第49話 ここで結婚したい
雪が解けたあと、館の庭に、小さな芽が出た。
私は窓を開け、土の匂いを吸った。
北領で迎えた初めての冬は、何も困らずに過ぎたわけではない。便が遅れた日も、朝に道へ出られなかった日もあった。
モーリスと薪の残りを確かめ、館の机を、昼の明るい方へ寄せた。
それでも、修理した窓から風は入らなかった。納屋の棚を、雨のために動かすこともなかった。
春になり、次に確かめることの中へ、結婚式の支度が入った。
フェルナン様とは、北領の館で式を挙げると決めていた。
冬の間に、仕事の連絡を受ける場所も整えた。彼が使う机と棚には、少しずつ本や道具が届いている。
全部を運ぶ前に、必要なものから置くという約束だった。
今日も、彼は町での用件を終えてから来る。
私は手帳を開き、式の日に借りる卓について、モーリスへ尋ねた。
「館のものだけでは、食事に使う場所が足りませんね」
「上の村から、貸せるものがあると返事をいただいています」
彼は、館へ品を持ってきたときに相談してくれていた。
下の村にも知らせると、椅子なら出せるという話があった。ただ、その日は畑の仕事もあるので、運ぶ時刻を合わせたいという。
私は村へ出かけ、直接礼を言った。
ルネは卓の脚を確かめ、運ぶ前に留め具を直しますと話した。
「畑の方は、大丈夫ですか」
「朝のうちに済ませるつもりです。運ぶのは、そのあとなら」
私はその時刻を書いた。
マルクにも椅子の数を聞いた。二つの村から何でも同じ数を出してもらうのではなく、貸せるものと、使うものを合わせた。
運搬に掛かる費用も、式の支度に含めてある。
帰りに水路を見た。
春の水が、上と下へ分かれて流れている。落ち葉を取った場所を、ルネが示してくれた。
「今年も、見回りは同じ順番でよいでしょうか」
「まず皆さんに、変えたいことがないか聞いてください。私も、次に一緒に確かめます」
私は答えた。
式があるからといって、水路の相談まで、終わったことにはならなかった。
下の村でニコに会うと、館で皆が集まると聞いたよと言われた。
「ええ。来てくれる?」
「母さんと。椅子、運ぶの?」
「大きな椅子は、大人の人にお願いしているわ」
彼は少し残念そうな顔をした。
「僕も、何か持てるよ」
母親が、花なら摘めるかもしれないわねと言った。私は、館にも花を飾るので、あれば見せてほしいと頼んだ。
ニコは道の向こうを見て、まだあまり咲いていないと答えた。
「式までに咲いたものがあれば。なければ、来てくれるだけで嬉しいわ」
彼は頷いた。
館へ戻ると、アンヌが食事の相談を待っていた。
招く人数を確かめ、用意する量を決める。普段の保存食や、春の畑に必要なものへ手をつけず、式のために買う分を分けてあった。
費用は私とフェルナン様が、先に決めた範囲で出す。辺境伯家からは、必要な食器を借りることになった。
何種類も並べるより、温かいうちに皆へ出せる料理にしたいと伝えると、アンヌは、ではこちらからと紙へ印をつけた。
私はその横へ、借りた卓を返す日も書いた。
午後、フェルナン様が着いた。
町で確かめた、式に立ち会う役人の予定を知らせてくれた。北領の館まで来てもらう日と、泊まる場所も決まっている。
式の日に、二人の結婚の意思を改めて確かめ、婚姻の書面を整える。婚約の日に聞いていた手順だった。
「庭で集まれそうでしょうか」
彼が尋ねたので、私は空を見た。
「晴れれば。雨なら、館の中で、席を分けて食事をすることになります」
「では、当日の朝に、どちらを使うか決めましょう」
彼は頷いた。
式のために、庭へ新しい屋根を作るつもりはなかった。天気に合わせ、今ある場所を使う。
父母への招待状は、既に送っていた。
