとしなだれかかってきたり、他の淑女を牽制し、真っ先に近づいてきたりする強かさも備える厄介な相手である。
「ケイン家といえば貴族ではないが裕福な家柄! 申し分のないお相手だと思うぞ」
悪気もなく言ってきた兄は両親……特に母の強い勧めににより、「申し分のない」妻を迎えている。やはり義姉も母が気に入る淑女の規範となるような、ジェラルドの苦手とする系統の女性であった。
「せっかくのお話ですがお断りします」
「ジェラルド、貴方もいい大人なのだからいつまでも独身というわけにもいかないでしょう? 母は心配しているのです。だいたい貴方は気位が高く、顔ぐらいしか取り柄がないのだから……」
「心配いただかずとも結構。相手ぐらいいます」
言い切ると、居間の空気が凍り付いたのがわかった。
一歩足を踏み外せば取り返しのつかないような事態になりかねない、とでもいうような緊張感が漂う。
いまのいままで気配を消していた父が「その相手というのは」と重い口を開いた。
「我々が知っているご令嬢かな?」
「いいえ、まだ紹介させていただいてはいないかと」
「私は認めませんよ」
すかさず母が口を挟んでくる。
「近頃、貴方が連れ回しているとかいうどこの出かもわからない方でしょう? どうせ貴族の肩書目当てのふしだらな娘に決まっています。カルセドニの名を汚すような真似は慎みなさい」
「ご希望とあらばそのご大層な名も捨てましょうか。幸い俺には職もある。食うに困らなければ実家などどうでもいいのです」
ジェラルド、と低い声音で父が諌めた。母はわざとらしく手巾で目頭を押さえていた。こういうところが本当に腹立たしい。自分の女嫌いは、母にも原因があるのではないかと思われた。
「そのご令嬢を、一度、我が家に連れてきなさい——わかったね」
ふだん物静かな父の放った一言は有無を言わせぬものであったため、さすがのジェラルドもおとなしく首肯した。
◇◇◇
ルビをロベルトのサロン、ロザリーに送り込んでしばらくしてから迎えに行った。本当の性別を知ってから初めての「女装」は、予想どおりよく馴染んだ。グレージュのデイドレスをさらりと着こなしたルビはおどおどすることなく、堂々と騎士服姿のジェラルドの隣に立った。
「……よく、似合っている」
「ありがとうございます、ジェラルド様」
にこりと微笑まれ、心臓を鷲掴みされたような心地になる。夜会以来の「恋人の振り」ではあったのだが、ルビは以前よりも、ぐっとそれらしく振る舞えていた。すべてを知られてしまった、ということもあり女装を強いられている男、という演技をする必要もなくなったせいだろう。とはいえ、肝が据わっているのは間違いない。
「あらあらどうしたの? ジェリーとルビちゃん、随分と仲良さそうじゃない。そうしていると本物の恋人みたいよ」
飼い犬のクレープを抱えたロベルトがにやにやしながら茶化してくる。ジェラルドははあ、とため息を吐いた。
「そうでなくては困る。今日は、実家にルビを見せびらかしに行くのだからな」
「精一杯がんばります」
きりっとした表情で頷いたルビは、恋人というより部下らしくはあったのだが——まあ、仕方がない。ぐい、と腰を抱いて引き寄せるとルビの身体がびくっと硬直した。この手の接触にはいまだ慣れていないようだ。
馬車に乗り込んだジェラルドとルビを、ロベルトは心配そうに見送っていた。




