第45話 私が選びたい人
フェルナン様から預かった紙は、机の上に置いた。
モーリスと費用を確かめ、アンヌにも、食事と洗濯について直接聞いた。
部屋は今ある家具で支度でき、馬の世話も、手当を含めて御者へ頼む範囲が決まった。彼が留守の日について、最後に確かめておきたかった。
私は紙へ、聞きたいことを二つ書き足した。
そのあと、ペンを置いた。
条件を確かめれば、誰かが正しい結婚だと決めてくれるのだろうか。
そんな人はいなかった。
北領で暮らすと選んだときも、冬を全部知っていたわけではない。分からないことを残したまま、それでもここにいたいと答えた。
彼との暮らしも、同じだった。
次に会う日に、私は先に話したいことがあると便へ添えた。
当日の朝、リュシーが髪を整えてくれた。
私は鏡を見ながら、彼女へ言った。
「フェルナン様と、結婚したいと思っているの」
リュシーの手が、少し止まった。
「今日は、そのお返事をなさるのですね」
「ええ。私から伝えたいわ」
彼女は頷き、髪を留めた。
「こちらは、少し緩いですね。もう一度、留め直します」
私は待った。
結婚したいと言ったあとも、朝の支度は続いた。そのことが、少しありがたかった。
彼が着くと、応接室で、前に書き足したことを確かめた。
仕事の連絡に使う書類を、館のものと一緒に置くのか。彼が留守の日にも、馬の世話に掛かる費用を見込んでいるか。
フェルナン様は、書類は分けて保管し、仕事の連絡を私に引き受けてもらうつもりはないと答えた。
馬の費用も、不在の期間を含めて見てあるという。
私は頷いた。
問いを全部言い終えたあと、机の紙を脇へ寄せた。
フェルナン様は、その動きを見て、手を止めた。
私が何か言うのを待っている。その間に、もう少し考えてからにした方がよいだろうかと、最後に迷った。
今より分かることが増えれば、怖くなくなるのだろうか。
結婚してから、彼が何を言うかまでは分からない。私も、毎日同じ気持ちでいられるとは限らない。
それでも、違うことを考えたときに、彼へ話したいと思う。
私は背を椅子へ預けず、少し身体を起こした。
「今日のお話は、お父様から頼まれたものではありません」
言うと、彼は、はいと答えた。
「北領のために、辺境伯家との縁が必要だからという返事でもありません。私が、お伝えしたいことです」
フェルナン様は頷き、私を見た。
彼に聞いてもらえば、誰かが決めた答えを伝えることにはならない。
私は机へ置いた手を、膝の上へ戻した。
彼が待っている。私は手を握り、ほどいた。
「あなたと、結婚したいです」
言葉は、思っていたより静かに出た。
フェルナン様は少し息をつき、私を見たまま頷いた。
「北領で暮らす形を考えてくださったから、それだけでお返事するのではありません」
私は続けた。
「あなたと話して、違うことがあれば確かめて、同じ館へ帰る暮らしをしたいのです」
彼の上着を掛ける場所を考えたとき、そこへ戻ってくる人を待つことが嬉しかった。
父の決めた相手を、好きになるよう努力するのとは違う。
好きな人と暮らすために、何が要るかを考えていた。
「私も、あなたと結婚したいです」
フェルナン様が答えた。
私は顔を上げた。
彼は椅子から立ち、私の前へ来た。私は彼を見て、手を差し出した。
彼がその手を取ったあと、片膝をついた。
「オデット・ヴェラン様。私と、結婚していただけますか」
さっき自分から伝えたことなのに、改めて尋ねられると、胸が熱くなった。
私は頷き、声でも答えた。
「はい。あなたと、結婚します」
フェルナン様は笑った。
私も笑い、握られた手へ少し力を返した。
指輪を先に出されて、似合うかどうかだけ聞かれることはなかった。用意するものも、これから二人で決められる。
「指輪は、一緒に見て選びませんか」
彼に尋ねられ、私は頷いた。
「はい。私が気に入るものを、お伝えしたいです」
フェルナン様は、私も聞きたいですと答えた。
まだ品物はない。それでも、私の返事を聞いた彼の顔は見られた。
今日のことを思い出すとき、私は、先にその顔を思い出すだろうと思った。
彼が立ち上がり、隣へ座った。
「家へ、今日の返事を伝えます。書面の支度について、次の便でお知らせしてもよいですか」
「はい。私も、お父様へ伝えます」
その言葉を出したあと、少し緊張した。
父へ結婚したいと書くのは、初めてだった。
「許していただけるか、尋ねるつもりではありません。私が選んだことを、お知らせしたいです」
フェルナン様は頷いた。
「私も、あなたのお父上が先に決めた話として、当家へ伝えることはしません」
私たちが結婚したいと答えた。
そのことを、それぞれの家へ知らせる。
彼を見送ったあと、リュシーへ、求婚を受けたと話した。彼女は、おめでとうございますと笑った。
私はありがとうと答えた。
モーリスにも伝えると、彼は一礼し、館の支度は先日相談した範囲で進めますかと尋ねた。
正式な日が決まってから頼む仕事と、今から確かめられることを分けてもらう。
私が嬉しいからといって、皆の予定まで今日変えるわけではなかった。
夕方、父へ手紙を書いた。
『フェルナン様と、結婚することを決めました。私から意思を伝え、正式な求婚をお受けしました。北領で暮らし、領地の所有と管理を続ける形で、婚約の書面を整えます』
読み返した。
昔なら、父の考えを先に聞き、その通りにするための返事を書いただろう。
今日は、私の決めたことが先にあった。
正式な婚約が成立したら、改めて知らせるとも添えた。
お父様は喜ばないかもしれない。妹がどう思うかも分からない。
けれど、その返事を待つために、フェルナン様へ伝えた言葉を取り消すつもりはなかった。
封をしてから、窓の外を見た。
庭の木は、ほとんど葉を落としている。
春になれば、また違う色になる。そのとき、この館で彼と暮らす支度をしているのだと思った。