旅に必要な日を取れるよう、早めに知らせた。館には客室を用意し、従者や御者には村の宿を案内する。
父からは、母とともに出席すると返事があった。
手紙は短く、祝いの言葉も決まり通りだった。
私は受け取ったことを知らせ、道と宿について次の便で伝えると返した。
フィオナにも、別に招待状を送っていた。
返事は本人の字で届いた。
『今回は伺いません。式が無事に済むことを願っています』
私は読み終え、封筒へ戻した。
冬に、式を延ばしてほしいという頼みを断ってから、妹へ出した手紙は、この招待状が初めてだった。
母からは、その前に別の便りが来ていた。
『あなたからも侯爵夫人へ、最初の婚約変更はあなたが妹の幸せを願って受け入れたと、お伝えしてはどうでしょう。フィオナばかりが悪く言われるのは気の毒です』
私は一度、便箋を伏せた。
アラン様と妹が結婚しないと決めた理由を、私が説明することはできない。私自身の気持ちまで、母の書いたものへ変える必要もなかった。
『変更に同意したことは事実です。ただ、妹のために喜んで譲ったとは申し上げられません。侯爵夫人への説明は、お父様とお母様からお願いいたします』
そう返した。母から、その頼みを繰り返す手紙は来なかった。
妹が来れば、前のように話せるだろうかと考えたことはある。来ないと聞けば、やはり少し寂しかった。
でも、招待したから来るべきだとは思わなかった。
欠席の返事を受け取ったと、短く書いた。もう一度考えてと頼む言葉は、足さなかった。
返事を書いたあと、フェルナン様へも、フィオナは欠席すると伝えた。
彼は頷き、招く人数の紙を直した。
「少し、寂しいです」
私が言うと、彼はペンを置いた。
「来てほしい気持ちも、あったのですね」
「はい。でも、今は来ないという返事を、そのまま受け取りたいと思います」
彼は、分かりましたと答えた。
妹が来ないなら、私も喜ぶことを控えなければならない。そんな考えが、少し浮かんだ。
私は机の上へ目を向けた。
彼の指には、冬に選んだ指輪がある。私も同じものをつけ、式の支度を二人で話してきた。
妹を招きたい気持ちと、彼との式を楽しみにする気持ちは、両方あった。
「衣装を、あとで見ていただきたいです。支度が済んだら、お呼びしてもよいですか」
尋ねると、彼は笑って頷いた。
私は人数の紙を片づけ、リュシーを呼びに行った。
その日の夕方、リュシーが式の衣装を広げた。
乳白色の布で仕立てた、歩くと裾が少し揺れるものだった。冬の間に相談し、式の費用から用意した。
大きな飾りはつけなかったが、袖の端には、小さな葉の模様を入れてもらった。
リュシーが、庭を歩いても引きずらない長さか確かめた。
「こちらで、よろしいですか」
「ええ。気に入っているわ」
私は答えた。
妹の衣装より控えめにするためでも、母が私にはこちらが似合うと言ったためでもない。
私が選んだ服だった。
リュシーは裾を整え、掛けるための布を取った。
「当日の朝は、いつもより早く、お湯を用意しますね」
「お願いするわ。リュシーも、食事を取る時間を残しておいて」
彼女は、アンヌと相談しておきますと笑った。
私は衣装を見た。
初めて北へ来た夜、ここで何をするか分からなかった。今は、式の日に立つ場所と、そのあとに帰る部屋が分かる。
窓の外では、フェルナン様がモーリスと荷物の置き場を見ていた。
明日は仕事で辺境伯家の館へ行き、式の前日に戻る予定だ。
私は窓を開け、彼へ声を掛けた。
「上着を、こちらへ持ってきていただけますか。掛ける場所を、確かめたいです」
彼が顔を上げ、はいと答えた。
館へ入ってくる足音を聞きながら、私は部屋の戸を開けた。




