第50話 これは私が選んだもの
式の朝、窓から庭を見ると、卓を運ぶ人がいた。
ルネが一方の端を持ち、マルクが置く場所をモーリスへ確かめている。
雨は降っていなかった。
私は窓を閉じ、リュシーの前へ座った。
彼女が髪へ櫛を入れる。いつもより長く掛かったが、途中で戸が鳴っても、私が立ち上がる必要はなかった。
アンヌが、食事の支度は予定通りですと知らせてくれた。
私は礼を言い、リュシーが留め具をつけるのを待った。
「痛くありませんか」
「ええ。大丈夫」
鏡を見ると、衣装の袖に、葉の模様があった。
庭で摘んだ花を、髪にも少しつけた。ニコが母親と持ってきたものは、卓の上の器へ挿してあるという。
私は立ち上がり、裾を確かめた。
戸を出ると、階下に母がいた。
父母は前日に着き、客室に泊まっていた。朝の道に慌てずに済むよう、招待状で頼んであった。
「支度ができたのね」
母は私の衣装を見た。
「よく似合っているわ」
「ありがとうございます」
私は答えた。
母がそう言ってくれるか、昨日の夜には少し気にした。それでも、違うものがよいと言われたら着替えるつもりはなかった。
父は応接室で辺境伯と話していた。辺境伯夫妻とロラン様も、道の時間に余裕を持って到着している。
私が入ると、父がこちらを見た。
「冬は、越せたのだな」
「はい。便が遅れた日はありましたが、館で暮らせました」
私は答えた。
父は頷き、結婚の支度が整っているか確かめた。
私は、立ち会う役人と、モーリスに頼んでいることを伝えた。
管理人に任せず、父にも自分から説明できた。
庭へ出ると、館の人と村から来た人たちが、席を整えていた。
皆が一日、仕事をやめて集まるわけではない。式のあとに畑へ戻る人も、食事の頃から来る人もいる。
それぞれの時間で来てもらうと、先に知らせてあった。
フェルナン様は、庭の入口で待っていた。
私を見ると、少し息をついた。
「とても、よくお似合いです」
私は彼へ近づいた。
「ありがとうございます。袖の模様も、選んだものなのです」
私が示すと、彼は、葉ですねと笑った。
「はい」
私は頷き、差し出された手を取った。
役人の前へ、二人で並んだ。
結婚の意思を確かめられ、フェルナン様が答えた。次に、私へ問いが向けられた。
「はい。私の意思で、フェルナン・サヴェル様と結婚します」
口にすると、彼が私を見た。
私は彼へ笑い、用意された書面へ名を記した。
必要な署名と確認が済み、婚姻が成立したと告げられた。
手を取り合っていると、ニコが拍手をした。その隣で母親も笑い、館の人たちが祝いの言葉を掛けてくれた。
私は皆へ、ありがとうございますと答えた。
父母も、私たちへ祝いを述べた。
父が北領を返せと言ったことも、母が妹を優先したことも、今日の言葉で消えるわけではない。
それでも、来てくださってありがとうございますと、私から伝えた。
父は頷き、母は食事の席へ向かった。
私も、フェルナン様と並んで庭の卓へ座った。
アンヌが温かい料理を運び、リュシーも、頼んであった支度を終えて席へついた。給仕は時間を分け、館の者にも食べる番を作ってある。
私が北へ来た夜より、卓の数は多かった。
けれど、大きな館へ建て替えたのではない。借りた卓を並べ、必要な皿を揃え、この庭へ人が来てくれた。
マルクが、水路の見回りは明日ですからと話した。
「覚えています。明日は私も、見に行く予定です」
私が答えると、彼は笑った。
フェルナン様は、私も明後日には町へ行く予定ですと言った。
祝いの日の話に、明日の用件が混ざる。
そのことが、私には嬉しかった。
夕方、帰る人を見送ったあと、父が応接室の戸口で私を呼んだ。
「辺境伯には、便の窓口で条件を合わせるよう言われた。本家の荷を春の便に先に載せてもらえないか、お前からも話してくれないか。婚姻の縁もできたのだから」
母も、少し後ろに立っていた。
私は、父が持っている小さな紙を見た。
「便の窓口へ、お父様から条件をお伝えください。私から本家の荷を優先してほしいとは、お願いしません」
「話を通してくれるだけでよい」
「私のお願いとして先に伝えれば、その返事も私へ来ます。お引き受けしません」
父の手が止まった。
「お前なら、家の話を通してくれると思った」
私は父を見た。
「北領を戻す話にも、私のお返事はお伝えしました」
父は紙をこちらへ渡さず、上着の内側へ戻した。
母が、侯爵夫人への手紙も書いてくれなかったのねと言った。
「はい。お母様へお返しした通りです」
「以前なら、もう少し家のことを考えてくれたでしょう」
母の声を聞き、妹へ婚約を譲った日の食卓を思い出した。
「そのときも、私は寂しかったのです」
私は答えた。
「今日は、私の結婚を喜びたいです」
母は口を開きかけたが、何も言わなかった。父も、私をもう一度呼び止めなかった。
私は二人へお辞儀をし、廊下へ出た。
フェルナン様が階段のそばで待っていた。私は彼のところへ歩き、残っている人へ挨拶をするため、二人で庭へ戻った。
父母は翌朝の出発に備え、客室へ戻っていった。
庭ではモーリスが、借りたものを返す支度を確かめている。
私は食器を運ぼうとして、衣装の袖へ目を向けた。
「着替えてからでも、大丈夫ですよ」
リュシーが言った。
私は頷き、フェルナン様と館へ入った。
廊下には、彼の上着が掛かっている。
もう訪問のたびに、帰る前に渡すものではなかった。
彼が私を見て、少し休みませんかと尋ねた。
「はい。あなたと、お茶を飲みたいです」
私は答えた。
部屋へ戻り、二人で窓の外を見た。
庭には、まだ卓が残っている。明日になれば返し、いつもの庭へ戻る。
その庭を、これからは彼も、帰ってきた日に見るのだった。
フェルナン様が、椅子へ腰を下ろした。私も隣へ座り、今日、皆が掛けてくれた言葉を話した。
ニコが拍手をしたことを思い出すと、彼も笑った。
「音が、よく聞こえましたね」
「ええ。私も、すぐ分かったわ」
私は彼の手へ、自分の手を重ねた。
彼がこちらを見たので、私は少し身体を寄せた。唇が触れる前に目を閉じ、離れたあとも、手はそのままにしていた。
頬が熱かった。
彼が私の名を呼び、今日からここへ帰りますと言った。
「はい。待っています」
私は答えた。
帰る人を見送る場所だった館が、二人の帰る場所になった。
◇
夏になり、館の窓を開ける日が増えた。
フェルナンは仕事で二泊して戻った。便で帰る予定を知らせてくれたので、アンヌにも夕食の人数を伝えてあった。
上着を掛け、彼は自分の机へ書類入れを置いた。
「明日は、こちらで仕事ができます」
「では、昼に、庭で食べませんか」
私が聞くと、彼は頷いた。
午前中に片づける用件を確かめ、お互いの手帳へ書いた。
私には村からの報告があり、彼には辺境伯家へ送る返事がある。別の紙を使い、終わったところで声を掛ける。
同じ部屋にいても、何でも同じになるわけではなかった。
翌日、ペランさんが品を見に来た。
値を確かめ、売る分を決めたあと、荷車に積んだ小さな器を見せてもらった。
買う予定ではなかったが、薄い緑のカップへ目が止まった。
取っ手へ指を入れると、軽く、縁のところだけ少し色が濃い。
「そちらが、お気に召しましたか」
ペランさんに聞かれ、私は頷いた。
自分の小遣いで買える値か確かめてから、一つ欲しいと伝えた。
昼、庭の卓へ持っていくと、フェルナンが手を止めた。
「新しいものですね」
「ええ。見たら、欲しくなったの」
彼は色を眺め、きれいですねと言った。
前の私なら、彼も気に入ったのだから、使いますかと差し出したかもしれない。
今日は、自分の前へ置いた。
「私の分を、これにしたの。気に入っているわ」
フェルナンは笑った。
「よかったですね。私は、いつものものを使います」
彼が白いカップを取ったので、私は茶を注いだ。
私は緑のカップを持ち上げた。
庭の向こうでは、リーズが布を取り込んでいる。廊下の棚には空の籠があり、机には午後に読む紙が残っている。
明日も、ここで暮らす。
私はお茶を飲み、彼へ、次に町へ行く日に見たいものがあると話した。
「では、時間を合わせましょう」
彼は手帳を開いた。
私はカップを置き、自分の手帳も取った。
彼と日を確かめてから、私は緑のカップで、もう一口お茶を飲んだ。
了




